投稿日:2025年9月30日

属人化した在庫管理で欠品や過剰在庫が常態化する課題

はじめに——属人化と在庫管理の慢性的な問題

製造業の現場で長年働いてきた身として、最も多く耳にする課題の一つが「在庫管理の属人化」です。

多くの工場や事業所では、ベテランの担当者が“長年の勘”や“経験”を頼りに在庫を管理していることが少なくありません。

しかし、この属人的なやり方が、欠品や過剰在庫といった慢性的な問題を生み出しています。

昭和時代の「現場主義」「手書き主義」が色濃く残る業界構造の中で、なぜ属人化による問題が現代でも解消できていないのか。

この記事では、現場視点ならではの課題意識と、バイヤーやサプライヤーの関心も踏まえながら、属人化した在庫管理がいかに問題の温床となっているか、そして打開策は何かを深堀りしていきます。

属人化が招く「見えないリスク」

経験頼みの“感覚値”管理の危うさ

在庫管理を担う担当者がベテランであればあるほど、現場の流れや変動を熟知しているため、勘や経験で的確な判断ができる場面もたしかに存在します。

しかし、ベテラン1人の勘や個人のノウハウだけで在庫量を決定することには、決定的なリスクがあります。

在庫数や滞留時間、消費ペースなど、根拠となるデータを持たずして「たぶん大丈夫」「恐らくこれで足りる」といった感覚値で管理した場合、小さなミスや見落としが積み重なり、やがて計画外の欠品や、コストを圧迫する過剰在庫を頻発させてしまうのです。

ブラックボックス化で引き継ぎ不能

さらに“現場のノウハウ”は文書化されないことが多く、担当者が休職・退職した際に引継ぎ不能な「ブラックボックス化」が頻繁に発生します。

このため、新任者は過去の記録や担当者の“頭の中”という不明確な情報のみで在庫管理業務を任されることが多く、業務の継承性・再現性が極端に低下します。

こうした属人的な管理は、安定したものづくりや取引を望むバイヤーにとっても、非常に不安材料となります。

なぜ属人化から脱却できないのか?——アナログ文化の残像

業界に根付く「現場最優先」の風土

日本の製造業には「現場主義」という強い文化が根付いています。

現場を知る人間が一番よく問題を把握している——この考え自体は正しい側面もありますが、現場担当者の“肌感覚”だけに頼る体質が、属人化の温床となっています。

Excelや手書き帳票での在庫管理、伝票処理といったアナログ業務も依然として多く、システム導入や業務標準化への取り組みが遅れがちです。

その結果として、経営層も現場も「今まで何とかなってきた」という惰性から抜け出せないでいるのです。

現場担当者の“安心材料”が改革を阻む

また、属人的スキルは担当者自身の“プライド”や“守備範囲”とも結びつきやすいものです。

自分のやり方、暗黙知を他者に明かしたくない、ツール導入による監視や管理を嫌うという心理的障壁も無視できません。

結果として、「今のやり方の方が安心」「新しい仕組みではうまく回らないのでは」といった理由で、抜本的な属人化脱却のためのチャレンジが停滞しているのです。

属人化した在庫管理がもたらす本当の損失

取り返しのつかない欠品と信用失墜

在庫管理の属人化が招く最大のリスクは、やはり「欠品」と「過剰在庫」です。

特に、サプライチェーンのグローバル化や製品バリエーション増加が進む中で、一度の欠品がバイヤーやエンドユーザーとの信頼関係を一挙に失墜させるケースが増えています。

一方、過剰在庫は倉庫コスト、保管場所、人件費、場合によっては廃棄損まで膨らませ、利益を大きく蝕みます。

これらはいずれも、属人的な判断で最適な在庫水準を見誤ってしまうことに起因しています。

サプライヤーとバイヤー間の“情報非対称”問題

サプライヤーの立場で考えた時、自分たちの納入部品・原材料が先方データベースにどのように管理されているか把握しきれていないケースがほとんどです。

バイヤー側が在庫水準を属人的にコントロールしていると、急な増産や注文予測の変更にも対応しづらく、サプライヤー側の計画も立てづらいという課題が生じます。

これはサプライチェーン全体の“ロス”や“手戻り”の原因となり、業界競争力自体を削いでしまうリスクがあります。

属人化の解決策——“人”と“仕組み”双方のアプローチ

1. 現場ヒアリングから始める棚卸しと見える化

改善の一歩目は、現場ヒアリングです。

実際に在庫管理業務に携わる人たちに、「どんな判断基準で何を見ているのか」「定常的な在庫の課題やストレスは何か」などを具体的に洗い出します。

これにより、属人化していた判断ロジックやノウハウ、トラブル発生時の対応例など、“現場のリアル”を棚卸しし、標準化やツール化の出発点とします。

もし小規模からでもRPAやクラウド管理システムといった仕組みを導入できれば、都度データ記録・分析による「見える化」が容易となり、属人化の呪縛から着実に脱却できます。

2. 在庫管理のKPI(重要業績指標)の設定と仕組み化

次に重要なのが、在庫管理業務を「誰がやっても同じ成果になる」仕組みに昇華することです。

具体的には、必要在庫量の計算式や発注タイミング、棚卸頻度、欠品発生時のフロー、過剰在庫の目安などを定め、KPI(例:在庫回転率、欠品率、廃棄率など)を明確にします。

こうした指標を意識することで、担当者の経験値だけではなく、誰が見ても“数字”で状況把握と意思決定ができる体制を作ることができます。

3. 属人化しない“継承しやすい職場文化”の醸成

真の属人化防止は、現場の“価値観”改革なしには実現できません。

「自分しかできない仕事」ではなく、「誰もが同じレベルで業務を回せる標準化」に価値を見いだす組織文化作りが求められます。

そのためには、マニュアルの充実、OJTの丁寧な実践、ITツールの積極活用だけではなく、失敗事例のオープン化や異動・多能工化など、従来の“担当分業”を越えた人材育成や風土の醸成にも注力する必要があります。

新たな在庫管理の地平線——「デジタル×現場力」融合がカギ

アナログとデジタルのハイブリッド

「現場の勘」は大切ですが、それをリスクにしないためにはデジタル技術との融合が不可欠です。

例えば簡易なIoT機器やバーコードによるリアルタイムな入出庫登録、クラウドを使った在庫可視化は、すでに中小企業でも導入実績が増えています。

データ分析に基づく棚卸しサイクル、AI予測による最適在庫量プランニングなど、新たな地平線が広がっています。

サプライチェーン全体最適の視点へ

バイヤー、サプライヤー双方がデータでつながれば、「なぜ在庫をこの水準に保っているのか」という暗黙知が“見える化”されます。

その結果、計画のすり合わせや急な変更依頼にも、相互に納得感をもって柔軟に対応できるようになり、サプライチェーン全体の強靭化につながっていきます。

まとめ——属人化を越えて工場の“底力”を高める

属人化した在庫管理は、昭和型のアナログものづくり文化と現代の激変する市場環境のギャップが生んだ“過渡期の課題”です。

しかし、現場最前線で起きている課題を認識し、少しずつでも「人」と「仕組み」両輪の改革を進めれば、欠品や過剰在庫の慢性化を脱し、工場現場やビジネス全体の競争力・信用力を大きく高めていくことができます。

バイヤーもサプライヤーも、現場の“ブラックボックス”を一緒に「開発」しサプライチェーン全体最適を目指す時代——。

その第一歩は、誰もが在庫情報にアクセスできる「見える化」から始まります。

過去からの知恵を活かしながらも、新しい地平線を見据えた“属人化なき在庫管理”への取り組みを、今こそ始めていきましょう。

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