投稿日:2025年8月23日

原価目標を逆算するデザイン・トゥ・コストの実務とテンプレート

はじめに:製造業が直面する「原価目標」とは

製造業では「より良いものを少しでも安く、早く作ること」が常に求められます。
とくに近年は市場環境やサプライチェーン、グローバル調達の変化により、原価低減のプレッシャーは増しています。
このような中で、製品開発の初期段階から目標原価を明確に設定し、逆算的に仕様・工法・部品選定を行う“デザイン・トゥ・コスト(Design to Cost、以下DTC)”の重要性が、再び注目されています。

昭和の時代には、営業や設計部門と生産現場が分断されているのが当たり前でした。
しかし、今や「各部門一丸となって原価目標へ向かうこと」が競争力を高めるカギとなっています。
DTCはまさに、製造業の風土改革の象徴とも言える手法です。

本記事では、DTCの基本から実務で使えるテンプレート、現場だからこそ分かる成功のポイントや、業界が陥りがちな“昭和的失敗”まで、余すところなく解説します。

デザイン・トゥ・コスト(DTC)の全体像

なぜ今DTCが重要なのか?

DTCは単なるコストダウン活動とは異なります。
製品の企画や設計初期から「この製品は、いくらまでなら市場で勝負できるのか」を逆算し、“コストと品質と機能の最適解”を探っていくものです。

従来型の「設計が終わってから原価計算し、不足分をコストダウン活動で埋める」という発想では、市場の変化に追いつけません。
DTCを導入すれば、設計・資材・生産技術・購買担当が、同じ方向を向いて議論しやすくなります。

DTCとターゲットコストの違い

よく混同される用語に“ターゲットコスト”があります。
ターゲットコストは、市場価格や競合分析から逆算した原価目標のことです。
一方、DTCはその目標を達成するプロセス全体(仕組み・活動)を指します。

DTCが製造業現場にもたらす5つの効果

1. 仕様・設計が原価に与える最も大きな影響を「見える化」できる
2. 初期段階で無理・ムダ・ムラの芽を摘み取れる
3. 複数部門の協働意識が高まる
4. サプライヤーとの真のパートナーシップが築ける
5. 市場競争力の高い製品を継続的に生み出せる

これらの効果は、数字上のコストダウンだけでなく、企業カルチャーの変革にも繋がります。

DTCの実践ステップ:現場で使える進め方

1. 市場価格・バリュードリブンな原価目標の設定

DTCのスタートは“ゴール設定”です。
【例:大型機械部品】
・市場価格が100万円
・競合より魅力的な仕様を維持しつつ利益を確保
・販売管理費+利益は20万円必要

ならば、目標原価は80万円以下と最初に決めます。
ここで重要なのが、設計・営業・生産・購買の4部門で合意することです。
一部門だけで決めると現場にしわ寄せが来てしまいます。

2. 原価構造の「見える化」と分解

次に現行品やベンチマーク製品について、「部品点数別」「機能ブロック別」などで詳細な原価分解を行います。
工場経験から言うと、小さなネジひとつや包装材のコストも漏らさない視点が大切です。

3. 機能・品質・コストのトレードオフ設計

設計会議では「この部分は本当に今の仕様が必要か?」
「強度の上げ方は鋼材グレード変更以外にないか?」と根本から問い直すのが鉄則です。
現場目線になると「たかが1mmの肉厚差」「あの工程を手作業にすれば…」と職人気質で妥協案が提案されがちです。
しかし、ここで「本当に必要な機能」「お客様が感知できないスペックは抑制」と徹底したラテラルシンキングが重要です。

4. サプライヤーとの共創

競争見積だけではなく「このコスト目標にあなたの強みでどう近づけるか?」と“共創型”でサプライヤーにアプローチします。
図面単価だけを下げるのではなく、加工法や部品統合、新素材活用といったアイデア出しの土壌を整えます。

5. 定期的な進捗レビューと仕様・原価の修正

設計が進むにつれて原価も変動します。
“設計完了時点で実は目標を大幅オーバーしていた…”という事態を避けるため、月次やゲートレビューで都度「実原価見込み」「設計・仕様変更の影響」を確認しましょう。

DTCの業界別・現場流“テンプレート”と活用例

1. DTC推進の資材・購買部門向けテンプレート(例)

【DTCシート(抜粋例)】

| 機能ブロック | 目標コスト | 現状コスト | 目標と現状の差 | コスト低減案 | サプライヤー案 | 対応責任者・期限 |
|——————-|—————-|————–|——————-|—————————–|——————|————————-|
| モーターユニット | ¥12,000 | ¥14,200 | -¥2,200 | 新規モータ共同開発 | ○○電機 | 山田/5月末 |
| ベースプレート | ¥4,500 | ¥4,900 | -¥400 | 切削加工→プレス加工 | △△製作所 | 佐藤/4月中旬 |

このような一覧を仕様検討のテーブル議論やサプライヤーミーティングで活用します。

2. 製造現場主導での“QCDマトリクス”作成法

機能ごとに「Q=品質」「C=コスト」「D=納期」の観点で影響度マトリクスを作ります。
例えば、
・仕様を緩和(例:外装パネルの塗装厚)
・単品調達→多穴型導入
・要書類提出→電子化による納期短縮
現場から直接アイデアを吸い上げ、一覧で可視化します。

実践DTCで陥りやすい昭和的失敗とその対策

コストダウン“だけ”追求して品質・納期で泣く

DTCでありがちな失敗が、「目標コスト突破のためにサプライヤー叩きを優先し、結果的に品質・納期トラブルが多発」するパターンです。
コスト・品質・納期のバランスが崩れると、現場の不信感も増大します。

設計部門と現場がギスギス、“属人化”の罠

DTCの推進役が特定個人や設計部門に偏ると、現場や資材は「また無理難題が来た」「現実を知らない指示だ」と反発します。
会議や現場ヒアリングで、必ず多様な立場の声を反映させてください。

PDCA・ナレッジマネジメントが形骸化

一度きりのDTC活動になりやすいのも製造業“あるある”です。
DTC活動の成果・プロセスを標準化し、仕組みとして社内展開⇒次回の開発にしっかり生かす、というナレッジマネジメントが極めて大事です。

DTC活動を社内で根づかせるコツ

経営層からのトップダウンだけでなく、現場の草の根運動を両輪に

どちらか一方だけに頼ると、現場と経営層で溝が出来て定着しません。
トップメッセージと現場リーダーの小さな成功例(ベビーステップ)の両方を絶えず発信し続けましょう。

バイヤー育成の観点でDTCに参加させる

DTCはバイヤー(購買担当)の最強トレーニング現場です。
原価の基本構造理解、サプライヤー交渉だけでなく「大所高所から全体最適で意思決定する」思考や実践力が磨かれます。
将来バイヤーを目指す方は、ぜひ率先してDTC議論のファシリテーターを体験しましょう。

サプライヤー視点でのDTC活用

サプライヤー側もDTC活動に積極的に参加し、自社からの値付けロジックや原価低減提案力を強化すると、バイヤーから絶大な信頼を得やすくなります。
ともに成長する“共創パートナー”を目指しましょう。

おわりに:デザイン・トゥ・コストで製造業は変われる

デザイン・トゥ・コストは、部門間の壁を超え「一丸となって原価目標を達成する」ための革命的アプローチです。
黒字化・収益改善のみならず、現場の知恵や多様性を組織価値に昇華させる機会ともなります。

業界のアナログ体質、昭和型の縦割り体質から抜け出すためにも、失敗も含めて“オープン”にナレッジ共有し、次の世代に活きたDTCの型を残しましょう。
ひとつの製品開発を通じて得た気づき・学びを循環させることが、製造業の発展—ひいてはあなたのキャリア価値アップ—につながるのです。

これからDTCに取り組む方、あるいはベテランの現場担当者も、ぜひラテラルシンキングで新たな地平を一緒に切り拓いていきましょう。

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