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糸の巻縮不良を防ぐヒートセット温度とテンター速度の最適設計

目次
糸の巻縮不良とは何か?~現場目線で紐解く問題の本質~
糸の巻縮不良は、繊維製品の製造現場において非常に厄介な問題です。
とくにポリエステルやナイロンなどの合成繊維を用いた織物・編物工程では、糸が不規則に縮んだり、巻きの形状が崩れたりして、品質クレームや後工程のロスを引き起こす原因になります。
この「糸の巻縮不良」は、多くの場合「ヒートセット工程」および「テンター(乾燥伸張機)工程」の温度や速度設定に起因しています。
昭和の時代から続く“経験と勘”による職人仕事がいまだ色濃く残る現場ですが、現代の生産現場では再現性・安定性が強く求められます。
だからこそ、理論的な根拠に基づき、ヒートセット温度・テンター速度を最適化することが、歩留まり向上やコストダウンにつながるのです。
この記事では、筆者の20年以上の現場経験をもとに、糸の巻縮不良の原理から最適条件の見極めプロセスまで、実践的なノウハウと最新動向をわかりやすく解説します。
なぜ巻縮が発生するのか?~糸の物理的特性と工場プロセスに潜む要因~
分子配向と残留応力〜原糸の性質が出発点〜
合成繊維の糸は、スピニング(紡糸)直後に高い分子配向や残留応力を持っています。
例えばポリエステル長繊維は、引張りながら急激に冷却されることで分子が配列し、内部に“バネ”のような力が蓄えられています。
ヒートセットは、この残留応力を、繊維に熱を加えることで解放し、糸を安定した状態に「セット」する工程です。
しかし、この温度や熱処理の仕方が不十分だったり、逆に過度だったりすると、糸内部の応力バランスが崩れ、後から大きな“巻縮”となって現れてしまいます。
プロセス全体のバランス〜ヒートセット→テンター→巻取工程〜
糸の巻縮不良は、往々にして“ヒートセット温度とテンター速度のチグハグ”や、“前後工程の不整合”から生じます。
さらには、糸の種類やフィラメント数、含水率、テンション(張力)、アンワインダー、巻取機の荷重制御まで、多くの工程変数が複雑に絡み合っています。
現場では「この温度ならこの速度だ」といった経験則が語られますが、実際には糸質ごとに微妙な調整が必要です。
温度を上げすぎると過セットで糸が堅くなり、速度が速すぎて十分なセット時間が得られないと巻縮が酷くなります。
最適なヒートセット温度とは?~材料科学と現場データの接点~
ガラス転移点と結晶化温度を意識した温度設定
たとえばポリエステルの場合、ガラス転移点(Tg)は約70~80℃、融点(Tm)は約255~265℃です。
一般的なヒートセット温度はこの間、170~210℃程度が多く採用されます。
Tgを超え、尚かつ熱劣化や変色を起こさない範囲で、十分な「応力緩和」が得られる温度を選びます。
糸種によって最適温度は異なりますが、現場の実感値としては
「温度が低すぎると後から巻縮が多発」
「温度が高すぎると糸が堅くなる・黄変する」
といった問題になりやすいです。
過去現場データの活用~新たな地平線を開拓する~
昭和感覚の“経験と勘”に頼るだけでなく、工程検証データをPDCAで蓄積・分析し、“自工程内で最適値を作り上げるカルチャー”も重要です。
各糸種・ロットごとに「巻縮発生ライン」「巻縮の幅(ばらつき)」を定量記録し、発生時には
・ヒートセット温度推移
・テンター滞留時間・速度
・糸の引張応力(テンション)
・使用糸(メーカー・品番・ロット)
などとセットでトレーサビリティを残しておきます。
ビッグデータ化・AIによる相関分析の導入も視野に入れることで、勘と経験の限界を突破できる可能性が広がります。
テンター速度の最適化~生産性と品質のせめぎあい~
速度=セット時間の設計~歩留まりを支配する黄金バランス~
テンター速度は「乾燥・加熱エリア長 ÷ 速度 = 糸あたりのセット時間」となり、実は生産性(スループット)と品質(応力緩和度合)を同時に決める核心パラメータです。
工場では「ラインは止めずにとにかく早く回したい」現場心理が働きますが、速度が速すぎれば糸に十分な熱と時間が与えられず、巻縮不良が多発します。
逆に速度が遅すぎても、生産性低下・コスト増・装置汚染などの弊害もあります。
張力管理の見逃せない罠
糸はテンション(引っ張り力)を高くし過ぎると、「延伸」状態で加熱され応力リリースが不十分となりがちです。
一方でテンションがゆるすぎると、糸が波打ったりスラッギング(倒れ)を起こすリスクも発生します。
最良の速度は「張力が安定する範囲」「糸種独自の癖」とあわせ、細やかに検証する必要があります。
このため、現場ではテンションメーターや無接触変位計などを活用し、PDCAで条件を絞り込んでいく手法が効果的です。
生産現場の“昭和的”課題と、今後のあるべき姿
アナログ文化が根強く残る実情
日本の製造業、特に繊維・フィルム・樹脂加工現場では、いまだに
「昔からの温度設定を変えない」
「ベテランの言う通りにしか調整しない」
「トラブルが起きてから調整する」
といったアナログ文化が強く根付いています。
この風土ゆえに、同じトラブルが繰り返され、なかなか歩留まりが上がらない現場が多いのも事実です。
データドリブンな組織への変革~新しい製造現場モデル~
巻縮不良対策の本質は「誰がやっても同じ品質」であり、そのためには工程データの可視化と自動制御こそがカギとなります。
・ヒートセット工程ごとに状態監視(温度・速度・湿度・張力)を常時収集
・バラつきをAIがリアルタイム解析、異常の予兆検知
・条件の自動補正アルゴリズム(フィードバック制御)
・原因追及もデジタルレポート化して次ロットへ活用
これらの仕組みが導入されれば、「熟練工頼みの昭和方式」から脱却し、「再現性・安定性重視のスマートファクトリー」へと進化できます。
サプライヤー視点、バイヤー視点で意識すべき点
サプライヤー(供給側)に必要な提案姿勢
糸や原材料を納入するサプライヤー側には
「バイヤー(メーカー・加工業者)が現場で困るような巻縮リスク」
「同じ品番でもロットによりバラつく挙動」
を理解したうえで、最適なヒートセット温度・速度レンジ表やトラブル事例集などを積極的に提供する姿勢が求められます。
これにより、サプライヤーも「高品質=差別化」の価値訴求が可能となります。
バイヤー(購買側)が押さえる“真のコスト”
購買・調達部門が「値段と納期」だけを見るのではなく、糸の巻縮管理レベルや技術サポートの有無までも含めた「トータルコスト」の算出と評価を心がけるべきです。
また、サプライヤーに“なぜこの条件で巻縮が生じるのか”を論理的に説明できる設計・技術バックアップを求めていく姿勢が、結果として自社の生産性・競争力向上につながります。
糸の巻縮不良を防ぐ工程最適化の具体的ステップ
1. 糸種ごとに「セット温度と速度の基準レンジ」を明文化
2. プロセスごとの温度/テンション/速度のモニタ・ロギング
3. 巻縮発生条件・度合いのデータ蓄積・傾向分析
4. モデルロットによる温度・速度感度テストとPDCA実施
5. 巻縮予防型の工程設計書を整備し標準化
6. 巻縮ゼロ率・後工程ロス率などの定量指標で継続的に評価
このサイクルを実践することで、属人的な問題解決から脱却し、工場全体の生産性と品質が大きく向上します。
まとめ:現場の知恵 × データ × 技術で糸の巻縮不良ゼロ工場へ
糸の巻縮不良は、ヒートセット温度とテンター速度を中心に、原材料特性から工程条件の設計、“昭和”時代から受け継がれてきた現場ノウハウが交錯する、これぞ「日本製造業の縮図」ともいえるテーマです。
現場の知恵や感覚ももちろん大切ですが、データドリブンな工程最適化、バイヤー・サプライヤー間の高度な協力体制、スマートファクトリーを視野に入れた全体最適こそが、令和のものづくり現場のあるべき姿です。
本文が、糸加工現場でお悩みの方、これから購買やサプライヤーを目指す方、製造業をもっと強く変革したい方の一助になれば幸いです。
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