投稿日:2025年10月15日

歯ブラシのグリップが滑らない射出圧と表面テクスチャの設計

はじめに:歯ブラシグリップのユーザビリティが変える製造品質

歯ブラシは毎日使う身近な生活用品ですが、実はグリップ部分の設計ひとつで使い心地や消費者の満足度が大きく左右されます。

「滑りにくさ」を実現するには、射出成形の圧力管理、材料の選定、そして表面テクスチャの設計が重要なカギとなります。

本記事では、実際の現場での経験と業界の動向を踏まえつつ、歯ブラシグリップの高機能化に向けた設計・製造のノウハウを詳しく解説します。

現場で直面しがちな課題やバイヤーが求めるポイント、サプライヤー視点で押さえておくべき事例も紹介します。

なぜ滑らないグリップが必要なのか

ユーザー体験を形作る「握りやすさ」

歯ブラシグリップが滑ると、力が入りにくくなり、正確にブラッシングがしにくくなります。

とくに高齢者やお子さま、また濡れた手で使う場合など、安全面やユーザーエクスペリエンスの観点でも見逃せないポイントです。

メーカー・バイヤー双方の「付加価値」としてのグリップ設計

歯ブラシは大量生産かつ単価も低い製品です。

しかし、差別化が難しい市場だからこそ、「滑りにくさ」「握りやすさ」は顧客に選ばれる理由になります。

バイヤーも、機能的な付加価値によって販路拡大や価格競争からの脱却を模索しています。

射出成形における圧力制御の重要性

成形圧力がグリップの質感に与える影響

射出成形では、溶融プラスチックが型に流し込まれ、冷却されることで製品が作られます。

この際の「型内圧力」と「保圧工程」がグリップ表面の微細構造 ― すなわちテクスチャの再現性や材質特性 ― に直結します。

圧力が高すぎると、型の奥まできれいに樹脂が回る一方で、表面が過度に平滑になり、ツルツルした触感になる傾向があります。

一方、圧力が不足するとキャビの転写が甘くなり、意図した凹凸パターンを十分には再現できません。

最適な射出圧設定のための工場マネジメント

現場のエンジニアは、「設計通りの滑りにくさ」=「表面粗度の狙い値」を工場ごとに安定して出せるよう、マシンごとの射出圧や保圧、冷却工程などの標準化に腐心しています。

一方で、古い射出成形機では圧力センサーの調整幅が狭く、微調整が難しいケースもまだまだ現場には残っています。

こうしたアナログな業務体制のなかでも、定期的な成形条件の見直しや専用型のメンテナンス体制を整えることが、生産性・品質の安定化の土台になります。

材料品質と表面テクスチャが生む「滑りにくさ」

主材料(PP/PE/ABS等)の選定と添加剤

グリップ部分の主な材料には、PP(ポリプロピレン)やPE(ポリエチレン)、ABS樹脂などが使われます。

これらはコストや成形性、機械的強度、化学薬品への耐性などを考慮して選定されます。

近年ではTPR(熱可塑性エラストマー)を使ったラバー調グリップも増え、触感と滑り止め性能の両立が図られています。

さらに、表面摩擦を高めるために微粒子フィラーやシリカ系添加剤等を配合することもあります。

表面加工・テクスチャ設計のトレンド

単なる「荒いザラザラ」ではない、人間工学的なテクスチャ設計が業界で主流になりつつあります。

例えば、

・人差し指・親指部分だけに細かい凹凸(シボ加工)を入れる
・曲線状のリブとパターンでフィット感と滑りにくさを両立
・ウェットコンディションでも滑りづらい溝・マットパターンの局所配置

など、ユーザーテストとCAE解析のデータを活用し、機能性と意匠のバランスをとりながら最適化されています。

新興サプライヤーやオフショア工場では、デザイナーと成形現場の連携不足で「カタログ上は良くても、実際は滑りやすい」という失敗例が散見されます。

ここをクリアするのが、日本の現場力と品質管理の本領発揮ポイントといえます。

現場で遭遇する課題とその乗り越え方

1. ユーザーからの「滑る」クレーム対応

製品発売後、「手が濡れていると滑る」「指先がフィットしない」といったクレームが時折寄せられることがあります。

この場合、現場では

・使用シーンを想定した摩擦係数試験
・実際のユーザーによる評価(現場テスト)

などを行い、問題のある製品ロットや成形条件を特定します。

古い射出成形現場では「塩梅(あんばい)」という経験則だけで調整をしている場合もまだ多く、再発防止にはデジタル測定器や管理チャート(SPC)の導入が効果的です。

2. 生産効率とのバランス

「細かい表面テクスチャ」や「複雑なグリップ形状」を設計すると、型の加工精度や成形サイクルタイムが伸び、品質不良のリスクも増えます。

また、材料コストやランニングコストが上がる一方、販売単価はほぼ据え置きというケースが多いのが実情です。

したがって、調達・生産管理・品質管理が一丸となり、

・合理的な表面パターンの選定
・成形歩留り向上(型離れ・冷却時間の最適化)
・標準化による原価低減

の3点を追求することが重要です。

3. 情報伝達の壁とコミュニケーション

成形技術者、設計者、さらには購買・営業担当まで、異なる立場同士の意思疎通が上手くいかないことで本来の意図が正しく伝わらず、「現場では作れない設計」「抜け漏れのある購買仕様書」など、後戻りが多発する事例は今なお見られます。

ここを解決するためには、現物サンプルや図面による細かなコンセプト共有、現場視察や工程FMEA(故障モード影響解析)の活用が効果的です。

バイヤー・サプライヤー間の共創に向けて

バイヤーが見ているポイント

バイヤーは、単純なコストダウンだけでなく、「長期的に売れる製品」「自社ブランドのファン化」に繋がる品質・使いやすさを重視しています。

そのため、

・表面滑り止め性能(摩擦係数)
・堅牢性
・生産安定性(納期・量産品質)

という観点で、サプライヤー選定や量産立ち上げを評価しています。

サプライヤーでこそできる付加価値提案

下請け・サプライヤー側からできるアプローチとしては、

・現場の知見やトレンドをいかした表面テクスチャデザインの共同開発
・摩擦試験や耐久性のベンチマークデータの提出
・低コストでパフォーマンスの高い試作提案

など、現場・材料・工法の3点から説得力ある提案が重要です。

とくに「見た目は似ているが実際は滑りにくい」サンプルを複数用意して提案すると、差別化と信頼感の醸成に直結します。

デジタル化・自動化が変える未来

昭和時代から続く「現場勘」や「経験則」のみで支えられてきたものづくりですが、近年はCAEシミュレーションやIOT活用による成形品質の「見える化」が急速に進んでいます。

歯ブラシグリップ成形でも、全数外観検査の自動化や圧力データの自動収集によって、微妙な滑りやすさのバラつきを減らす事例が増えています。

今後は、設計段階からデータドリブンな開発・工程管理が求められるでしょう。

現場からは「本当に現場で使えるデジタル化か?」という慎重な声もありますが、自動化による再現性と省人化、そして新たな付加価値創造のチャンスを掴むため、積極的なチャレンジが肝要です。

まとめ:現場目線のグリップ設計が市場の未来を変える

歯ブラシのグリップ設計は、

・射出成形の圧力管理、
・材料選定、
・表面テクスチャ設計、

という三位一体の現場力によって、はじめて「違いが実感できる使い心地」を実現できます。

大量消費財かつ成熟市場という逆境の中でも、現場の知恵と最新技術を融合させ、「顧客の手にフィットする製品」を目指しましょう。

バイヤー・サプライヤー双方で現場主導のコミュニケーション、そして新たなイノベーションへの挑戦が、これからの製造業の価値を大きく変えていきます。

手触りひとつの違いが、競争優位と信頼を生み出す――現場目線のものづくりを、ぜひ自社の強みにしてください。

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