投稿日:2025年12月3日

工程短縮のための省略が品質劣化の遠因になる本質

はじめに:工程短縮と品質、その見えないトレードオフ

製造業の現場では、「工程短縮」が永遠のテーマの一つとなっています。

コストダウン、リードタイムの短縮、納期厳守など、市場からの要求は日々高まっています。

その一方で、安易な工程の省略が品質劣化というリスクを内包していることもまた事実です。

なぜ工程を省略すると本質的な品質問題が発生するのか、その根底にある構造を現場経験を基に深掘りし、時代を超えて続く業界動向も交えながら読み解いていきます。

現場を圧迫する「効率化のプレッシャー」

なぜ工程は省略されるのか

ものづくりの現場では、「もっと早く」「もっと安く」というプレッシャーが常について回ります。

特にバイヤーや経営層からの原価低減要請や納期短縮要求が、現場にダイレクトに降りてくると、工程の見直しが始まります。

その際、可視化しやすい「時間」「手数」「人員」を削る方向に力が働き、いとも簡単に「この作業、要らないのでは」となります。

昭和時代から受け継ぐ生産現場は、そもそも多段階工程で余白や保険を持たせていました。

バッファー的作業を真っ先に省略しがちですが、これが思わぬ品質の劣化や不良率上昇の引き金となるのです。

”カイゼン”と”省略”は本質的に異なる

現場では「カイゼン」という言葉が定着しています。

カイゼンは現地現物主義によってロスを可視化し、根本原因を叩くことが目的です。

しかし、最近増えているのは「本当に必要な工程かどうかの検証が浅い省略」です。

これは単なる”手抜き”や”思考停止の効率化”であり、カイゼンとは似て非なるものです。

工程省略の本質的リスクとは

目には見えない「熟度」の喪失

長年現場で感じたのは、工程短縮により表面上、目で見ても分からない「微妙な違い」が生まれることです。

例えば部品洗浄工程であれば、従来は三段階に分けて超音波、乾燥、目視チェック。

そこから「目視は省略可能」「洗浄回数を減らせ」となれば、極少数の異物が混入するリスクが拡大します。

このような「熟度の低下」はすぐに検査で見つかるものではなく、最終製品となったとき初めて現れることが多いのです。

「人がつなぐ細やかな品質」の消失

もう一つ見逃しがちなのは、アナログな補正力の損失です。

現場工程に存在する「人の目」「人の手」は、工程に潜むほんのわずかな違和感や異常を嗅ぎ分けるセンサーでした。

省略の取り組みが進むことで、この”現場の知”がごっそり抜け落ちていくのです。

昭和から令和へと時代が下っても、最終品質を支えているのはデータで表せない「現場力」だったりします。

サプライチェーン全体への波及と、その先にある危機

調達購買・バイヤーの認識のズレ

調達バイヤーの意思決定フローには「コスト」「納期」「品質」という三種の神器があります。

しかし現実には、短期的には”目に見える”価格や納期ばかりがフォーカスされ、“品質の歩留まり低下リスク”はおざなりになりがちです。

工程省略を強くサプライヤーに求めることで、過度な負担を現場に押し付けている姿も少なくありません。

そのリスクは、調達した部品や材料がサプライチェーン全体の品質低下やクレーム増大につながるところに本質的な危険性が潜んでいます。

下流工程・顧客から返ってくる「ツケ」

一時的な効率化、省略によって現場が耐えきれず品質不良が顕在化します。

すると顧客からのクレーム頻発、返品・修理・改修などが発生し、結果的には「生産工程に戻る」「余計なバッファーや再検査が復活」という皮肉なリバウンド現象が起きます。

これこそが、「省略のしっぺ返し」とも言える循環です。

業界のアナログ体質とどう向き合うか

本当に必要な工程か、見える化と現場ヒアリングを徹底する

日本の製造業は伝統的に「なぜこの工程が必要なのか」が属人的に語られやすい土壌です。

省略するにしても、現場担当者へのヒアリングとデータ取得、リスクアセスメントを徹底すること。

可視化のための工程フロー整備、現場リーダーによる要否のダブルチェック体制など、足元の現場感覚を尊重することで本質的な改善に近づきます。

自動化・デジタル化の罠と活用のポイント

今や多くの現場で自動化・デジタル化が進んでいます。

自動計測、AIによる外観検査などは素晴らしい技術ですが、「自動化した=人が不要、工程も不要」と短絡せず、アナログなWチェックや現場介在の余地をしっかり持たせることも大切です。

失敗事例として、全自動化に傾倒しすぎて、プロセス途中で発見できていた未然不良が最終検査でしか発覚せず、全量やり直しとなるケースも内在しています。

人と自動化の最適バランスを試行錯誤することが肝要です。

バイヤー目線・サプライヤー目線で考える本質的な改善アプローチ

バイヤーこそ「現場工程」を深く理解せよ

購買側・バイヤーは現場の実態を正確に把握することが重要です。

ただのコストダウン要求は場当たり的な省略や無理な時短を誘発します。

明確に「なぜこの工程が省略できるのか」「どうやって品質を担保するか」を現場と共に検証し、数値だけでなく副作用まで理解する姿勢が求められます。

また、サプライヤーと長期的なパートナー関係を築くためには、短期的メリット・デメリットだけではなく、継続的な品質向上・効率化の投資が重要です。

サプライヤー現場から発信する「リスク」と「代案」

サプライヤーは、単に「できません」と突っぱねるのではなく、「この工程を省略するとこのようなリスクが生じます」と根拠やシナリオを明示したうえで、代替策や想定コストを提案することが信頼につながります。

単なる抵抗ではなく、品質も納期も両立させるためのwin-winな提案力が今後ますます求められるでしょう。

まとめ:「抜本改善」と「工程省略」は本質的に異なる

製造業において工程短縮や省略は、利益向上や競争力強化の効果的な手段である一方、品質劣化という恐ろしい副作用を孕んでいます。

昭和から令和へと続く「現場主義」の知恵と、データ化・自動化という時代の流れをバランスさせ、本当に意味のある「工程の見直し」=抜本的なカイゼンを着実に積み上げることが、業界全体の底上げに不可欠だと強く感じます。

バイヤーもサプライヤーも、現場という最前線で日々格闘している「人と工程」に深く寄り添い、安易な省略ではなく本質的な改善へとシフトできるか――。

ここに、今後の日本の製造業が進むべき新たな地平線が広がっています。

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