投稿日:2025年10月5日

IT部門と現場部門の連携不足が浮き彫りになる課題

IT部門と現場部門の連携不足がもたらす課題

製造業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性が叫ばれて久しいですが、現場とIT部門の間に依然として高い壁が存在しています。
現場では「また新しいシステムか」「現状のほうが早い」といった声が上がり、IT部門は「なぜ運用のルールを守らない」「もっとデータを活用してほしい」と悩みます。
この連携不足が現場の生産性や品質、調達・購買の最適化にどのような影響を及ぼしているのか。
またこれを解決するには何が必要なのか。
20年以上現場の最前線と管理職の両方を経験した立場から、実践的な視点で掘り下げます。

なぜ連携不足が起こるのか——製造業特有の土壌

昭和から根付く「現場力」至上主義

日本の製造業の多くは「現場力」「職人技」という言葉で知られる、とてつもない暗黙知の蓄積を持っています。
この現場力こそが日本製品の品質の根源であり、バイヤーやサプライヤー双方の信頼構築の要でもあります。
しかし、IT部門による標準化やシステムの導入は、「現場の流儀」に馴染まず、全社展開の障壁となることが多いです。
現場の実態が上手く伝わらないまま、IT主導で画一的な運用ルールが押し付けられると、現場の反発や形だけの「書類DX化」に終わりがちです。

役割分担の分断——「対立」ではなく「乖離」

多くの現場では、「IT部門=現場を監視・管理する屋上屋」と見なされがちです。
逆にIT部門は「現場の方は協力的でない」「勉強してくれない」と内心で嘆いています。
実際には、両者とも会社や現場の改善を目指しているのに、そのベクトルが十分に擦り合わされていません。
特に調達購買や生産管理・品質管理の領域では、紙伝票やExcelベースの業務フローが幅をきかせ、ITワークフローが形骸化するケースが珍しくありません。

連携不足がもたらす4つの具体的な問題

1. データの分断と属人化

製造現場には、伝票や作業日報、品質検査表など、膨大な「紙」ベースの情報が存在します。
IT部門がシステム化を進めても、現場との連携が弱いと、結果的に「表向きだけシステム管理、裏側はExcelや紙で二重処理」という非効率が生まれます。
これがデータの真の活用を阻み、各担当者の頭脳とノートに依存した属人運用を引きずります。
いざ欠員が出るとノウハウ継承が進まず、トラブル時も情報が分断したままとなり、原因追及や改善サイクルが遅延します。

2. 生産性の停滞とコスト増加

「iPadで現場チェックリストを記入」など一見進歩的ですが、運用が伴わなければ紙のチェックリストのほうが現実的という声も根強いです。
システムと現場実務がアジャストしない場合、結局「とりあえず両方運用」に落ち着きます。
これにより、本来なら効率化で生み出されるはずだったリソースやコストの削減に逆行し、むしろ管理業務の負担増・現場の疲弊を招きます。

3. 現場目線の創意工夫の排除

現場主導で改善してきたグッドプラクティスや、省力化の工夫が、システム導入によって一度リセットされてしまうことも少なくありません。
上から与えられた標準化は往々にして「例外ケース」への柔軟対応が低く、現場は仕方なく裏ワザや非公式運用で切り抜けがちです。
正式に現場意見を吸い上げなければ、創意工夫の文化が失われ、かえって品質や生産性を損なうリスクがあります。

4. サプライチェーン全体の透明性・信頼性低下

昨今では調達購買におけるトレーサビリティやESG対応、リスク管理のためにもシステム連携が不可欠です。
「現場-IT部門」の分断は、そのまま「自社-取引先-顧客」の分断につながり、サプライチェーン全体の透明性や信頼性が損なわれます。
とくにサプライヤー側で手作業・紙運用が根付いている場合、バイヤー主導のシステムとのギャップが広がり、要求事項の逸脱やコミュニケーションロスも発生します。

事例:連携不足の影で起きている現場の悲鳴

ある自動車部品メーカーでは、IT部門主導の新しい生産管理システムを導入しました。
しかし、品質トラブル対応や調達の納期調整に日々追われる現場担当者にとって、「現場の運用フロー」と「システム設計」が噛み合わず、余計な二重入力や転記作業が増加。
結果的に現場の把握力と即応力が情報入力作業に食われ、「現場で考える余裕」が減ってしまいました。
こうした事例は業界問わず枚挙にいとまがありません。

連携強化のために必要なアプローチ

現場主導の「共創」型システム開発

IT部門と現場が共にプロジェクトオーナーとなり、「要件定義→運用設計→PoC→現場フィードバック→修正」のサイクルを小さく・速く回すべきです。
現場の本質業務や例外ケースも吸い上げ、「運用定着」のKPIを重視したアプローチが不可欠です。
また、いきなり大規模システム化ではなく、小さく始めて成果を可視化し、徐々に全社展開する段階的アプローチも効果的です。

現場に寄り添うIT人材の配置と育成

現場部門とIT部門の間に、両者の「言葉」がわかる橋渡し役(社内通訳的な人材)が必要です。
現場業務経験のあるITエンジニアを育てる、あるいは逆にITリテラシーの高い現場管理職を起用するなど、業務のクロスオーバー人材の育成がカギとなります。

現場のメリットを“肌感”で伝える

現場が「なぜITを使うのか」「現場にどうメリットが出るのか」を体感できる小さな成功体験(例:5分余計になっていた作業がゼロになる)が、現場全体の心理的ハードルを下げます。
経営層やIT企画部門は「全社最適」の目線に加え、「今そこで働いている人」の事情と納得感を重視した施策の見せ方・コミュニケーションが重要です。

サプライヤー・バイヤーの視点から押さえるポイント

サプライヤー側:末端現場の運用実態を正直に伝える

バイヤーの求めるシステム連携やデータ提出フォーマットが、自社現場での実運用や既存管理体制とどう違うのか。
正直にギャップを伝え、無理な標準化・一方通行の要求が現場疲弊や品質問題を呼ぶリスクを説明します。
場合によっては「現場・IT・サプライヤー間での三者協議」を提案しても良いでしょう。

バイヤー側:現場事情の汲み取りと“現場なり”の余地

サプライヤー側にも個社ごとの現場実態、業界固有の慣習や暗黙値があります。
一律のIT要求を押し付けるのではなく、現場の実働実態を把握した上で、優先すべきデータ活用や連携範囲を段階的に整えていく姿勢が信頼関係構築の近道です。
“他山の石”としてサプライヤー現場でも実際に運用できている会社の事例共有など、教育・巻き込み型のコミュニケーションも有効です。

まとめ:連携強化の先に見える“現場×IT”の新世界

緻密な現場力や職人技の強みと、データや標準化のIT活用力。
どちらかに偏りすぎても真の競争力やサプライチェーン全体の最適化は実現しません。
現場目線を持ったIT化が進めば、現場の小さな「困った」もデータで可視化でき、バイヤー—サプライヤー間の信頼醸成にもつながります。
これからの製造業は、昭和型現場文化の良さを残しつつ、ITの「現場にフィットした使い方」を本気で追求していく。
現場とITが“共創”することが、これからの業界発展のカギになると強く感じます。
現場を知るみなさま、ぜひ今一度「現場×IT」の架け橋役として小さな一歩から始めてみませんか。

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