投稿日:2025年8月26日

試作品費用負担の割合を巡るサプライヤーとの認識ギャップ

はじめに:試作品費用負担問題はなぜ起こるのか

試作品とは、量産前に製品の機能や品質、組み立ての容易さなどを確認するために製作される重要なプロトタイプです。
製造業において、試作工程はプロジェクトの成否を左右するほど重要ですが、その過程で必ずと言っていいほど発生するのが「試作品の費用負担はどちらが持つのか」という問題です。

この費用負担を巡る認識の違いは、バイヤー(調達部門)とサプライヤー(供給業者)の間にトラブルの火種を生みやすいポイントです。
「うちの業界なら常識でしょ」という昭和以来の慣習が根強く残る一方、コスト志向や透明化が進む現代では、昔ながらの“阿吽の呼吸”だけでは立ち行かなくなってきています。

今回は、20年以上現場で培った知見を踏まえ、試作品費用負担の認識ギャップの本質と、その背景にある業界構造、現代に求められる新しい解決策について現場目線で深堀りしていきます。

サプライヤーとバイヤーの本音:なぜ認識が食い違うのか

バイヤー側の視点:依頼主としての“強い立場”

バイヤー、つまり調達部門や製造メーカー側の立場から見ると、「発注を出す立場であり、商流の主導権を握っている」という自負があります。
業界によっては「新規案件だからリスクをとって無償で試作してほしい」「後の量産案件で利益を回収できるだろう」という暗黙の期待があります。
長らく“多重下請け構造”が定着してきた昭和的な製造業の世界では、バイヤーの“上位優位”も致し方ない環境でした。

サプライヤー側の視点:費用回収の機会損失

これに対し、サプライヤーの多くは「開発・設計から試作までかなりの工数がかかる」「材料調達や段取り替えなど実費も発生する」とリアルなコスト意識を持っています。
しかし、実際は「今回は将来の量産を見据えて…」という交換条件付きで、やむなく無償もしくは低価格で請けてしまうケースが散見されます。
その結果、「試作はいつも赤字だ」「量産が決まらないままフェードアウトされた」などの苦い経験が多く、抜本的な業界構造改革が求められているのです。

業界特有の慣習:昭和的商慣習の残像

なぜ昭和の時代は“無償が当たり前”だったのか

過去の日本の製造業は、「長期的な取引関係」「系列取引」「顔の見える商習慣」といった特有の強みを持っていました。
新しいアイデアを量産へとつなげる“技術共創”の現場では、試作段階での費用回収よりも「将来の取引継続」を優先する姿勢が一般的でした。

当時の“現場主義”が生んだのは、空気を読む阿吽の呼吸や、「とりあえず持ち出しでやってしまおう」という職人気質でした。
そこには「お得意先の信頼を得ることで、次の大きなビジネスが舞い込む」という黙契があります。

デメリットが顕著になったアナログな構造

しかし、バブル崩壊以降の価格競争の激化、グローバルサプライチェーンの進展、取引の流動化など時代の変化は、昭和的商慣習の限界を一気に露呈させました。
特に中小サプライヤーにとっては「無償試作=常態化」は体力を削る悪習そのものであり、後継者不足や廃業リスクとも表裏一体です。
“なあなあ”が通じる昭和から、エビデンス重視と契約意識が進んだ令和の今、このギャップがますます大きくなっています。

グローバル取引の潮流:契約志向が標準に

海外企業の常識は「払うべきものは払う」

欧米や新興国メーカーとの取引が活発になった今、試作費用の負担方法も「明文化された契約」がスタンダードになっています。
たとえば欧米系の自動車メーカーなどでは、開発段階から精細な見積もりや作業分担、リスク分配を契約書に明記することが当然とされています。

試作に要する材料、加工、設計、検査などの各コストを見える化し、バイヤーとサプライヤーが合意したうえで費用を請求するという「コスト・ベースト・アプローチ」が主流です。
さらに「量産化未決定」「開発中止」となった場合のリスク分散についても細かい条項が盛り込まれています。

日本国内でも進む意識改革

最近は国内の大手メーカーでも、サプライヤーに一定の工数・実費を支払う方式への転換が進んでいます。
特に「多くのサプライヤーからアイデアを募り、スピーディーに評価する」オープンイノベーション型の調達方針を持つ企業ほど、この流れが顕著です。
費用負担の透明化は「よりよい試作」や「良い提案を初期から引き出す」うえでも有効です。

現場で見極める試作品費用負担の最適解

① 目的と位置づけの明確化

何のための試作か、その位置づけを明文化し、両者が合意することが最初の一歩です。
・仕様確認や開発のための試作(開発費扱いが妥当)
・既存製品の流用/簡易試作(業務委託の一環として考える)
・受注前提の量産性評価(初期投資か折半を相談)

目的がブレていると、後出しジャンケンのようなトラブルが起きやすくなります。
調達部門は「これは誰のため、どんな価値を持つ試作か」を正直に伝えましょう。
サプライヤーも疑問点は遠慮せず早めの確認が大切です。

② コストの“見積もり明細化”で透明性アップ

試作費を「一式○万円」で曖昧にするのではなく、材料・工程・工数・試作治具・検査など項目ごとに積み上げ見積りを行いましょう。
バイヤー側も「なぜこの工数が必要なのか?」を現場と対話してコスト構造を学ぶことが肝要です。
逆に、サプライヤー側も「なぜ、無償ではやれないのか。どんなリスクがあるのか」データを持って主張しましょう。

③ フェーズ・ゲート方式の分割精算も有効

設計変更や開発の進捗に応じて、段階ごとに費用を分割精算する方法もリスク低減に有効です。
・第1ゲート:最初のコンセプトモデル試作(簡易加工+材料費)
・第2ゲート:量産性を意識した工程試作(治具や量産ライン流用を含む)
・第3ゲート:実量産に向け最終仕様確定

この方式であれば、途中終了時もそれまでかかった費用を適正に精算し、サプライヤーのモチベーションも高められます。

“合意書面の一言”が信頼関係の基礎に

どんなに長年の取引があっても、トラブルは必ず起きます。
「言った」「言わない」で揉めるより、見積もりや業務範囲、リスク分担を簡単な合意文書にまとめておくことを習慣化しましょう。
これは“サプライヤーを信用していない”のではなく、“相互の立場を尊重し、誤解を未然に防ぐ”正当な方法です。
むしろ、書面化できる関係こそが現代の強い信頼だとも言えます。

“現場の知恵”を活かすために:現代版・三方よしの発想を

試作工程は、単なるコストセンターではなく「知恵と信頼」を創り出す現場です。
バイヤー側は「ただ安く、速く」だけではなく、現場からの新しい提案や改善策を積極的に訊いてみてください。
サプライヤー側は「赤字覚悟のお願い」から「合理的な費用対価への主張」に段階を上げ、現場ならではの切り札(工法提案や工程簡略化など)をセットで訴えましょう。

結局のところ、持続的なパートナーシップを作るには「WIN-WIN」ではなく、「サプライヤーよし、バイヤーよし、社会よし」の“三方よし”型の視点が不可欠です。
双方が現場目線で建設的に対話し、より良いモノづくり、日本の製造業の底力を未来に繋いでいきましょう。

まとめ:試作品費用問題は“新しい地平線”の起点

試作品費用の負担は、単なるコスト配分の話のように見えて、日本の製造業が時代に合わせて進化していくうえでの課題そのものです。
昭和的慣習と現代の合理主義をうまく融合させ、「現場の知恵×契約意識×透明性」を武器に新しい地平線へと一歩踏み出しましょう。

現場の悩みや課題は、きっと多くの企業・人材の中で共感されているはずです。
あなたの経験と声を、これからの製造業を動かす“知の基盤”として、もっと発信していきましょう。

You cannot copy content of this page