投稿日:2025年10月4日

Yesマン営業が経営資源を食いつぶす構造的問題

はじめに:製造業現場の「Yesマン営業」に潜む危機

現場で20年以上働いてきた私が最も感じるのは、営業部門が常に「お客様第一」を掲げるあまり、言われたことを何でも引き受けてしまう「Yesマン営業」化している企業が少なくないという現実です。

表向きはお客様満足の徹底ですが、その裏側では経営資源、つまり人・物・金・情報が静かに、確実に消耗しています。
この構造的な問題は、もはや一過性の風土病ではなく、日本の製造業全体に蔓延している「組織習慣」と言っても過言ではありません。

本記事では、現場目線のリアルな視点で「Yesマン営業」が起こす組織的な弊害を掘り下げ、業界構造も交えながら、これから求められる営業像や組織のあり方について提言します。

昭和型営業の遺産:なぜYesマン営業が根付くのか

顧客第一主義のすり替え

製造業の営業現場で「顧客第一主義」とまるで呪文のように繰り返されてきた言葉があります。
昭和の高度成長期、黙って言われた通りに作れば物は売れ、多少ムリな要求にも応えることで信頼を築けました。

その成功体験が、時代が令和に移った今でも根強く残り、結果として「Yesマン営業」を大量に生み出してしまっています。

本来、顧客の要望に応えることと、すべてを無批判に受け入れることはまったく違います。
両者が混同されてはいないでしょうか。

成果主義とノルマ至上主義の副作用

近年は成果主義や四半期ごとの売上ノルマが強化され、営業も現場も「数字」ばかりを追いがちです。
そのため、目の前の受注を優先し、どんな顧客要望にも首を縦に振る。
断れば失注リスクや評価ダウンの不安が先に立つ。
この心理構造こそが「Yesマン営業」を生み出し続ける最大の温床です。

調達側・バイヤーは変わった

一方で、調達・購買のバイヤー側も変わりつつあります。
かつては「言い値・言われるがまま」だったのが、今はコストダウン(SRMの徹底)、安定供給へのリスクヘッジ、ESGチェックなど要求水準が年々高度化しています。
営業としては“断れない要望”の質と量が増え、ますます「イエス」と言うしかなくなっているのです。

Yesマン営業が生み出す6つの負のスパイラル

1. 現場力の低下と士気の減退

営業があらゆるオーダーを丸呑みすれば、無理難題や短納期、非合理な価格設定がいつの間にか「現場への当然の業務」となります。
これでは現場スタッフは“やらされ感”が強まり、長年蓄積してきたノウハウや主体性が一気に浸食されてしまいます。

2. 利益率の圧縮とコストアップ

要求されるがままの価格や仕様で引き受ければ、競争力維持の原資となる粗利が目減りします。
結果として残業や外注、工程負荷が積み重なり、真の意味での「ムダ取り」は進みません。

3. 生産管理・品質部門への負荷増大

なんでも屋営業の結果、通常なら検討に時間がかかる特殊仕様や多品種小ロット案件が急増し、生産計画も品質監査も現場任せ。
調達部門と現場間で摩擦も生まれやすく、部門連携が疎かになります。

4. サプライチェーンの信頼低下

ムリな条件で納入された原材料や部品が安定せず、サプライヤー(仕入先)にも無理強いが波及します。
これが全体最適を損ない、一方的な負担で離反や品質問題を引き起こします。
結果的にサプライチェーン全体の信頼が低下するのです。

5. 新たな価値創造の停滞

顧客要望を断れず、ただの窓口・御用聞きに成り下がれば、製品開発やものづくりのアイディア創出余力が失われます。
本来「Win-Win」の関係を構築する機会を逃し、イノベーションが生まれにくくなります。

6. 組織の形骸化と人材流出

不透明な価値観や理不尽な要求が常態化すると優秀な社員から退職リスクが高まります。
「やった者負け」の空気に耐えかね、現場を知らぬまま改善提案や合理化が骨抜きとなる。
組織はやがて内向きに萎縮し、未来の芽が摘まれてしまうのです。

バイヤーを知れば見える営業とのすれ違い

合理と情理のバランス感覚

バイヤー(調達購買)は、経営戦略と市場動向を見据えつつコスト・納期・品質の最適化を狙っています。
一方、現場営業は顧客満足という呪縛から「納得」よりも「合意」を優先しがちです。

ここに、”合理”と”情理”の微妙なギャップがあります。
たとえば価格交渉一つとっても、バイヤーはロジカルな合理性を要求しますが、営業側は“関係重視・顔を立てる”を言い訳にブラックボックスにしがちです。

調達KPIと現場力のギャップ

現代バイヤーのKPIは単なるコストダウンだけでなく、BCP(事業継続計画)、ESG配慮、パートナーシップ強化など多様です。
しかし、この情報が営業現場まで正しく伝わっておらず、「無理やり呑めば満足してもらえる」といった短絡的な姿勢が温存されがちです。

「断る力」とは何か?現場に根ざす提案型営業への転換

徹底的な現場ヒアリングとリスク評価

Yesマン営業から脱却するには、担当者ひとりで「断る勇気」を持つだけでは不十分です。
現場の力学を知ることが重要です。
顧客要望を鵜呑みにせず、「なぜその要求が生じたのか」を常に掘り下げましょう。
自社の工程・仕組み・コスト体系をオープンにし、「ここまでは応じられるが、これ以上はこういったリスクがある」と、具体的な根拠を持って交渉するスキルが鍵となります。

製販一体・組織的な意思決定

営業だけに判断権限を押し付けるのではなく、開発・生産管理・品質・調達を巻き込んだ横断的なチームで案件を協議します。
「現場から経営まで、一気通貫で意思疎通できる組織習慣」を意識的に醸成しましょう。
提案拒否が顧客との関係終焉を意味しないことを、営業自身もサプライヤーも認識することが重要です。

顧客教育と“Win-Win”創出

一時の売り上げ欲しさに全て「Yes」と答えれば、結局どちらも不幸です。
むしろ「適切な線引き」「プロとしての見解」「技術的改善案」を提示し、自社の弱みすらも堂々と伝えてこそ、真のパートナー関係が育ちます。
取引先を“仕入先”としか見ないバイヤーにも、一歩踏み込んだバリューを届けることこそ、営業の新しい武器となります。

アナログ業界から抜け出すためのラテラルシンキング

脱・前例主義:ゼロベース発想のすすめ

長年の業界慣習からは「これが当たり前」という呪縛が強まります。
しかし今こそ、前例主義を一度リセットし、「本当にその受注は価値あるのか」「お客様自身は現場をきちんと理解しているのか」に立ち返るべきです。
境界を越えたベストプラクティスを各部署が持ち寄り、積極的な学び直しの場を作りましょう。

デジタルツールと情報の見える化

今こそ製造業の古い帳簿文化からの脱却が不可欠です。
案件ごとの損益シミュレーションや、部門間のリアルタイム情報共有にデジタルツールを骨太に活用しましょう。
数字だけに囚われず、現場目線で「どうすれば顧客も自社も幸せになれるか」を“見える化”し、未来志向の意思決定につなげてください。

協働型バリュークリエーションへ

これからの製造業営業は「モノを売る人」から「価値を共創する人」へ進化すべきです。
そのためには、断る勇気・対話力・問題解決型の発想が不可欠です。
一方の調達購買・バイヤーも社内調整ばかりでなく、パートナーシップ型で「どうすれば一緒に儲かるか」の視点を強く持つことが、組織やサプライチェーン全体の競争力強化につながります。

まとめ:「Yesマン営業」の壁を超えて新たな価値創造を

Yesマン営業が内包する構造的問題は、製造業の根幹を蝕む見えにくいリスクです。
お客様の声に真摯に応えることは大切ですが、それは「すべてを丸呑みする」という意味ではありません。

現場目線で問題を深掘りし、バイヤー側の論理や経営課題を理解しながら、Win-Winの提案型営業に脱皮する。
アナログな業界体質を乗り越え、DXやラテラルシンキングを取り入れる。
その積み重ねこそが、今後の“選ばれるサプライヤー”の本質です。

今日から「何でもイエス」の習慣を問い直し、一歩先を行く組織・個人をめざしましょう。

製造業の未来を、現場から共に変えていきましょう。

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