投稿日:2025年10月23日

ヨーグルトの風味を安定させる殺菌温度と菌種比率の最適化

はじめに:現場経験者が語るヨーグルトづくりの極意

ヨーグルト市場は、健康志向の高まりや多様化する消費者ニーズを背景に、今なお拡大を続けています。
しかし、工場現場での「安定した風味の実現」は、技術者・バイヤー・サプライヤーの全てにとって悩みの種です。
昭和時代から大きな技術進歩がありながらも、菌の扱い方や殺菌プロセスは今なお“匠の技”と呼ばれているのが現状です。

本記事では、20年以上の現場経験から学んだ、ヨーグルトの風味を安定させるための殺菌温度と菌種比率最適化について、実践的な目線で深掘りします。
将来バイヤーを目指す方や、サプライヤーで取引先工場の事情を知りたい方にも、現場目線の「本音」と業界特有の根強い慣習をご紹介します。

なぜ「風味の安定化」は難しいのか?

ヨーグルト風味の安定化は、単なるレシピ管理や設計だけでは実現できません。
乳由来原料の個体差、乳酸菌の生育状況、そして工場設備の個体差や環境要因が複雑に絡み合うためです。

さらに日本の多くの工場は、部分的な自動化が進んでいるものの、未だに手作業や経験頼みの工程が温存されています。
これは品質管理が重視されるがゆえの「安全側」の発想から来ており、昭和から変わらぬ現場特有の文化でもあります。

ヨーグルト製造の基本プロセスをおさらい

現場のリアルに即して、ヨーグルト製造の大枠を解説します。

原料乳の受入・前処理

原料乳は殺菌前に脂肪分の調整、標準化処理、水分・不純物の除去などが行われます。
ここでのわずかな成分変動が、後工程の菌の発育、すなわち味わいにダイレクトに影響します。

殺菌工程

殺菌温度と時間(例:85℃・30分)は、一般的ですが、風味や食感を左右する重大なポイントです。
高温になるほど乳糖やタンパク質が変性し、ミルキーさやとろみが増す一方、菌の“滑らかな酸味”は控えめになります。
殺菌工程の制御は、現場技術者の「奥義」とも呼ばれ、微調整のコツは経験値がモノを言う部分でもあります。

冷却・接種・発酵

殺菌後に急冷して適温まで下げ、種菌を加えます。
スタンダードなブルガリア菌とサーモフィルス菌の配合など、配合比率に微妙な差を設けている企業が多いです。
その後、発酵工程で風味と酸味のバランス・滑らかさ・香りなどが決まります。

殺菌温度と風味の関係:経験に基づく最適解を探る

殺菌温度は食品衛生上、必須条件が定められていますが、単に「高ければ良い」わけではありません。
現場で散見されるトラブル事例とあわせて、どのような温度管理が求められるかを解説します。

殺菌温度による変化

・低め(70-80℃):ミルク感の残るコク深い味わいが特徴。ただし、雑菌リスクや品質ばらつきが大きい。
・標準(85℃前後):最も多い条件。クセがなく幅広い層に受け入れやすいバランス型。
・高め(90℃以上):きめ細かいなめらか食感と独特なミルキーさが増す。一方で酸味も控えめ、菌の活性もやや低下。

工場ごとの生産設備によっては温度到達・保持のバラツキも生じます。
このため、バイヤー視点からは「同じレシピでも他社生産の場合の差異」「ロットごとの味わい格差」のリスク管理が重要です。

現場で重視する殺菌温度管理のポイント

1. 原料由来の初期菌数(原料乳の鮮度や供給元ごとの差)を考慮して殺菌温度を選びます。
2. 連続殺菌機の場合、温度プロファイルや殺菌時間の微調整を現場で毎回確認しています。
3. 殺菌直後の「即冷却」は必須。冷却にムラが生じると、「臭み」や「ざらつき」など不快フレーバーが残るためです。

特に原料を大量に取り扱う大手工場では、設備ごとの癖や季節ごとの変動もあり、標準条件の“微修正”が毎回求められます。

菌種比率の最適化:風味と食感は「配合の妙」にあり

ヨーグルトの種菌は「ブルガリア菌」「サーモフィルス菌」以外にも、ビフィズス菌やアシドフィルス菌など多彩です。
最終風味は菌の生育スピード・発酵条件、そして配合比率によってダイナミックに変化します。

主な菌種の特徴

・ブルガリア菌:強い酸味、香りの華やかさ、粘り気を付与。
・サーモフィルス菌:クリーミーな風味、ほんのりミルク感。
・ビフィズス菌:酸味は弱く、マイルドな後味が特徴。
・アシドフィルス菌:消化を助ける生理効果とマイルドな酸味。

工場によっては独自の「保存株」を代々継承し、昭和の昔から“家伝”のように守っているところもあります。
成熟した現場では、これに現代の分析技術(PCR解析やHR-FTIRなど)を組み合わせ、科学的管理の精度を上げています。

配合比率の設計:現場での工夫

・酸味重視:ブルガリア菌50~60%、サーモフィルス菌40~50%
・ミルク感重視:サーモフィルス菌60%以上、ブルガリア菌40%以下
・健康機能重視:ビフィズス菌やガセリ菌を20~40%添加、他を控えめに

配合比率は、乳原料のバラツキ、消費地の嗜好、気温変化といった「現場ならでは」の要因でも変動します。
購買・バイヤー視点では、同じ注文書でも「配合比の微調整」で現場の小回りが効くかどうか、工場の総合力が問われます。

アナログとデジタルの融合による品質安定化

昭和から続くアナログ手法と、近年のIoTやAI活用による品質管理の両面から、最新動向と現場目線の課題をご紹介します。

現場熟練者による「勘と経験」の伝承

現場のノウハウは「殺菌工程のわずかな匂い」「発酵時の粘度の手触り」など、数字で現せない微細な感覚値に根ざしています。
こうした知見は、品質安定のための“最後の砦”とも言えます。
バイヤーやサプライヤー双方が、現場の声を聞き取り“暗黙知”を形式知に変換することが、業界全体の底上げに繋がります。

デジタル新技術へのシフト

近年は、殺菌工程の温度センサー多点化、菌の生育状態をリアルタイムに解析する技術(インピーダンス法など)も導入され始めています。
AIによる発酵プロファイル分析や、クラウド型IoTでの設備異常検知は、バイヤーによる品質監査でも評価項目となりつつあります。

現場のアナログ手法と、デジタル管理をうまく組み合わせて、「ヒトの勘を活かしつつ再現性を担保する」ことが、これからの製造業に求められています。

まとめ:現場目線での課題と、これからの製造業

ヨーグルトの風味安定化は、単なるマニュアル遵守では実現しない、高度な現場運用と知恵の融合です。
殺菌温度の微調整や菌種比率の最適化は、現代製造業においても「奥深い現場力」が問われる領域だと言えます。

バイヤーやサプライヤーの皆様も、現場の声を積極的に引き出し、暗黙知を形式知に変えるアプローチを模索しましょう。
昭和の熟練技に最新技術を“足し算”することで、より高精度な品質安定と、次代につながるものづくり文化の確立を目指すべきです。

製造業の現場では、未だにアナログ技術の価値は色褪せていません。
その上で最新技術を取り込み、“知識共有”による業界イノベーションの最前線に立つことが、我々現場出身者の使命であると考えます。

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