投稿日:2025年9月28日

AIを取り入れる前に製造業が準備しておくべき基本事項

はじめに:AIは万能薬ではない

現代の製造業では、AI(人工知能)やIoT、Industry4.0といったキーワードが飛び交っています。
確かにAIは人手不足の解消や、生産性向上、品質安定化など、数々のポテンシャルを持っていることは間違いありません。
しかし「AI導入=業務効率化・省人化がすぐに実現する」と短絡的に考え、まずは何かAIを取り入れてみようという姿勢だけでは、本質的な変革は成り立ちません。

私自身、20年以上にわたり工場現場、調達、購買、生産管理、そして品質管理と多角的にものづくりに携わり、現場の大小さまざまな変革に立ち会ってきました。
AIを活用するには、土台となる基本事項やマインドセットの刷新が必要不可欠です。
本記事では、AI時代に備えるために製造業が押さえておくべき基本について、現場目線で深くご紹介します。

データは整っていますか? ―「AIに食わせるための下準備」

データが整理されていない現場の“あるある”

たとえば、設備のトラブル履歴や、各工程の不良データが紙ベースで保存されていたり、担当者ごとにExcelの形式がバラバラだったりすることはないでしょうか。
昭和の時代から続く現場主義が色濃く残る工場やサプライヤーでは特に、データの属人化や分断が常態化しています。

AI導入以前の問題として、まず「正確で時系列で追跡できる」「誰でもすぐにアクセス・活用できる」という状態をつくる必要があります。
AIは“質のよいデータ”がなければ機能しません。
「デジタル化の前段階」と軽んじずに、まず現環境の整理整頓から着手することが重要です。

“闇Excel”や紙帳票に潜むリスク

製造現場には非公式の“闇Excel”や手書き帳票が溢れています。
これを放置してAIを導入しようとすると、データクレンジングや前処理に膨大な工数とコストが発生し、本来目指す業務変革に割くリソースが奪われてしまいます。
まずはIoTセンサーの設置、MES(製造実行システム)導入、クラウドによるデータ一元管理など、自社の規模や実情に合わせた方法でデータインフラを整備しましょう。

製造現場の「目的と手段」を明確にする

AI化すべき「本当に困っていること」は何か

AIは“魔法の杖”ではありません。
現場で実際に価値を生むAI活用には、「何にAIを使えば現場の負担・コスト・リスクを下げられるのか」というターゲティングが必要です。
たとえば、
– 設備の故障予知
– 不良品の画像検査自動化
– 発注・在庫管理の最適化
– 自律搬送ロボットの導入
など目的ごとに適用技術も運用も異なります。

経営層やIT部門主導でテーマだけが決まり、現場担当者の合意形成や納得が置き去りになるパターンも多いです。
現場の“困りごと”とAI導入の“狙い”が一致していない場合、いくら最新技術を入れても現場に定着しません。
意思疎通と現場巻き込みがAI導入の大前提です。

KPIを具体的に設定していますか?

「AIでコスト削減」「工数〇%削減」と抽象的な目標だけを掲げても、実際には効果が曖昧になりがちです。
「ライン停止回数を月10回から5回以下に削減」「検査ミス率を1/10に低減」など、定量的かつ現場が実感できるKPIを設定しましょう。
また達成度合いを定期的にレビューし、トライ&エラーで改善できるPDCAの文化を根付かせることも肝要です。

AIを導入するための人材と教育体制

AIは“現場を知る人”が使いこなす時代に

いざAI技術を導入しても、システム部門や外部ベンダー任せにしてしまう現場が少なくありません。
ですが、現場で本当に必要なチューニングや、日々の運用の中で出てくる“現場ならではのイレギュラー”は、結局現場の担当者が握っています。

このため「AIデータを見ること・使うこと」に対して現場全体のリテラシーを高め、IT・デジタル人材を自社で育成することが鍵となります。
経験・勘・度胸(KKD)だけに頼る体質から、データに基づく現場判断(Data-Driven Manufacturing)へと意識転換していくことが、時代の要請です。

昭和気質が根強い現場で人材育成をどう進めるか

「自分たちの仕事がAIに奪われるのでは?」と反発や警戒感を持つベテラン従業員も少なくありません。
そうした方々には「AIは人間の仕事を減らすためのものではなく、日々の負担を軽減し、より高度な業務や付加価値の高い仕事にシフトしていくためのパートナー」であることを丁寧に伝えていきましょう。

また、現場のノウハウや熟練技能がデータ化・形式知化されていれば、AIへの学習データとしても活用できます。
定期的な勉強会やワークショップ、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の仕組みをつくり、デジタルとアナログ両方の強みを融合していくことが理想です。

調達・購買部門に求められる視点

サプライヤーにもデジタル化を求める時代

AIやIoTによるスマートファクトリー化が進展すると、サプライチェーン全体のデジタル連携も不可欠になります。
大手完成品メーカーに納入する中堅・中小サプライヤーにとっても、デジタル発注や納期自動管理は今や「選ばれる条件」になりつつあります。

“昭和”型のFAX・電話受注体制を続けていると、新規取引や複数社案件で劣後するリスクが増しています。
バイヤー目線では「どのサプライヤーならデジタル発注の連携がスムーズか」「トレーサビリティやデータ連携が迅速か」は非常に大きな判断ポイントです。
サプライヤー側も業務フローの見直し・デジタル投資を進め、バイヤーから求められる水準にアップデートすることが必要です。

コストだけでなく“変革適応力”を評価する

従来の価格・納期・品質だけではなく「変革適応力」「デジタル時代への対応能力」をサプライヤー評価項目に組み込むことをおすすめします。
また、取引関係も単なる上下関係ではなく“共創”のパートナーシップへとシフトする時代です。
現場同士が課題を共有し合い、AI化に向けて双方のデータが円滑に連携できる関係性を築くことが、競争力の源泉です。

まとめ:AI時代の“現場力”を再定義する

AIやIoT導入は手段であり、目的ではありません。
真の目的は、製造現場の負担減、品質・効率アップ、人為的ミス低減、そして社員一人ひとりが付加価値の高い業務で輝ける“強い現場づくり”です。

そのためには、
– データ基盤の整備・一元化
– 本質的な課題・目的設定
– リテラシーや教育体制の刷新
– サプライチェーン全体でのデジタル化
という下準備が不可欠です。

さらに、昭和の現場力や“カイゼン”精神は、日本の製造業が世界に誇る財産です。
その強みとデジタルの融合こそが、AI時代の競争力を生み出します。

AI導入はあくまでも手段であり、そのための土台づくりに地に足をつけて取り組むこと。
長年の知見やアナログ現場の強さを活かしながら、未来の製造業を自らの手で切り拓いていきましょう。

読んでいただいた方の現場改革やAI導入が、より実践的で本質的なものとなる一助になれば幸いです。

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