投稿日:2025年10月2日

導入後に顧客ニーズと乖離してしまったDX失敗例

はじめに: 製造業の現場におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の誤解

DX(デジタルトランスフォーメーション)は、製造業においても近年強く求められるキーワードとなりました。
しかし、その導入の多くは、現場力やお客様の真のニーズとかけ離れたものになってしまい、思わぬ失敗に繋がることが少なくありません。
私も長年、調達購買、生産管理、品質管理、そして工場自動化を推進する立場で、数々のDXプロジェクトに関わってきました。
経験から実感するのは、「顧客に寄り添わないDX」は、昭和時代のアナログな業務よりも現場の混乱と顧客離れを招きやすいというリアルな事実です。

そこで本記事では、現場目線の「DX失敗事例」と、なぜこうしたことが起きるのかの要因、そして今後の実践的打開策について解説します。
業界のアナログ気質やリアルな業界動向も交えて、現場に根差したヒントを提示していきます。

DX導入失敗の典型例 ― 顧客視点を欠いたシステム構築

事例1:調達システムを刷新したが、現場も仕入先も混乱

ある大手メーカーでは、調達業務の効率化のためにERPシステムを刷新しました。
目指したのは「入力作業の自動化」や「見える化による効率アップ」でしたが、導入後まもなく現場や仕入先から苦情が殺到しました。

理由は、現場作業者が把握していた独自のルールやサプライヤーごとの細やかな要望が無視され、標準化・画一化された画面・フローにはめ込まれたからです。
「企業の都合」だけが優先され、長年の“阿吽の呼吸”による調整という日本的な強みが消え、本来なら緊急調達できた部品も滞留。
「システム入力しないとモノが出てこない」「書類と内容が一致せず混乱する」など、かえって調達工数とコストが増大しました。

事例2:見える化ダッシュボードの導入失敗

生産現場では、IoTやBIソフトで「状況の見える化」が謳われます。
しかし、現場でこうしたダッシュボードが展示用に“飾り”となるケースも多々あります。
例えば、工程内で手作業が混在する場合、システムが現場の実際の運用に追いつかず、データに「ラグ」や「誤差」が生じます。

その結果、現場は「本当に今どうなっているか」は結局、現場担当者本人しか分からず、管理者が閲覧するダッシュボードは「ズレた現実」を伝えるツールとなってしまいます。
数字やグラフが綺麗に表示されても、「アクションにつながらない」ため、やがて見向きもされなくなるのです。

事例3:自動化ライン導入後、顧客要望への対応力が低下

自動化設備の導入は省人化や安定品質を狙って行われますが、導入の仕方によっては顧客のニーズ対応力が低下することもあります。
たとえば、「小ロット・多品種」「イレギュラー対応」という日本製造業の強みが、自動化によって失われてしまうパターンです。

結果、「急な図面変更」や「突発的な仕様追加」が不可能になり、従来は柔軟に対応してきた得意先との信頼関係に亀裂が入る事態となりました。
自動化設備導入で満足したのは自社のコスト部門だけで、取引先からは「頼りにできなくなった」という評価となり、ビジネス縮小につながってしまいました。

失敗の根本要因:机上のシナリオ・供給側発想の落とし穴

DX導入が失敗する最大要因は「供給側論理」に陥りやすいことです。

現場の知恵・“暗黙知”の軽視

昭和時代から受け継がれてきた現場の「勘」や「経験値」、いわゆる“暗黙知”はデジタル化しにくいものです。
ところが、システム設計者や管理職、外部コンサルなどの「上から目線」による進め方では、実務運用や顧客とのやりとりで蓄積されたノウハウがないがしろにされがちです。
こうした現場の知恵を軽んじると、システムは形だけ完成するものの、実際には全く使われない、あるいは現場で反発され隠れた属人作業が横行、といった現象が起きます。

「便利=顧客満足」という短絡思考の危険

デジタル化が便利になるのは「企業側の効率」の話であって、必ずしもお客様やサプライヤーの“現実的な困りごと”を解決しているわけではありません。
たとえば、伝票を電子化することで「記録」が履歴として残しやすくなっても、現場がその入力作業に追われ、「本来のものづくり」に割ける時間が減ってしまう。
このギャップが拡大すると、顧客体験価値が落ち、特に中小メーカーや町工場などは大企業の合理化に振り回されるだけ、といった不満が強まります。

古い業界体質とデジタルのズレ ― 昭和流と令和流のせめぎ合い

製造業、とりわけアナログ業界では、役職を問わず「やり方を変えたがらない」風土が根強く残っています。

紙文化・ハンコ文化はなぜ消えにくいのか

紙やハンコを使った伝票、Excel台帳、FAX、電話確認…。
こうした昭和的な業務フローが令和の今も色濃く残る理由の一つは、「いざという時に責任が明確化する」安心感があるためです。
また、属人化によるリスク分散、現場内の小さな“忖度”や“気遣い”が日本独特の強みとして機能してきました。

この現実を理解せず、無理矢理にクラウドやRPAを導入しても「時間がかかる・分かりづらい・結局二重管理になる」という“現場の不満爆発”が起き、かえって生産性低下や人的トラブルを招くことも多いです。

サプライヤーの立場で“バイヤーのDX志向”を理解する重要性

サプライヤー側で現実的なのは、バイヤーが「どういった情報」を本当に欲しているか、どこまでが“システム整備”でどこまでが“現場対応力”を求めているのか、その使い分けのセンスです。
バイヤーが「形式にこだわりすぎて本質を外したオーダー」を出してきた場合、サプライヤーの現場担当者としては単なる「受け身」ではなく、納品現場で必用になる「使える情報」を逆提案することで信頼関係を築くこともできます。
逆に、DX化の波を招商せずに「はい・わかりました」と表面上だけ合わせるのは、長期的なパートナーシップやビジネス拡大を阻害するリスクとなるでしょう。

DX導入で乖離しないために:現場発・顧客発想のアプローチ

① 現場の声・暗黙知の“見える化”が出発点

まず、DXは「現場でどんな作業が残っているか」「本当に困っていること」を掘り下げることが大前提です。
机上の仕様作成ではなく、現場担当者との壁打ちや課題抽出、場合によっては顧客も巻き込んだワークショップやアンケートを実際に実施する必要があります。
その上で、便利さや効率化が「顧客体験の向上」につながる仕組みであるか、実際の業務負荷は減っているのか、継続的に確認できる仕組みを作りましょう。

② 100点ではなく“7割DX”で回す柔軟性

全てをデジタルにする必要はありません。
むしろ「7割をデジタル、3割は現場裁量」くらいの余白を残すことで、イレギュラー対応や顧客要望への即応力が維持できます。
失敗事例の多くは「完全自動化・完全ペーパーレス」を狙いすぎることで、ちょっとした変更対応のたびに大きなコストやトラブルが発生しています。
現場力や属人知も武器として活かす“ハイブリッド型DX”が、製造業では結局いちばん現実的です。

③ サプライヤー起点の現場改善提案

サプライヤー側でも、単に顧客(バイヤー)のパターンに従うだけでなく、自社で培った「実務上のノウハウ」を提示し、「御社のDX化をこうサポートできます」と一歩踏み込んだ提案ができれば、信頼構築や受注獲得につながります。
「納品までのリードタイム短縮には、この段階で情報共有が必要です」
「現行システムのこの部分だけ、柔軟対応できます」
など、部分最適で現場担当者や購買担当者に寄り添う提案型営業が今後ますます有効です。

まとめ:DX推進は“顧客体験価値の最大化”こそ本質

DX化は決して「便利」「効率的」だけを追うものではありません。
現場が本当に困っていること、顧客が何を求めているかを徹底的に掘り下げ、必要に応じて“アナログ”や“現場力”、属人知のメリットも活かす。
それが、製造業ならではの「強くしなやかなDX」のカギです。

昭和のアナログ文化から令和のデジタルへ、単なるシステム導入ではなく、新たな顧客体験と価値を提供するための“本質的変革”を目指しましょう。
現場・バイヤー・サプライヤー、それぞれの立ち位置から、「共有知」と「体験」に寄り添い、失敗を恐れず進化を遂げる業界でありたいと、私は強く願っています。

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