投稿日:2025年8月31日

製造現場での労災発生を理由とした契約解除リスクと予防策

はじめに:製造業における労災と契約解除リスクの現状

製造業に携わる皆さんにとって、労災(労働災害)は日常的に意識せざるを得ない大きなリスクの一つです。

近年、サプライチェーンの複雑化、顧客要求の高度化、社会的責任への関心の高まりによって、労災の発生が「事業継続リスク」へと直結する時代になっています。

かつては、労災は工場内の問題として捉えられがちでしたが、現在では「バイヤー(発注側)による取引停止」「サプライヤー契約の解除」といった、経営を揺るがすリスクへと発展する例が増えています。

本記事では、なぜこれほどまでに労災が契約解除の理由となりやすいのか、そしてそのリスクを回避・低減するために現場はどう動けばよいのか。

20年以上現場で培った知見と、昭和から続く“現場至上主義”の課題、産業界の最新動向を交え、実践的な視点で解説します。

労災がサプライヤー契約解除のリスクとなる背景

社会的責任(CSR)とサプライチェーン管理の変化

かつては「安全管理は各工場の内政問題」と見なされてきました。

しかし2000年代以降、大手企業ほどグローバル調達やCSR調達の強化、SDGsや人権デューデリジェンス対応に迫られるようになりました。

サプライヤー選定の際、「安価で品質が良い」だけでなく、「安全衛生・労働環境の遵守」が強く求められるようになっています。

不備が判明した場合、バイヤーは「サプライヤー行為も自らの社会的責任だ」とみなし、企業価値の保護や取引先リスク回避のため、労災発生を契約解除の正当な理由とする傾向が強まっています。

契約条項の変化:重大事故=即解除も

調達基本契約や継続取引契約のなかで、「重大な労災・死亡災害が発生した場合、即時契約解除」といった条項が明文化されるケースが増加しています。

これは主に自動車、電機、化学などの大手企業が顕著ですが、中堅・中小企業向け調達でも浸透しつつあります。

なぜなら、バイヤー側は自社ブランド毀損リスク(風評悪化・顧客離れ・株価下落など)を最重要リスクと位置付けているためです。

サプライヤー監査・現場立ち入り調査の厳格化

発注先の労働実態を確認する「サプライヤー監査」「現場立ち入り」が常態化しています。

以前であれば形式的な書類審査で済んでいましたが、今や「現場に潜むリスクの徹底監査」「定期的な追跡調査」「是正未履行時のペナルティ」が当たり前になっています。

少しでも杜撰な安全管理や隠蔽体質が露見すれば、契約解除判断は一気に現実味を帯びてきます。

よくある“昭和の現場”の落とし穴とバイヤーからの指摘

「長年無事故でやってきた」「現場判断が最優先」という慢心

現場経験者ほど「ウチはずっとこのやり方でやってきた」「職人の勘で十分」と過信しがちです。

しかし、現場が独自判断でルールを逸脱し、それが事故発生につながることは多いです。

最近のバイヤー監査では「古い作業標準・整備記録」「教育未実施の若手従業員」「ヒヤリハットやルール違反の常態化」など、昭和型現場の風土が厳しくチェックされます。

形骸化した安全教育・マニュアル・KY(危険予知)活動

定期的な安全教育、マニュアルの実効性、KYミーティングの徹底――一見どこの現場も形だけは整えています。

しかし、内容を問われると「従来の形式的な研修だけで教育は現場任せ」「チェックリストや実技訓練が形骸化」といった課題が露呈します。

実働部隊の温度差や、多国籍労働者が増える環境変化もリスク要因です。

管理職が現場の実態を把握できていない

製造部門の管理職が、現場任せ・属人的に管理する風土が抜けきれない組織も目立ちます。

例えば、「下請け作業員の安全教育を元請が確認していなかった」「労災後の初動対応が遅れ、情報取得が曖昧」「安全訓練や点検記録に不備があったことが発覚」といった事例は数多く報告されています。

この段階でバイヤーからの信頼を失うと、挽回は困難です。

労災を未然に防ぎ、契約解除リスクを低減する実践的対策

現場主体の安全文化の再構築

まず、「安全はすべてに優先する」という企業風土の徹底が前提となります。

現場(作業者)任せにせず、管理層が先頭に立ち、危険予知・是正・未然防止活動をリードする必要があります。

各種マニュアル・基準類も「書棚の肥やし」ではなく、定期的な見直しや現場のフィードバックによる改善を実行し続けることが重要です。

安全教育・技能訓練の質的向上と多言語対応

人手不足により技能実習生や多国籍従業員を活用する現場では、言葉の壁や習慣の違いが労災リスクを一層高めています。

教育資料・マニュアルの多言語化、実技を伴う体験型訓練の導入、管理者による教育状況の定期監査を強化することで、リスクの芽を摘む必要があります。

ベテラン従業員によるOJTの“伝え漏れ”“思い込み”も放置せず、若手・異文化人財への再教育プログラムを並行実施しましょう。

最新ICT・IoT技術を活かした安全管理の自動化

従来の「人海戦術」「手書き帳票管理」から、「ICT・IoTによる安全管理」へと進化させる企業も増えています。

例として、ウェアラブル端末による作業者の行動監視、AIカメラを使った危険エリア立ち入りの自動アラート、ヒヤリハット収集アプリなどが導入されています。

これにより、“気づき”の見える化と、工場間・拠点間でのノウハウ共有がスムーズになり、バイヤー監査へのエビデンス提供も容易です。

サプライチェーン全体の安全意識共有と情報公開

大手バイヤーとの取引では、自社だけでなく下請け・協力会社・協力工場も含めた安全管理が要求されます。

随時現場視察を受け入れ、事故発生状況や改善進捗を「自発的」「定期的」にバイヤーへ報告し、信頼を築きましょう。

万一事故が発生した場合、初動対応・再発防止策の誠実な実施が、契約継続判断の大きなポイントとなります。

安全衛生体制の明確化と“二重三重のチェック”の徹底

どんなに仕組みを作っても、現場で「慣れ」「油断」が生じるのは避けられません。

だからこそ、第三者による定期点検、現場改善提案の活用、職場内外でのケース共有といった“二重三重の仕組み”が求められます。

現場管理者には安全衛生専任者の任命や、KPI(安全目標)の明確な設定・進捗管理を担ってもらいましょう。

労災発生時、バイヤーが重視するポイントと現場の備え

事故発生直後の“初動対応力”

事故が起こった瞬間、最優先すべきは被災者の救命ですが、同時に「正確な事実確認と記録」「バイヤーへの迅速な初期報告」が絶対条件となります。

「事実を隠す」「曖昧な報告をする」「再発防止策が不明確」といった対応は、バイヤーの信頼を大きく損なう要因です。

現場への初動教育・緊急時連絡網訓練も日常的に行います。

再発防止と“是正・予防措置”の具体性

労災が発生した場合、バイヤーからは「なぜ起きたのか」「どこを直すのか」「どう再発を防ぐのか」が厳しく問われます。

表層的な「注意喚起・再指導」だけで済ませず、再発原因の深掘り(なぜなぜ分析)や改善後の検証(効果確認)、標準類・教育・設備投資まで幅広く対応しましょう。

バイヤーに提出する是正報告書も、現場視点・データ・改善実績を盛り込んだ内容が不可欠です。

リスクマネジメント観点での“全社一体の危機管理”体制

最近の大手調達先では、サプライヤーの労災発生が自社グループ全体のサプライチェーンリスクと直結します。

複数拠点横断の安全衛生委員会、リスクアセスメントの全社展開、法令順守教育の体系化など、全社一体となった体制づくりが有効です。

工場長や品質・安全担当役員が中心となり、定期レビューとPDCA(計画・実行・評価・改善)を繰り返しましょう。

まとめ:製造業の持続的成長には“現場力×エビデンス”が不可欠

製造現場での労災は、今や工場・作業員だけの問題ではありません。

契約解除という経営存続に直結するリスクを未然に防ぐには、現場力(ヒト・モノ・プロセス)の徹底強化と、バイヤー・社会への「見せる化=エビデンス構築」の両立が必要です。

昭和から根付く“勘と経験”の実践力を活かしつつも、業界全体のデジタル化・仕組み化・透明性(トレーサビリティ)に背を向けては、競争から取り残されてしまいます。

安全を守り抜く「現場変革力」こそが、サプライヤーにとって最大の競争力となる時代です。

今後も現場目線の実践策と共に、最新の業界動向を発信し、製造業をともに盛り上げていきましょう。

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