投稿日:2025年9月1日

海上運賃の急騰局面で適用される緊急料金(EBS/GRI)の契約運用

はじめに:激変する海上運賃と向き合うために

近年、世界のサプライチェーンは激動の時代を迎えています。

パンデミック、世界的な経済摩擦、地域紛争、インフレと、想定外の事態が物流コストと供給安定性にこれまでになく大きな影響を及ぼしています。

中でも、海上運賃の急騰は製造業の現場担当者や調達バイヤー、サプライヤー双方にとって無視できない重大な問題です。

その影響を最前線で肌で感じているからこそ、現場レベルで実際にどのように「緊急料金(EBS/GRI)」と向き合うべきか、契約運用にどんな工夫やノウハウが必要なのかを、実践的な視点から解説していきます。

これからの時代、単なる知識の習得だけでは生き残れません。

「いまだ昭和風情の残るアナログ調達現場」でも通用し、かつ効率的な現代的手法を推進していくためのヒントをお伝えします。

海上運賃の急騰と緊急料金(EBS・GRI)の基礎知識

なぜ今、海上運賃が激しく変動しているのか

海上運賃は、常に需給バランスの影響を受けています。

しかしここ数年は、通常の変動幅をはるかに超える急騰と急落が繰り返されました。

その最大の要因は、新型コロナウイルスによる需要と供給の大きなギャップ、そしてグローバル紛争や港湾ストライキといった突発的なリスクです。

例えば、2021年に北米航路での運賃はコロナ禍前の数倍に跳ね上がりました。

さらに2024年現在も、紅海情勢やパナマ運河の水位低下など、これまで想定されていなかったトラブルが連続しています。

このような状況で、船会社は単なる運賃値上げだけではコスト上昇に対応できません。

そこで、多くの場合「緊急追加料金」としてEBS(Emergency Bunker Surcharge)、GRI(General Rate Increase)などが適用されるのです。

EBSとGRIとは何か?その違いと役割

EBS(Emergency Bunker Surcharge)は、主に燃料費(バンカーチャージ)の急激な上昇時に収益防衛策として課される緊急料金です。

GRI(General Rate Increase)は、「ベース運賃の改定」とも呼ばれ、需給変動や市場悪化時に広範囲で追加値上げを実施するための料金です。

メーカーや商社がコンテナを輸出入する際、海上運賃の見積にEBSやGRIが含まれている場合、その分がコストとして実際の物流費に上乗せされます。

この追加料金も契約形態や船会社によって変動し、時には予想外の出費となり、利益を大きく圧迫する要因となります。

急騰局面でのサプライチェーンへの影響

調達コストへの波及と現場負担

物流費の急騰は、製品コストの上昇に直結します。

多くのメーカーでは「数量×単価+標準物流費」といったフォーミュラで原価計算を行っています。

しかし、EBSやGRIのようなイレギュラーコストは原価の枠組みを超えて跳ね上がり、見積時点と発注時点、あるいは出荷のタイミングで損益に多大なインパクトを与えます。

特に、価格転嫁が容易ではない下請け・中堅メーカーや、固定価格契約を結んでいる案件では一層深刻です。

現場では、「損益を守る」ための値上げ交渉や契約変更の調整が求められ、バイヤーとサプライヤー両者にとって大きな心理的負担となっています。

情報の非対称性、いまだ根強いアナログ文化

日本の製造業現場では「長年の信頼関係」や「前例踏襲」が色濃く残り、新しい運用ルールや料金体系へのアップデートが遅れがちです。

そのため、EBSやGRIの発生や運賃構造の変更についての情報が社内外で均等に共有されていないケースも多く見受けられます。

結果として、現場担当者は突然の追加料金に後手で対応しがちで、サプライヤー側は「バイヤーの本音や論理」が読みにくい状況に陥りがちです。

EBS/GRIの契約運用で現場が押さえるべきポイント

契約書への明記―リスク回避と透明性の確保

EBSやGRIが発生した場合に誰が、どのタイミングで、いくら負担するのか。

この点をあいまいにしておくと、追加コスト発生時に必ず揉める原因となります。

現場でできる最善の対策は、見積書や契約書に「緊急追加料金」の扱いについて明記することです。

たとえば、
・「EBS/GRI等の緊急割増運賃が発生した場合、差額は実費精算とする」
・「追加料金発生時は速やかに両者で協議し、共有した根拠に基づき負担を決定する」
といった条項を設ける運用が推奨されます。

この一文が将来的な「言った/言わない」のリスクを大幅に減らします。

サプライヤーとの情報共有フローの構築

バイヤー部門だけでなく、サプライヤー(輸送委託会社や製品出荷側)とも運賃情報の共有フローを明確にしておきましょう。

具体的には、以下のようなルーティンワークが有効です。

・月次や四半期ごとに主要航路の運賃動向を相互報告する
・EBSやGRIの発生根拠(船会社からの通知等)をできるだけ早く共有する
・コストアップが発生した場合は書面でエビデンスを添付し、すり合わせの場を持つ

このような地道な積み重ねが、不意の追加コストによる信頼低下やギクシャクした関係を防ぎます。

アナログ現場でもすぐ実践できる「数字の見せ方」

Webシステムを活用する大企業だけでなく、手作業や表計算中心の下町工場でも海上運賃の変動対応を標準化する仕組みがあります。

たとえば、
・主要航路ごとの過去1年間の運賃推移(燃料費も含めたチャート)を印刷し、購買会議で説明用に活用
・追加料金の根拠となる公的資料、船会社の公式通知書を社内資料として備蓄
・月末時点の「想定コスト表」と「実コスト表」を並べて差分分析

こうした「見える化」により、「コストアップはやむを得ない」という客観的説明力が付き、社内説得や顧客説明も容易になります。

バイヤー・サプライヤー双方に必要なマインドセット

責任転嫁から共感型交渉へ―新しい関係構築

昨今の海上運賃急騰局面では、「全部そちらの責任」「値上げは絶対飲めない」といった対立型の交渉はほぼ機能しません。

「追加料金はどちらにとってもコントロール不能な外部要因」であることを踏まえ、バイヤー・サプライヤーともに損失を最小化しつつ持続可能な取引関係を構築することが大切です。

バイヤーは「どんな追加料金が発生しうるか」「どの程度まで企業として許容可能か」を事前に明文化し、
サプライヤーもきちんとした根拠資料と共に値上げの必要性を提示し、議論の土台を共有しましょう。

信頼関係を維持するためにも、「情報の透明性」と「損失を分担し合う姿勢」を重視することが、長期的な競争力確保につながります。

製造業を変革するイノベーション型購買への発想転換

EBS/GRIのような緊急料金の契約運用は、単なる「トラブル対応」や「リスク回避」のためだけでなく、
本来はサプライチェーン全体の最適化・リスクシェア体制を強化する契機でもあります。

従来の「前例主義」「コストダウン一辺倒」から抜け出すヒントとしては、

・追加料金を予算管理の中に組み込み、事前対応できる体制づくり
・協力会社同士で運賃情報や荷量調整を意識的にシェアし、変動リスクを平準化
・複数の航路、船会社、調達元を組み合わせた「調達多様化」による影響分散

などが挙げられます。

現場レベルでの細やかな契約運用と併せ、発想を柔軟に切り替えることで厳しい時代でも競争優位を築くことができます。

まとめ:業界動向と現場実践のリアルを生かそう

昭和以来のアナログ契約運用と、現代のグローバル物流リスクが交錯する今、EBSやGRIといった緊急料金対応は現場バイヤー&サプライヤー双方の実力が試される難問です。

本稿で解説したように、
・契約書面での明確化
・情報フローの整備
・数字やエビデンスによる説得力の向上
・対立型から共感型への交渉スタンス
・現場主導のイノベーション的購買改革

このような地に足のついた実践が、海上運賃高騰時代を乗り越えるカギとなります。

業界標準や先進的な取り組みも参考にしつつ、自社・自部門の強みを生かした独自運用も目指してみてください。

あなたの日々の知恵と工夫が、日本のものづくり、そしてサプライチェーン全体をより強く、しなやかにします。

You cannot copy content of this page