投稿日:2025年9月28日

価格優先で品質を軽視する顧客のカラクリ

はじめに:なぜ価格優先の顧客が増え続けるのか

製造業界において、「もう少し安くなりませんか?」という言葉は、何十年も前から現場で繰り返されてきました。
特に昭和、平成から令和への時代の流れの中、グローバル化や経済環境の変化によってコストダウン圧力は加速する一方です。
その影響で、品質よりも価格を優先して発注先を決める顧客が目立つようになりました。

なぜ顧客はこうした判断に傾くのでしょうか。
背景には、購買部門における評価軸の変化や、現場で蓄積された「属人的な発注ノウハウ」、さらにはサプライヤーサイドとの情報格差が大きく関係しています。
本記事では、20年以上製造現場で培った実体験をもとに、価格優先で品質を軽視する顧客の思考や、その裏に潜む構造的なカラクリについて深く探ります。

価格優先の発注が根付く昭和型調達の実情

数値でしか評価できない現場と上司のプレッシャー

製造業の調達・購買部門にいると、よく「コスト削減○%達成」という目標値が掲げられます。
サプライヤーとの交渉現場でも、品質や納期より価格交渉がド真ん中に来る光景は珍しくありません。

背景には、上司や経営トップから求められる「コスト低減」と、それを達成できたかどうかという数字だけで評価される風潮があります。
担当バイヤーとしては、短期間で「成果」として示しやすいコスト削減のインパクトに頼らざるを得なくなります。

評価基準と目標数字の“暴走”

コストダウン至上主義に陥る現場の多くは、「品質不良によるクレームが出た場合のみマイナス評価」という短絡的なルールに縛られています。
目の前で品質トラブルが起きない限り、本質的なリスク評価を行わず、とにかく価格優先で発注先を決めてしまう。
結果として「一発勝負」のサプライヤー選定、品質検証の省略、リードタイム縮短など、外から見ればギャンブルとも言える調達が横行します。

「予算ありき」の悪循環と現場無視

調達コストに対する年間予算が先に決まり、その枠組みの中で現場に発注責任を押し付ける——この昭和型の体質も問題です。
品質に目が向いていても「予算オーバーなので無理です」という、ある意味現場の声をかき消すマネジメント層のロジックによって、品質面での要求は二の次になるのです。

バイヤー・顧客の心理的背景:なぜ品質より価格なのか

数字で記録しやすい「コスト」の誘惑

コスト低減は、社内で「成果」として簡単に数値化しやすい指標です。
管理職や経営層への報告でも、「昨年比○%削減」という実績は、紙やエクセル1枚で一目瞭然のため、とてもアピールしやすいのです。

一方で、品質の向上や安定化の実績は、「目に見える失敗」がなければ評価が難しい.
サプライヤーの地道な品質改善活動や、現場に入り込んだ泥臭いコミュニケーションよりも、調達価格の数字のほうが手っ取り早く上に伝わってしまいます。

品質トラブルの発生確率と“他人事心理”

「うちの会社、この品番はもう何年もサプライヤーを変えていないから、今度も大丈夫だろう」
「多少品質が悪くても、工程で何とかリカバリーできるはず」――
こうした心理が根底にはびこっています。

実際は、サプライヤー変更や新規調達は品質トラブルを誘発しやすいにもかかわらず、その確率までは現場で客観的に評価・反映されず、結果的に「最悪の場合は現場で何とかすればいい」という安易な考え方が蔓延してしまうのです。

発注・購買業務の属人化と知識の“継承不足”

多くの製造業現場では、調達・購買担当者が長年の経験や「さじ加減」で発注業務を行ってきました。
しかし、ノウハウが暗黙知のままで若手へ十分に伝わらず、表面的な価格・納期だけでサプライヤーを評価する流れが強まっています。
現場を見て会話する力や、サプライヤーの潜在能力を見極める「目利き力」の不足も、品質軽視を加速させる一因です。

安すぎる調達が生み出す“見えざるコスト”の罠

表面化しづらい「後工程の負担増」

安値競争で選ばれたサプライヤー品は、一見すると「目に見えるコストは下がった」ように見えます。
しかし現場では、後工程での検査工数増加、検品体制の強化、クレーム対応のための書類作成や社内調整……。
目に見えないコスト、すなわち「見えざるコスト」が、着実に積み重なっていきます。

私自身、品質不良品が納入され、夜中に緊急対応を迫られたことが何度もあります。
現場担当者の心身への負荷以外にも、見積書・発注書の再作成や、顧客への調整などで、大規模な間接作業が発生していました。

サプライヤーのモチベーション低下

サプライヤー側では、安値競争に巻き込まれるたびに利益率が低下し、人材や設備への投資ができなくなります。
「これ以上は赤字です」と窮状を伝えても、発注者側が聞く耳を持たなければ、サプライヤーは最低限の品質保証しか行わなくなり、非正規雇用者への作業委託や工程スキップが当たり前になります。

最終的には「事故が起きたらその時考えればいい」というゼロリスク志向の崩壊を招きかねません。

品質トラブル時の“関係破綻”リスク

本質的な原因分析や、「未然防止」の観点に欠けているままサプライヤーを“使い捨て”ると、継続的な改善活動も期待できません。
いざ大きな問題が発生した際には、サプライヤーが非協力的となり、発注側との信頼関係が壊れてしまいます。

よくあるのが「不良ロット発生時に、協力工場が急に連絡を無視しはじめたり、形ばかりの報告フォーマットしか返さなくなる現象」です。
こうなると、元の品質レベルや納期安定性は取り戻せなくなります。

価格を強調する顧客への“対話力”の磨き方

数字とロジックで「全体最適」を主張する

価格交渉に偏る顧客には、個々のコストダウン要望だけでなく、「全体コスト最適化」のロジックを数字で示すことが重要です。

例えば、「価格を5%下げれば、不良率上昇によって生産ライン停止リスクが○%高まります。
この損失額を企業全体で比較すると、総合的な経済合理性が損なわれます」といった定量的な説明が有効です。

また、「品質安定化による検査工数削減」や、「ライン停止防止分のメリット」なども、定量データやベンチマーク(他社事例)を添えながら論理的に主張しましょう。

現場現物・実例で共通言語をつくる

現場の写真や工程フロー、実際の不良発生シュミレーション、スタッフの生の声など、「現場感」を共有できる情報を材料にすることで、顧客も情緒的に品質の重要性を認識しはじめます。
顧客の工場を訪問し、相手の苦労や不安ポイントに直接触れるコミュニケーションは、価格至上主義をゆるやかに変えていく最短ルートです。

信頼関係づくりは“中長期視点”で

一度「コストだけでサプライヤーを切り捨て」られた経験を持つ会社は、再び同じ失敗を避けたいと思っています。
そのため、「短期的な安売り」ではなく、「数年先まで見据えた安定供給・品質向上・改良活動」の積み重ねを具体的に提示することが重要です。
年間単位の提案、共同開発・改善テーマの分割、一定の品質指標を維持する条件つき価格交渉など、“Win-Win”に見える構造をつくり出しましょう。

サプライヤーだからこそできる価値提案とは

アナログ現場でこそ活きる“人の力”を発揮しよう

今なお多くの製造業では、設計図面に載らない曖昧さや、微妙な品質の差異が現場では日常的に起きています。
「この部品は微妙に材質ロットによって微細なバラツキが出やすい」といったアナログ要素を、サプライヤー自ら説明し、数字や理屈でなく“現場感”として伝えることも有効です。

すべてが自動化できないからこそ、その工程ごとの“読み”や“肌感覚”が、品質安定化には必要不可欠だという現実を顧客と共有しましょう。

“コストだけで選ぶと何が起きるか”を伝え続ける

品質リスクを“事前に可視化”し、共有する姿勢こそ大事です。
「安い調達の裏に眠るリスク一覧表」や、「過去5年間で生じたトラブル事例集」などを資料として提供し、決して安ければよい、という単純なロジックでは説明できない現実を語り続けましょう。

バイヤーの先にいる顧客・エンドユーザーを意識

バイヤー個人の目線だけではなく、その先にいる最終顧客(エンドユーザー)や消費者の信頼を守るという大義を示しましょう。
「万が一、不良出荷によりエンドユーザーへ損害が及べば、数千万円規模のリコールや信用失墜もありうる」という現実は、コスト削減のための目先の判断を超えた説得力となります。

まとめ:価格重視の風潮に“新しい地平線”を切り拓く

この記事では、価格優先で品質を軽視する顧客のカラクリと、昭和から抜け出せない発注現場の実情、さらにサプライヤー目線の対策や価値提案手法について解説しました。

業界の常識を変えるには、現場の本質に立ち返り、「価格・品質・納期」という3つのトライアングルのバランスを再評価することが不可欠です。
数値やロジック、そして現場の息づかいを伝える力を磨き続ければ、必ずや業界全体がより本質的な進化を遂げられるはずです。

“安かろう悪かろう”の悪循環から脱却し、「品質もコストも両立できる、新しい調達の形」を、現場目線で一歩ずつ切り拓いていきましょう。

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