投稿日:2025年9月28日

熟練工の暗黙知を形式知化できず技術革新が止まる問題

はじめに

製造業の現場では「熟練工の技」と呼ばれる、経験に裏付けられた独自のノウハウが数多く存在します。
このような暗黙知は、長い時間をかけて個々の作業者に培われ、品質や生産性の向上、トラブルの未然防止など、現場力の根幹となっています。
しかし、現代の日本の製造業、とりわけ昭和からのアナログな風土が色濃く残る企業では、この貴重な暗黙知が十分に形式知(マニュアル化や数値化、可視化)されず、技術革新の停滞を招いていることが深刻な課題となっています。

本記事では、熟練工の暗黙知を形式知化できないことによる問題点、その奥に潜む日本の製造業特有の背景、そして解決のための実践的アプローチについて、現場目線で深く掘り下げます。
バイヤーを目指す方、サプライヤー側でバイヤーの思考を知りたい方にも示唆となるように、調達・購買の視点も交えて解説します。

熟練工の暗黙知とは何か

暗黙知の定義と重要性

暗黙知とは、言葉や数字、図面などの形式では伝えにくい、身体に染みついた知識や技能のことを指します。
たとえば「この音がしたら部品の装着がうまくいっていない」「この温度の手触りで焼入れが最適か判断できる」といった感覚的な知見です。

こうした熟練工の暗黙知は、設備やシステムだけでは再現が難しく、多品種少量生産や短納期対応、高品質維持といった日本ならではの「現場力」を支えてきました。

なぜ暗黙知は形式知化されないのか

暗黙知が形式知にならない主な理由には、以下が挙げられます。

– 個人の経験や感覚に依存し、体系化が困難
– 「見て覚えろ」というOJT慣行が昭和的な現場に根強い
– 標準化への取り組みが「やらされ感」になりがち
– ITやDX投資への心理的・現実的ハードルの高さ

結果として、熟練工が退職・異動するとノウハウが消失し、技術の進歩やイノベーションが止まってしまうのです。

技術革新が止まることで起こる現場の課題

生産性・品質の維持が難しくなる

暗黙知に支えられてきた工程は、新しい作業者が担当することで歩留まりの悪化、不具合の増加、生産遅延などが発生しやすくなります。
とくにグローバル競争が激化する中で、変化に柔軟に対応できる現場力が失われれば、価格競争力や納期厳守力も急速に低下します。

若手人材が育たず、採用も困難に

「見て盗め」「背中で語れ」といった旧態依然の教育手法は、若手の離職や採用難につながっています。
働き方改革や多様な人材確保が求められる今、個人に依存した教育・技術継承はリスクそのものです。
これが、製造業全体の変革や多能工化、ダイバーシティ・女性活躍推進にも大きな障害となります。

調達・バイヤーの視点から見たリスク

サプライヤーが暗黙知に基づく品質や納期対応能力を維持できなければ、バイヤーにとっては安定調達が一層困難となります。
また、技術情報の共有不足はサプライチェーン全体のトラブルリスクを高め、新規案件の立ち上げや品質改善のスピードにも影響します。

昭和型アナログ体質との闘い

「現場主義」が技術革新を妨げる?

「現場第一」「現場力」という日本製造業の強みが、時に形式知化を疎外する壁にもなります。
たしかに現場で臨機応変に対応できる小回りの利く現場力は強みです。
しかし、働く人の流動性が高まる時代に、個人の属人的な技術継承だけに頼る現状は限界を迎えています。

工場のデジタル化阻害要因

IoTやAI、DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが国からも強く推奨されていますが、紙の記録、手作業のチェックリスト、エクセルによる手入力など「アナログな現場」から抜け出せない企業は少なくありません。
これには経済的な制約もありますが、「長年うまく回っている安心感」や「管理職自身がデジタルツールに不慣れ」といった心理的な壁も大きく影響します。

技術継承と形式知化に向けた実践アプローチ

1. 動画・画像・センサーを活用した現場可視化

言語だけでは伝えきれない熟練の技を「動画」で記録し、標準手順書とリンクさせる手法は非常に効果的です。
また、IoTセンサーで温度・音・振動などのデータを取得し、リアルタイムで数値化することで「感覚」に頼らず標準化することが可能となります。

2. ナレッジマネジメントの活用

社内SNS、ナレッジ共有クラウド、eラーニングプラットフォームなど、個別現場・個人に散らばった情報を一元管理する仕組みを導入することが重要です。
ベテラン社員が「自分の武勇伝」を語る形でもよいので、経験談を定期的に収集・蓄積し、若手や他部門と共有できるフォーラムを設けましょう。

3. 多能工化・クロス教育の推進

熟練工一人に作業を任せ切るのではなく、定期的な作業ローテーションとクロス教育によって知識・技能をチーム全体で底上げする取り組みです。
得意な分野・工程が異なる作業者同士が、互いの技を教え合うことで、手順書以上のヒントやコツの共有も促進されます。

4. 標準化活動の意義づけ

単なる手順書やチェックリストの作成にとどまらず、「なぜこの作業が必要か」「どんな不具合を防げるか」といった目的意識を現場全体で共有することが大切です。
ISO導入や生産現場の見える化(工場見学や報告会の開催)なども、形式知化活動へのモチベーション向上につながります。

調達・バイヤーに求められる新たな視点

技術継承力=サプライヤー選定基準となる時代

品質・コスト・納期(QCD)だけでなく、「技術継承力」や「現場のナレッジ化推進度」もバイヤーにとって重要な評価基準となっています。
業界動向としても、大手メーカーでは新規案件発注時に「技術継承・教育プランの有無」をヒアリングするケースが増えており、ただ安い・早いだけのサプライヤー選定からの脱却が始まっています。

共創型パートナーシップの模索

バイヤー側からサプライヤーへの現場見学や技術交流会開催、現場改善の伴走支援など、サプライヤーと共に現場力・技術継承力を高め合う「共創型」の調達が重要になっています。
サプライヤー側からも、自社のナレッジ共有や教育の取り組みを積極的にアピールすることが、新たな競争優位性への道となります。

まとめ・現場主導の技術革新こそが未来を拓く

熟練工の暗黙知を形式知化できず、技術革新が停滞する問題は、日本のものづくりの根幹に関わる重大な課題です。
昭和から続く現場力を守りつつも、個人依存からチームや会社全体へ、そしてサプライチェーン全体の技術力向上へと、視野を広げていくことが求められています。

現場目線で見れば、熟練工の「手の内」をいかに可視化し、全員で共有し、一歩先の現場改革を実現するかが未来のカギとなることは明らかです。
そしてバイヤーやサプライヤーもまた、自社だけでなくサプライチェーン全体の知の継承と発展に責任と関心を持つ時代が到来しています。
ラテラルシンキングにより、今まで気付かなかった現場の知恵を「価値」に変え、製造業の新たな地平線を切り拓きましょう。

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