投稿日:2025年10月3日

特定社員に依存したプロジェクトが中断する問題

はじめに:なぜ特定社員依存が重大なリスクになるのか

製造業の現場は高度に複雑化し、多種多様なプロジェクトが同時並行で進行しています。
ですが、その一方で昭和の時代から続く「特定社員への依存構造」が、今も根強く残っています。
プロジェクトの肝となる情報やノウハウが、特定のキーマンに一極集中している現場は少なくありません。
こうした状態がもたらす最大のリスクは、社員が休職・退職した途端にプロジェクトが中断し、場合によっては事業活動全体が停滞してしまうことです。

この課題は「属人化リスク」として昔から指摘されてきましたが、デジタル化が進む現代でもなお、現場主義や人間関係のしがらみ、アナログな業務運用などにより解決が進んでいません。
本記事では、特定社員に依存したプロジェクトがなぜ中断するのか、現場の実例とともに分析し、そこから脱却するための実践的な方法論を現場目線で詳しく解説します。

特定社員に依存する現場の実態

なぜ属人化が起こるのか?

日本の製造業では、長年にわたり「現場の熟練者」や「ベテラン技術者」が重要な役割を果たしてきました。
新しいプロジェクトが立ち上がる際、これまでの経験や知見を持つ一部の社員に「依存」してしまう構造が自然と生まれます。
たとえば、調達購買では特定のバイヤーがサプライヤーとの関係性や価格交渉のノウハウを独占しています。
生産管理現場では、ある工程のボトルネック改善や、工程設計、品質維持なども同じ人だけが改善策を把握しているケースが多いです。

このような属人化は、昭和時代からの「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」文化や、口伝によるノウハウ継承、紙や個人のPC内に残るアナログ記録の多用などによって生まれています。
また、現場リーダーが「自分の城」を守るあまり、意図的に情報共有を避ける場合すらあるのです。

属人化によるデメリットと現場の「あるある」

属人化が進んだプロジェクトに起きがちな問題として、次のような「現場のあるある」が目立ちます。

– 関係者が「○○さんがいないと何も進まない」と感じている
– コミュニケーションが一部の人だけで閉じてしまい、透明性がなくなっている
– ミスやトラブル発生時にナレッジの引継ぎがうまくできず、問題解決までに多大な時間がかかる

具体例として、複雑なサプライヤー管理業務を一人のバイヤーだけが担っていた現場では、本人が急な病気で長期離脱した際、その取引先管理が完全に停止し、調達全体に影響が波及したという事例もあります。
同時に、「あの人しか知らない」工程や改善の着眼点が情報化されていないため、プロジェクトが全社標準のレベルに到達しません。
結局、「持ち回りの役割」ではなく「個人技能の独占」となり、成長のボトルネックになります。

なぜアナログ業界に属人化は残りがちか

日本の製造業は、特に中堅・中小企業や老舗工場ほどデジタル化への抵抗感が残っています。
従来の紙ベースの記録、判子文化、手順書の物理管理、口頭での伝達といったアナログ運用は、一定の属人性を内包しています。
このため、改善提案やITツールの導入は「現場を知らない外部のもの」と受け止められ、長い目で見た「作業標準化」や「ノウハウの共有化」に取り組みにくい傾向があります。

一方で、モノづくり現場の職人気質や「阿吽の呼吸」、現場独特の暗黙知は、確かに日本の品質を支えてきた原動力でもあります。
この伝統と効率化・リスク対策とのバランスをいかに図るかが、今後の業界動向では非常に重要なのです。

なぜ「特定社員依存」だとプロジェクトは止まるのか?

情報のブラックボックス化

属人化した業務は、担当者が持つノウハウ・情報がブラックボックス化することで、誰も代わりができない状態となります。
プロジェクト全体を俯瞰できる人がいなくなり、後任は手探りでゼロから情報収集を行うはめになります。
結果、品質維持や納期対応が一気に難しくなり、QCD(品質・コスト・納期)が大きく損なわれるのです。

人間関係に基づく業務設計の危うさ

特定社員を起点に「AさんとBさんの長年の関係で成り立つ業務」など、人間関係に根ざした業務設計では、片方が離脱したとたん関係性が断絶します。
コミュニケーションのハードルが上がり、イレギュラー対応や交渉もうまく進みません。
実績や暗黙知型の関係性は、外部からは可視化されないため、業務の再設計や改善が非常に困難です。

精神的ストレスの蔓延

一人のベテラン社員に負担が集中して過労状態になりやすいため、離職リスクも高まります。
逆に、他の社員は何もできずに無力感を抱え、組織風土が萎縮し「どうせOJTで教わっていないから仕方ない」という諦めムードも蔓延します。

現場から改革を起こす!属人化を脱却するための実践的アプローチ

業務の見える化・標準化から始める

「見える化」は日本の現場改善でよく使われる言葉ですが、属人化脱却には最初の大きな一歩になります。
まずは、自分の部署やチーム・プロジェクトにおいて

– どんな業務が日々動いているか
– どこの工程で誰が中心的役割を担っているか
– 必要最低限のドキュメントや手順書が存在しているか

を棚卸しします。

可能なら、業務フロー図や工程チャートに落とし込むと、ボトルネックやブラックボックスが視覚化されやすいです。
着手としては、「この業務を明日突然、別の人がやるとしたら困る点はどこか?」という視点が有効です。

小さく始めて、成果の見える所から進める

現場が大規模なシステム導入や大幅改革に対して強い抵抗を持つ場合、「まず小さな業務や改善から着実に進める」が基本です。
たとえば仕入先からの見積取得〜発注までの定型フローや、不良発生時のエスカレーション手順、継続的な設備点検の記録管理など、工場の標準ルーティンから改善対象を選ぶと定着しやすいです。

ポイントは「特定社員の頭の中」になっている内容を定期的にヒアリングし、部門みんなで共有する文化を作ることです。
口頭伝承や暗黙知の整理、手順書の簡素化、Excelなど既存ツールでの記録統一など、身の丈に合った道具・方法から始めると取り組み易くなります。

DX推進の「現場翻訳者」を育てる

DX(デジタルトランスフォーメーション)推進だけを旗印にしても、現場にはなかなか伝わりません。
属人化改革に最も重要なのは、現場の事情をよく分かる「現場翻訳者」の存在です。
現場を熟知し、デジタルツールや業務設計をわかりやすく伝えられるリーダーが、橋渡し役になることで、属人化解消は一気に進みます。

また、ベテラン社員から小さなノウハウ・工夫を根気強く吸い上げて「現場知」をデータベース化することで、自然と知識の水平展開が促されます。

業界全体で求められる変化と、個人キャリアへのアドバイス

これからの製造業が求める「仲間づくり」と「知の共有」

グローバル競争下で日本の製造業が生き残るには、属人化された「個人技能」ではなく、組織での「知の共有・標準化」がさらに強く求められます。
競争の激化と少子高齢化による人手不足に加え、調達リスクやBCP対策の面からも、一人のキーパーソンに依存しない組織作りは不可避です。

これからバイヤーや現場管理職を目指す方には、「『自分しかできない仕事』を作ろう」ではなく、「『誰でも再現できる仕事』を設計しよう」という意識改革が重要になるでしょう。
サプライヤーの立場にいてバイヤー側の動きが気になる場合も、どこに「リスクになる属人ポイント」があるか目を光らせ、逆に自社の強みやノウハウを客観的に提示できると信頼獲得に繋がります。

AI時代における「人間ならでは」の役割

デジタルが得意な「情報の均質化・標準化」と、現場や人間関係から生まれる「空気を読む・現場で気づく・新たに生む創造力」は分けて考えるべきです。
人間ならではの観察力や創造力を「枯渇しない組織知」として言語化・標準化し、AIの力も借りてナレッジ資産に高めていく。
これが製造現場の次の地平線と言えるでしょう。

まとめ:昭和の遺産を活かしつつ、新時代のラインを引こう

特定社員に依存したプロジェクトマネジメントは、多様化した現代の製造業で大きなリスクとなりつつあります。
「個人技能への信頼」と「組織知の共有」の両立を目指す現場改革こそ、すべての製造業従事者・バイヤー・サプライヤーにとっての共通課題です。

まずは自分の足元から、現場の情報見える化と小さな共有から着実に始めましょう。
そうすることで、「誰かがいなくなった瞬間、全てが止まる」というリスクを減らし、より持続可能で強い現場を作り上げていくことが可能になります。

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