投稿日:2025年9月28日

AI導入で業務効率化よりも負担が増える問題

はじめに:製造業に広がるAI導入の波と現場の課題

AIという言葉がバズワードとなり、数年前から製造業界全体でその導入が加速しています。
工場の自動化や、ペーパーレス化、調達購買プロセスの最適化など、AI活用のシーンは広がっています。
企業のトップや経営企画部門が「AIを活用して業務効率化」と旗を振れば、多くの現場でもAI導入が推進されてきました。

しかし、現場から聞こえてくる声は必ずしもポジティブなものばかりではありません。
むしろ「AIを導入したせいで余計な負担が増えた」「現場感覚とずれていて、業務が煩雑化した」という声も少なくありません。

なぜAIを導入しても、本来の目的であるはずの業務効率化につながらず、逆に負担が増えてしまうのでしょうか。
この記事では、長年現場の最前線に立ってきた目線から、この問題を深掘りしていきます。

AI導入で負担増大——その現実と背景

現場感覚と経営目線の「ギャップ」

AI導入プロジェクトは、経営層が「効率化」という美名のもと、主導で始まることが多くあります。
経営判断としては正しい場合がほとんどですが、現場の実務を細かく知っているわけではありません。

たとえば、AIによる予知保全や生産計画最適化ツールの導入が推進されたとします。
ツール導入の際、現場担当者は膨大な“新しい仕事”がのしかかります。
既存業務に加えて、データ入力ルールの追加、AI判断結果の目視チェック、副次的なトラブルシューティング——。
人によっては、従来のアナログな作業よりも工数が数倍増えるケースすら存在します。

現場からすれば、「AI導入=楽になる」どころか、「慣れないツールで手間が増えた」と感じやすくなるわけです。

ツール本位の導入による「余計な重複作業」

AIツールは導入して終わりではありません。
むしろ、最も大きな負担は運用が始まってから降りかかってきます。

例えば、調達部門にAI発注予測ツールを導入したとします。
AIで物量の予測はできるようになったが、従来からの社内システムとの連携が不完全なため、Wチェックや二重入力が常態化。
業務フローがスムーズにならず、担当者の精神的な負担まで増加します。
結局、「AI担当者」を事務的に配置しないと運用がままならなくなるといった、本末転倒な現象が発生することも少なくありません。

ブラックボックス化が生む現場の「不安」

AI導入の過程でよく聞くのが、「どこをどう調整すればいいか分からない」という声です。
ツールの仕組みがブラックボックス化すると、「もし異常値が出たら正しく判断できるのか」、「誤った結果が出た際、現場がすべての責任を背負わされるのではないか」という心理的不安が高まります。

昭和から続く日本の製造現場では、熟練の勘や経験から繰り出すアナログな判断が、今もなお高く評価されています。
AIの計算結果をそのまま鵜呑みにするのは、現場の文化として根付くのは難しく、結局「AIを導入したことでチェックポイントや報告書だけが増えた」という不合理な事態にも繋がっています。

なぜ「AI導入=効率化」とはいかないのか?

業務プロセスの最適化なきツール導入の弊害

一番の問題は、「業務プロセスを見直す前にAIツールありきで導入」している点です。
特に旧態依然としたアナログな業界ほど、現場のワークフローは複雑で属人化しやすい傾向にあります。

AIツールに既存の非効率なプロセスを無理やり乗せようとすることで、
非合理なフローのまま一部だけがデジタル化され、かえって手順や管理項目が増えてしまいます。
AI化で「現場の手間が大幅に省けました」という事例は、実はごく一部のモデルケースなのです。

昭和体質の壁と、デジタル人材不足

製造業の多くは、変化を好まない「昭和からの文化」が根強く残ります。
年功序列、現物主義、判子文化…。
こうした慣習の中では、AIの論理をすんなり現場に取り込むことがそもそも困難です。

加えて、AIを現場運用できるリーダー人材が圧倒的に不足している現実も。
例えば工場長クラスやラインリーダーでも、「AIの設計思想」「データ整備の意義」「AI判断のアウトプットの妥当性」を現場にフィットする形で解説できなければ、末端まで腑に落ちた活用は実現しません。
今や「AI×現場業務」の橋渡し役こそ、最も社会的に求められる専門職の一つとなりました。

「じゃあ使わない方がマシ」?短絡は危険

AI導入に失望する声の中には、「結局アナログの方が融通が利いて楽」という結論を下す組織もあります。
けれど、このままアナログ回帰するだけでは、日本型製造業が生き残るのは極めて難しいでしょう。

現場負担が増えた、思ったような効果が出ない——。
この“つまずき”を無駄にせず、真の業務改革と人材育成に変換できるかどうかが、今後の現場変革のポイントとなります。

現場が活用できるAI導入の“最良解”とは

業務フロー再設計から先に始める

AIを現場で「効率化の武器」として機能させるには、まず現行業務の分解と“断捨離”が不可欠です。
無駄な情報をAIに食わせても、不要なアウトプットしか生まれません。

たとえば調達・購買プロセスでAIを活用する場合、
発注ロジック、仕入先管理手順、フォローアップの連絡手段などを現状把握し、
「何がボトルネックで、どこを自動化し、どこは人の手で残すべきか」をまず洗い出しましょう。
これをしない限り、AIは“委嘱犯”に過ぎません。

現場側の「AIアンバサダー」を育てること

AIに苦手意識を持つ層へのアプローチも不可欠です。
現場寄りで、AIに一定の理解があり、現場メンバーとの信頼関係がある“AIアンバサダー”(橋渡し役)を作りましょう。

アンバサダーは、AIツール導入の理由や利点、現場の懸念点を翻訳する役割を持ち、現場からのフィードバックを常時開発側へ伝達します。
人事評価制度にも「AI活用実績」や「デジタル適用チャレンジ」を加えて可視化し、現場が自発的に動く仕組みを作れば、負担感の改善につながります。

AI「適用範囲」を明確化する

AIには万能感がつきまといがちですが、すべての作業をAI化する必要はありません。
現場の判断や微調整、顧客のクレーム一次対応など、「人にしかできない仕事」を明確に残しつつ、
AIでこそ効率化できる「定常作業」や「データ分析部分」に集中させるのが定石です。

一気に全業務へAIを投入するのではなく、目的ごと・業務ごとに段階的拡大する「スモールスタート型」を徹底しましょう。

サプライヤー・バイヤーの視点で考えるAI導入の真価

バイヤー:調達AIの選定と現場巻き込み

バイヤーを目指す方にとって、今後は「AI目利き力」が強力な武器になります。
「どのプロセスをAIで効率化するのが最もインパクトが大きいか」「サプライヤー管理でどこまで自動化するのがベストか」、現場との対話を通じた判断が不可欠です。

また、調達先を選ぶ際も「相手先がAI化をどれだけ進めているか」「現場フォロー体制がどれほど手厚いか」など、アナログな情報網とデジタル情報を組み合わせて評価できるバイヤーが今後重宝されます。

サプライヤー:バイヤーのAI意図を読み解く

サプライヤー側は、発注側のAI導入意図を的確に汲み取る視点が必要です。
「オーダー自動化にどう対応するのが最も円滑か」「AI化で余る情報・手元に残る情報は何か」など、自社側でもデジタル化を柔軟に進めて初めて関係性が深化します。

バイヤーがAIを本音でどう感じているのか、「現場で工具化された」AIへの不満や改善フィードバックを深く探ることで、競争力の高いサプライヤーとなれるでしょう。

まとめ:現場目線の“AI活用文化”を育てよう

AIは、導入すれば魔法の杖のようにすべての課題を解決してくれるものではありません。
業務プロセスの見直し、現場との丁寧な対話、橋渡し役の育成、段階的なスモールスタートが、今後ますます重要性を増していきます。

「AIで現場の負担が増えた」という“つまずき”を、業務改革・現場力強化・人材育成の変革へと進化させる——。
そんな視点と挑戦こそが、これからの日本型製造業の新しい地平線を切り拓くはずです。

今、「時代遅れ」や「ばかばかしい」と感じてしまう現場の声こそ、現実的なAI活用のヒントになります。
ぜひ一歩立ち止まり、現場に深く根差した“AI革命”を推進していきましょう。

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