投稿日:2025年9月26日

「現場力神話」にすがる企業が国際競争から脱落する理由

はじめに:「現場力神話」にすがる日本企業の現在地

バイヤーとして製造業の調達や購買に携わっている方、またサプライヤーから見てバイヤーの動向が気になる方へ。
そして、製造業の現場で長年汗を流す皆さまへ。
日本の製造業を支えてきた「現場力」。
昭和の高度経済成長期から平成を経て令和へ。
今もなお、多くの製造業の現場では「現場力」こそが我が社の競争優位性の根源だと信じられています。

確かに、「現場力」は日本企業の強みであり続けてきました。
細やかな管理やカイゼン精神、熟練工の勘や技術。
それらが高品質を生み出し、世界市場で日本製品のブランド力を高めてきたことは否定できません。
しかし、グローバル化とデジタル化が加速するなかで、果たしてそれだけで十分なのでしょうか。
いわゆる「現場力神話」にすがり続けていると、企業は国際競争から脱落してしまう危険性すらはらんでいます。

本記事では、長年現場で培った知見をもとに、「現場力神話」にすがることのリスクや、その背景にある日本特有の構造的課題、さらに世界の先進企業との違いにフォーカスします。
そして、これからの製造業の現場がどのような視点で進化すべきかを具体的に提案します。

「現場力神話」とは何か

現場力とは何か

「現場力」とは、生産現場で働く一人ひとりの職人技や経験、現場のカイゼン活動、いわゆる「三現主義」(現場・現物・現実)に根ざした問題解決能力を指す言葉です。
現場で直接モノづくりに関わることを重視し、細かな異常や兆候を見逃さずに対応する。
これにより、工程異常の早期発見や不良品の流出抑制、継続的な改善活動といった成果につながっています。

なぜ“神話”になったのか

「現場力」は日本型ものづくりの代名詞とも呼べます。
高度経済成長期、トヨタ自動車の「トヨタ生産方式」や、BMWやGMなども研究対象とした「カイゼン」に世界は注目しました。
実際、現場で生み出される小さな知恵や工夫が積み重なり、圧倒的な生産性と品質を実現したのです。

その成功体験が、今も「現場力こそがすべて」という“神話”として語り継がれているのです。
「IBMよりも現場のオバちゃんの知恵がある」。
「コンサル要らず、うちには現場がある」。
こうした言葉に象徴されるように、現場力神話が定着しました。

「現場力神話」が企業を危うくする理由

現場力の限界

しかし、時代の要請は大きく変わりました。
グローバル競争、市場ニーズの多様化、サプライチェーンの複雑化、そしてデジタル化の波——。
こうした課題に対し、「現場力」頼みだけでは解決不能な領域が増えてきています。

実際に現場にいると痛感するのが、「属人的な現場力」の限界です。
例えば、
・技能継承に苦労している
・現場がブラックボックス化している
・ちょっとした改善(小カイゼン)が繰り返されるものの、抜本的な変革は進まない
といった問題に多くの企業が悩んでいます。

“人海戦術”の呪縛

デジタル化・自動化に必要な設備投資が遅れがちなのも、「現場力」が足かせになっている側面があります。
「我が社には人がいる」「人の目の方が信頼できる」、そんな声が現場幹部から聞こえてきます。
ですが、これは裏を返せば「人海戦術でカバーするしかない」状態とも言えます。

たとえば、検査工程で人員を重複投入して不良流出を防ぐ。
トラブル対応も経験豊富なベテランの“神の手”頼みになる。
こうして労働集約的な体質を温存し続けてしまい、人材不足や高齢化問題をさらに悪化させています。

外とつながれない組織体質

「現場がすべて正しい」「外部の意見は不要」といった排他的な気質が、社内に根付いてしまいがちです。
これは、バイヤーやサプライヤーにとって致命的な障壁となります。
調達購買部門やサプライチェーンマネジメント部門が新しい仕組みを導入しようとしたとき、現場が「今までこれでやってきたから大丈夫」と抵抗感を示す。
オープンイノベーションや新技術導入のスピードが極端に遅くなり、外部との共創が進みません。

諸外国と比較する「現場力神話」の危うさ

世界は「工程の標準化」と「デジタル活用」が主流

例えばドイツのインダストリー4.0。
中国・深センのスマートファクトリー。
アメリカのアジャイルマニュファクチャリング。
これらに共通するのは、「人の勘や経験」よりも「データに基づいた標準化と自動化」です。

例えばドイツの工場では、現場作業の微細なノウハウも「現場作業手順マニュアル」や「工程テンプレート」に落とし込み、即座に教育・展開が可能です。
アメリカの大手企業では、センサーやIoT、AI活用が進み、現場作業の最適化・省人化が当たり前。
中国では新興企業が新鋭設備で少量多品種の自動製造を実現しています。

需要や市場変化に柔軟に対応できる仕組みを整えることで、異なるバックグラウンドや言語を持つ多様な人材でもハイレベルな生産が可能。
属人的な「現場力」に頼らず、高生産性・高品質を実現しているのです。

欧米流バイヤーの考え方と日本のアンバランス

欧米の購買・調達プロフェッショナルは、工程・品質の「標準化」と「可視化」「契約主義」が徹底されています。
例えば工程設計や品質要求事項は、サプライヤーとも“共通言語”で交わされ、何かあれば即座に工程を修正し、サプライヤーにも責任共有を求めます。
対して日本のバイヤーは、「現場で頑張ってもらう」「不具合が出たら現場で対応」で乗り切る文化がいまだに根強い。
調達部門として“現場の勘”や“根性論”に頼ってしまう場面が多いのです。

なぜ「現場力神話」から抜け出せないのか

経営層の意識と現場の温度差

実は、現場力神話の温床になっているのは経営層の“昔の成功体験”です。
特に昭和・平成の大量生産時代に工場現場に携わった世代ほど、「現場を見れば分かる」「現場は裏切らない」という思いが強い傾向があります。

一方で現場担当者からすれば、他業界のデジタル化や自動化の潮流をSNSやメディアで見知っているため、「本当にこれでよいのか」と違和感を覚えていることも。
それでも上層部に声が届きにくいため、従来通りの現場力頼みの組織風土を変えられずにいます。

技能継承と属人化のジレンマ

現場力と技能継承は表裏一体です。
職人技やベテランのノウハウを次世代へ伝えねばならない。
この思いが、「できるだけ人の手で」「人から人へ」となり、結果的にナレッジがブラックボックス化してしまいがちです。

デジタルで共有すればよい、と分かってはいても、「現場の細かなニュアンスは記録できない」「紙にしたら現場が混乱する」と二の足を踏む。
結果的に属人的な現場力頼みの組織体質を温存し続けてしまいます。

バイヤーとサプライヤーの視点から考える「現場力神話」の壁

バイヤーが困る現場力依存のリスク

バイヤーの仕事は、部品や原材料を“安く、安定的に、高品質で”調達することです。
しかし、現場力頼みのサプライヤーでは「属人的な勘や経験」「その場しのぎのトラブル対応」に頼りがち。
工程が見えない、標準化ができない、品質に波がある…こういったリスクが顕在化します。

また、現場力頼みの企業は工程改善のスピードが遅く、バイヤーから見ても「この企業と組んで大丈夫か」と不安を覚えるものです。

サプライヤーから見たバイヤーの現場力幻想

サプライヤー側も、「バイヤーはうちの現場力を信じてくれている」「細かいところは現場でうまくやってくれるはず」と考えがちです。
ですが、グローバル企業や新興バイヤーにとって重要なのは「科学的な管理」「見える化された工程」「早急な対応力」です。
属人的な“現場力アピール”はむしろマイナスイメージになることも増えています。

これからの現場力——「現場知」を開くためには

現場力を“開く”というラテラルな発想

「現場力」自体が悪いわけではありません。
むしろ、日本独自の現場知やノウハウを“ブラックボックス”から“ホワイトボックス”へ開き直すことこそ、現場力の再生にほかなりません。
具体的には以下の3点がポイントです。

1. 現場ノウハウのデジタル化・標準化

熟練工のノウハウや、現場で得られる小さな知恵を「デジタルナレッジ化」し、「標準作業」として誰もがアクセス・活用できる仕組みにする必要があります。
紙の日報や口頭指示をやめ、タブレットや工程管理アプリに切り替え、リアルタイムで共有・参照できる環境を整えましょう。

2. データを“みんなの力”に変える現場リーダーの育成

現場で得られた「気づき」や「違和感」を、個人の経験だけに留めず、チーム全員で「なぜ?」と掘り下げる習慣を持つこと。
リーダー自らがデジタルツールを使いこなすことで、現場全体のレベルアップにつなげていく意識改革が不可欠です。

3. バイヤー・サプライヤーを巻き込む情報オープン化

調達先や顧客と現場の“壁”を壊し、「うちの現場はこう改善した」「こんなデータが取れる」と透明化する。
バイヤーも「現場の人任せ」ではなく、データで語れる調達力や、現場の提案力を強化することが求められています。

おわりに:「現場力神話」からの脱却こそが世界で戦う第一歩

日本の製造業が再び世界で輝きを取り戻すためには、「現場力神話」からの自立が不可欠です。
昭和の成功体験を超える新たな現場開発力へと進化せねばなりません。
現場力を“神話”で終わらせず、リアルタイムでデータに落とし、現場知を“全員の知恵”にしていく。
バイヤー・サプライヤー・現場が一体となって脱・現場力神話に取り組む。
これこそが、これからの国際競争を勝ち抜くためのカギなのです。

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