投稿日:2025年9月11日

輸送保険の未加入が招く損失リスクと回避方法

はじめに

製造業の現場では、毎日のように膨大な量の部品や製品が工場とサプライヤー、顧客の間を行き来しています。
こうした物流の流れを安全かつ効率的に維持するために、輸送保険は重要な役割を果たしています。

ところが、昭和時代から続く“なんとなくの慣習”や、「今までトラブルがなかったから」といった理由で輸送保険への意識が薄い現場も未だ多く見受けられます。
実際、筆者が工場長として現場で管理していた時代にも、未加入による想定外の損失トラブルを何度も目にしてきました。

本記事では、輸送保険の未加入によるリスクと、その具体的な回避方法について、現場目線や業界動向を交えながら、実践的に解説します。

なぜ輸送保険が必要なのか?

現場でよくある物流トラブル

製品や部品の輸送中には、以下のようなトラブルが実際に起きています。

– トラックの事故による破損や紛失
– 天候起因の遅延や水濡れ
– 積み下ろし作業時の落下、変形
– 盗難・誤配送
– 国際物流では港湾のストライキや海難事故

特に昨今では、自然災害や世界情勢不安などにより、輸送リスクは年々高まる傾向にあります。

製造業における影響の深刻さ

製造業は多品種少量生産やジャストインタイムが進み、1日、1時間の遅れや部品のロスがそのままライン停止や納期遅延など重大な損失につながります。
また、最終顧客への納品遅延や不良納品によっては、信頼喪失や契約解除の危険も孕んでいます。
このような負の連鎖を未然に防ぐ、いわばバッファとして機能するのが「輸送保険」なのです。

輸送保険未加入が招く事業上の損失リスク

直接的損失:金銭的な補償が得られない

輸送中の事故や盗難で製品が失われた場合、保険に加入していなければ、その損失は全額自社負担となります。
製品や部品の原価はもちろん、再生産や再購入にかかる時間・コストも膨らみます。

特注品や高額な精密機器の場合、1回の事故で数百万円~数千万円の損害が発生することも珍しくありません。
この損失がバランスシートを直撃し、経営を揺るがしかねません。

間接的損失:事業継続リスクと信用失墜

損失は単なる金銭面に留まりません。
得意先への納品遅延・欠品が発生した場合、「納期を守れないサプライヤー」という烙印を押され、契約打ち切りや新規取引打診の減少を招きます。

また、納品遅延により得意先側も生産ラインを止めてしまう“連鎖的な機会損失”も大きな懸念材料です。
このような事態を招いた場合、関係修復や信用回復には多大な時間と労力がかかります。

業界のアナログ慣習が生み出す“油断”

製造業には「過去何十年もトラブルがなかった」「付き合いの長い業者同士だから安心」といったアナログな空気が残っている現場も多いです。
しかし、輸送リスクは潮時を選びません。

実際、コロナ禍や戦争の影響による物流混乱、自然災害の頻発など、「今までと同じ」発想が事業の継続リスクそのものになりつつあります。

サプライヤー・バイヤー双方が考えるべきこと

バイヤー(購買担当者)の視点:安定供給のためのリスク管理

バイヤーの主な役割は、必要な製品・部品を“品質・コスト・納期・安定供給”の観点で手配することです。
そのため、「製品が無事に届くのが当たり前」という前提ではなく、“万が一”に備えたリスクヘッジが重要です。

調達戦略を考える際、輸送保険の有無をチェックリストに含めることや、万が一事故が起きた場合の補償・再手配の流れまでシナリオを想定しておく必要があります。

サプライヤー(製造・出荷側)の視点:信頼維持の責任とリスク共有

サプライヤーにとっても、輸送中の事故は全く想定外という訳ではありません。
顧客への納期や品質保証は、工場内だけでなく出荷~納品までの工程が含まれる“全工程品質”で考えるべきです。

また、「誰がリスクを負担するか(インコタームズ)」も契約で明確にしないと、事故時に揉め事になるケースが多発します。

輸送保険の種類と仕組みを知ろう

代表的な輸送保険3種

1. 運送業者賠償責任保険
これは運送会社側(委託先)が契約し、輸送ミスや事故賠償責任をカバーする保険です。
運送業者が故意や重大な過失でない場合、補償額はわずかに制限されることが多いです。

2. 貨物保険(海上・陸上・航空)
荷主(発送側・バイヤー)が自ら契約し、輸送中のほぼ全リスクをカバーできる保険です。
高価値の製品や繊細な機器、広域出荷においては必須の備えです。

3. 特約付き包括保険
多数出荷がある大手メーカーでは、全出荷分を包括的にカバーする特約保険(オールリスク型)も利用されます。

インコタームズでリスク負担区分を明確に

国際取引では、納品場所やリスク負担の分界点を「インコタームズ(貿易取引条件)」で明示します。
たとえば“FOB(本船渡し)”“CIF(運賃・保険料込み)”など条件によって、どちらが輸送リスク責任を負うかが決まります。
契約前段階で、誰が保険手配し、どこまで責任を持つか合意しておくことで、事故時の責任分担でもめるリスクを減らせます。

リスク回避の具体的アクション

見積段階で“保険有無”を必ず確認する

特に新規取引や大量案件では、見積依頼時に“輸送保険の有無”“カバー範囲”を必須事項として確認してください。
また、納品条件欄に「保険未加入時のリスク負担」を明記しておくと、後々のトラブルも回避しやすくなります。

保険加入証明の提出を求める

実際に輸送保険加入が義務付けされている大手メーカーでは、サプライヤー/輸送会社に「保険証券(コピー)」の定期提出を求めている事例もあります。
調達部門主導で、年1回以上の受入れチェック体制を整備するのも有効です。

補償範囲と免責事項を詳細に把握する

保険に加入しているから安全、という考えは危険です。
実際には、「地震」「津波」「戦争」など一部の大規模災害は補償外、“梱包不良”が原因の破損は免責という規定も少なくありません。
商品・案件ごとに、とくに補償対象・免責事項を綿密に確認しましょう。

事故時の連絡・対応フローを整備しておく

トラブル発生時、誰がどこに連絡し、どのような書類(写真、受領証券など)を提出すれば保険申請できるか、社内外のフロー整備も肝心です。

現場スタッフや物流管理者と共有・訓練して発生時に混乱しないようにしましょう。

自社のリスク評価と定期的な見直し

物流経路・仕向地によるリスク差を可視化

例えば、国内近隣納品と、都市部外・離島向け、また国際輸送(特に途上国)では、リスク度合いも大きく異なります。
物流委託業者の過去事故率や運送ルートの安全性、仕向け先の政情やインフラ事情なども、保険加入要否判断の材料にしましょう。

柔軟な判断と関係者全体でのリスク共有

サプライヤー主体・バイヤー主体のどちらにしろ、「誰がリスクをかぶるのか」をオープンに議論できる関係値の構築が重要です。
また、業界団体や契約書式の標準化、契約条件の定期チェックも現場実務レベルで徹底してください。

まとめ:時代の変化を意識したリスク対応を

未だ“トラブル慣れ”や根拠なき楽観論が残る製造現場ですが、グローバル化・市場変動・サプライチェーンの多様化に伴い、輸送リスクは高度化・複雑化しています。
「輸送保険は自転車のヘルメット」――日常では使わなくても、転んだときには致命傷を防いでくれる大切な備えです。

バイヤー、サプライヤー双方がリスクを現実的に直視し、柔軟かつ着実な対策を打つことで、“万が一”にもビジネスを止めない強い現場に進化できるのです。

本記事が、現場の皆さまのリスクマネジメント意識向上と、健全な製造業発展の一助となれば幸いです。

You cannot copy content of this page