投稿日:2025年8月25日

3Dデータ支給時のトレランススタック解析で手戻りをゼロに

はじめに:3Dデータ支給時代の新常識

この十数年で、製造業の現場は劇的にデジタル化が進みました。
図面も紙からデジタルデータへ、CADデータをやり取りするのが当たり前となっています。
中でも3Dデータ支給は設計~生産をスピーディに連携させるために、今や必須となりつつあります。

しかし、そこで新たな課題として浮上してきたのが「トレランススタック解析(公差の累積解析)」です。
3Dデータそのものには寸法情報や公差情報がフルには記載されていない場合も多く、寸法のばらつきをどのように管理するか。
そして、部品を組み立てたときにどこで「ずれ」が発生し、製品の基準値から外れてしまうのか。
現場ではアナログな図面時代以上に「見落とし」や「解釈違い」による手戻りが増加、それが納期遅延や品質事故につながる例も珍しくありません。

この記事では、昭和的な現場感覚と最新のデジタル技術の橋渡しとして、3Dデータ支給時代の「トレランススタック解析」について深く掘り下げ、手戻りゼロを実現するための実践的アプローチを共有します。

トレランススタック解析とは何か

トレランス(公差)とスタック解析の基本

トレランスとは、いわゆる「寸法に許された誤差範囲」を意味します。
部品ごとにどうしても機械加工や成型によるバラツキが生じるため、これを最初から「許容範囲」として設計に盛り込んでいます。

スタック(スタッキング)解析とは、複数の部品を組み合わせた際に、各部品の「誤差の足し合わせ」が最終製品寸法や性能にどのような影響を及ぼすかを解析する手法です。
例えば、5つの部品を順に組み合わせていく場合、各部品の公差が全てばらつきの同じ方向に重なると、理論的に最大・最小でどれだけズレるか、そして製品の許容範囲を逸脱しないかを事前にチェックします。

紙図面から3Dデータへ、公差管理の変化

昭和~平成初期までは、2D図面に必ず「寸法、公差」が明記されていました。
現場での公差管理も「図面を睨みながら」が当たり前。
一方、3D-CAD時代では部品形状はわかっても、全ての寸法や公差が3Dデータに紐づいていないケースも多く、あとから2D図として寸法公差を付与したり、仕様書で補足することもしばしばです。

デジタル化による利便性と引き換えに、寸法・公差の「抜け・漏れ」や、組立段階で「こんなはずじゃなかった」という手戻りリスクが一段と見えにくくなりました。

なぜ3Dデータ支給で手戻りが起こるのか

設計と現場の認識ギャップ

現場視点で強く感じるのは、設計部門と現場(調達・生産・組立)との「意図の擦り合わせ」がデータのやり取りで希薄になることです。

設計者は「3Dデータを見ればわかるはず」と思いがちですが、現場は「3Dがあってもどこまで寸法・公差を厳格に守ればよいか」が直感的に把握できません。
また、3Dデータ上にGD&T(幾何公差)情報がきちんと反映されていなかったり、2D図面にしか記載がなかったりもあります。

実際の組立現場では「現物合わせ」や「加工屋の勘」に頼ることも未だによく見られ、昭和からの「なんとかなるだろう」精神が仇となる場面が後を絶ちません。

サプライヤー側のリバースエンジニアリング負担

調達先のサプライヤーや協力工場は、「3Dデータだけ」が支給されてくると、実は大変な手間がかかります。
自前で2D図面を起こしたり、どこにどんな公差が必要かを推測したりと、バイヤーの想定外のムダコストが発生しがちです。
また、設計意図を取り違えれば後戻り工数は倍増します。

発注者(バイヤー)⇔受注者(サプライヤー)の間で、トレランス管理とスタック解析の「抜け・思い違い」が起きやすいのは、この「3D化時代のコミュニケーション不全」も大きな一因です。

トレランススタック解析の実践ステップ

1. 構成部品のすべてを洗い出す

まず最初に、組立製品を構成する「全ての部品」を網羅的にリストアップします。
この工程で「見えていない部品」や、「3Dデータだけで形状が分かりにくい部品」をきちんと把握しましょう。
ここで漏れがあると、後の解析は意味をなしません。

2. 重要寸法チェーンを特定する

次に「組立後に寸法・形状・性能に影響を及ぼすキー寸法(重要チェーン)」を図示または記載します。
たとえば、軸と穴の芯出し、公差穴間の距離、機器の装着高さなど、最終製品の許容範囲を定める「決め寸法」を重点的に抽出します。

3. 各部品ごとに公差情報を整理する

次に、各部品について、加味すべき寸法公差・幾何公差の範囲を明示します。
ここが3D時代の要注意ポイントです。
3DデータそのものにPMI(Product Manufacturing Information)で公差情報が含まれていれば最適ですが、そうでない場合は2D図面や仕様書から全て「書き出し」て統一フォーマットの表やスプレッドシートにまとめてください。
この作業をおろそかにすると、解析精度が大きく下がります。

4. スタックアップ計算を実施する

重要寸法の「始点~終点」まで、どの部品のどの公差が寄与しているかを設計リストに記入します。
その全ての公差を「単純加算」(ワーストケース法)や「分散加算」(√n法、RSS法)で計算し、最大と最小のズレを明確化します。
この値が設計許容範囲から逸脱しないかを確認します。

5. リスク箇所には要素技術で対応策を検討

仮にスタック解析で設計値オーバーとなる場合、「公差緩和」、「部品設計の変更」「センタリング機構の追加」など、リスク低減のための要素技術(DFM、DFX、工程能力改善など)を適用する判断が求められます。

デジタル時代のトレランススタック解析ツール選び

3D対応のスタック解析ソフトウェアの活用

近年は3D-CADから直接トレランススタック解析を行えるツールも増えています。
例として、Siemens NXの「Tolerance Analysis」や、Autodesk InventorのTolerancing、PTC CreoのEZ Tolerance Analysisなどです。

このようなツールを使えば3Dモデル上で自動的に公差チェーンを可視化し、繰り返し計算や迅速なフィードバックが可能です。
ただし、現状では3Dモデルに十分な公差情報が盛り込まれていなければ、結局「公差記入→入力」作業でアナログ的な地道さが求められる点は変わりません。

エクセルによるカスタム解析の組み合わせ

現場では、「市販ツールを使いこなせない」「3Dデータに十分な情報がない」ことを理由に、昔ながらのエクセル解析をカスタマイズする事例も多いでしょう。
エクセルベースでも構成部品、寸法名、公差、加算方式、結果評価といったルールをフォーマット化すれば、現場レベルで実用的なトレランススタック解析が可能です。

また、コミュニケーションを助けるために、解析シートをサプライヤーと共有する、クラウドストレージ化して相互編集するなど、「伝達の見える化」も非常に有効です。

バイヤー・調達側が心得ておくべきポイント

1. 公差の“丸投げ”をしない

図面や3Dデータを「とりあえずこれで」とサプライヤーに丸投げすることは、手戻りリスクの温床です。
公差や重要寸法の意図、組立後の要求品質を必ず伝えることが肝心です。

2. スタック解析のドキュメントを取引先と共有する

設計側でスタック解析を行っている場合は、計算根拠や想定チェーン、評価結果、対策案などの「ドキュメント」をサプライヤーと早期にすり合わせてください。
共通認識が得られることで後工程の「思い込み・勘違い」を未然に防げます。

3. サプライヤーの声に耳を傾ける

サプライヤーは現場目線から見て「ここの公差は厳しすぎ」「現場でワークセットすれば充分」などの気づきを持っていることが多いです。
こうしたリアルなフィードバックを設計や仕様検討の段階で吸い上げ、柔軟に対応策を練ることが、結果的に“手戻りゼロ”に繋がります。

アナログな業界文化とどう付き合うか

現場の“なんとかなるだろう”文化との戦い

昭和以来の現場では「経験者の勘と度胸」で、図面も見ずに治具合わせや現物合わせに頼る局面が未だ少なくありません。
しかし、それは属人性が高く再現性も担保しにくいです。
デジタルデータ・スタック解析を駆使して「理論」と「現場勘」を融合する努力こそが今後の競争力になっていきます。

継続的な教育・意識改革の必要性

優れたツールやフローを導入しても、現場や調達部門に「なぜ必要なのか」「どのように役立つのか」を根気強く説明し、教育することが不可欠です。
また、失敗事例やヒヤリ・ハット(手戻り未然防止例)なども社内で共有し、知恵を集約する体制構築を目指しましょう。

まとめ:3D時代のスタック解析で“手戻りゼロ”企業を目指そう

3Dデータの支給が主流となった今だからこそ、「寸法・公差の正しい伝達」と「トレランススタック解析」の徹底が、開発リードタイム短縮・品質向上・コスト競争力アップへの決め手です。

設計・購買・サプライヤーが一体となったトレードオフや予防的議論がますます重要になっています。
「この工程は昔からこう」「経験で大丈夫」だけでは、グローバル競争には勝てない時代です。

デジタルツール×現場の知見を融合し、アナログ業界でも“手戻りゼロ”を達成する組織文化を醸成しましょう。
一人ひとりが「3Dデータで読み落としていないか?」「スタック解析は本当に済んでいるか?」と自問自答できる現場を目指し、昭和から脱皮して進化を続ける製造業の礎をともに築いていきましょう。

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