投稿日:2025年12月4日

図面の寸法公差を厳しくすると加工側から嫌われる苦しい現実

はじめに:図面の寸法公差が生み出す現実

ものづくりの現場で、図面は設計者と加工現場をつなぐ重要なコミュニケーションツールです。

図面の寸法公差――これは設計品質とコスト、製造の難易度をダイレクトに左右する大切な指標です。

しかし、設計者が機能や性能を重視して厳しい寸法公差を図面に記入すると、加工メーカーやサプライヤーからしばしば嫌われる現実があります。

「なぜこんなに厳しい公差を…」「この精度ではコストが跳ね上がる」など、現場の嘆きや反発の声は、決して珍しいものではありません。

今回は、長年製造業に従事し、設計・調達・生産管理・品質管理のすべてを現場目線で経験してきた筆者が、厳しい公差指定が及ぼすリアルな影響と、その背景にある業界構造を解説します。

設計者、バイヤー、サプライヤー、そして製造現場すべてにとって“腹落ちする”現実的なノウハウをお伝えします。

なぜ公差を厳しくしたがるのか?設計の論理と現場のギャップ

設計者サイドの事情

設計者は、最終製品の品質・性能・信頼性を担保するため、図面上に厳しめの「希望」を書き込む傾向があります。

一つには、安全側にマージンを取りたいという心理があります。

また、部品が組み合わさった際の「すり合わせ」を少なくし、工程・組立のバラツキを減らしたいという真っ当な意図も働きます。

さらには、組立現場や最終ユーザーから「ここが合わない」とクレームを受けたくない、責任を回避したいという守りの姿勢も影響しています。

加工現場から見た「厳しい公差」の現実

一方、図面の公差が厳しくなるほど、加工現場の負担は大きくなります。

それは「熟練工じゃないと無理」「工程がやたら複雑になる」「測定や検査のコストが爆増する」「作り直しや再加工が増えて納期が守れなくなる」など、あらゆる苦労の火種です。

極端な例では、「この公差ならCNCでなく研削加工が必要」「内製では無理、外注対応に」など、そもそも受注自体を嫌がる現象も珍しくありません。

結局、厳しい公差には「費用」「納期」「拒否」「品質リスク」というトリレンマがセットで付きまといます。

「なぜこの公差?」という質問が生まれる裏側

サプライヤーや加工サイドが「この公差の目的は?」と問いかけるのは、負担やリスクに見合うだけの妥当性・必要性を知りたいからです。

ただ残念なことに、日本の多くの製造業(特に昭和型のアナログ業界)では、設計と加工の壁がとても厚く、「なぜ」という現場の問いが設計部門に届きにくい状況が根強く残っています。

そこに“すり合わせ型”日本製造業のジレンマが浮き彫りになります。

厳しい公差が生み出す「苦しい現実」:加工・調達現場の実態

コストアップの連鎖

公差が0.01mm厳しくなるだけで、加工用治具・工具のグレードアップ、工程追加、高価な測定機の投入、新たな外注先探索など、さまざまなコストアップ要因が連鎖して発生します。

しかも、ロットが少なくなるほど「原価を吸収できない=値上げ要求」という構造が強まります。

そのため、調達部門やバイヤーは「高すぎる見積もり」が集まり、供給先を探し回る羽目になります。

現場作業の属人化と生産性低下

厳しい公差への対応は、必然的に「ベテラン技能者依存」へと傾きます。

若手や経験の浅い作業者が敬遠し、現場の負担が一部の人間に集中します。

また、加工ばかりでなく『測定・検査』工程にも高度な技能・ノウハウが必要になるため、ライン全体の生産性が低下しやすくなります。

これは経営視点でも「標準化・自動化の阻害要因」となります。

納期遅れ・失注リスクとサプライヤーの敬遠

公差を守るがゆえに「作り直し」「再加工」が増え、結果的に納期遅れが多発します。

また、加工現場は「万が一のクレーム」や「厳しい検査基準による歩留まり低下」を嫌うため、積極的な受注を敬遠する傾向が強まります。

結果、「この会社の図面は手間がかかるから受けたくない」という評価が定着し、サプライヤー選定の幅も狭まってしまいます。

“適切な公差”を設計するための戦略 : 実践ポイント

機能・品質から『公差の本質』を見極める

図面を描く際、「この寸法精度が本当に必要な理由は何か?」を明確にしておくことが極めて重要になります。

機能上の必須条件か、組立しやすさのための便宜的要件なのか、あるいは慣習的な指定なのかを色分けし、「根拠のない厳格さ」を排除します。

ベンチマークやCAEを使い、「どこが本当に性能・品質に直結する寸法か?」を技術的に“見える化”しましょう。

業界標準・一般公差からスタートする

実は多くの部品や単純加工箇所は「業界標準公差 ⇒JISやISO一般公差」で十分に機能を満たせることが珍しくありません。

最初から厳しい公差を指定するのではなく、まずは標準から設計をスタートし、「本当に必要な箇所だけ」個別に絞り込む設計思想が大切です。

サプライヤー現場との「協働設計」

加工担当者・協力工場・調達担当と初期段階から意見交換(DFM:Design for Manufacturability)ができると、「現場で無理なく作れる公差」に着地しやすくなります。

有力サプライヤーのベテラン加工者や管理職を巻き込んだ設計レビューや、社内・社外連携会議の導入も効果的です。

地場の中小企業や伝統工場でも、こうした協働設計の流れを少しずつ拡大することが、長期的な競争力につながります。

バイヤー・調達の現場知識:「公差」が取引条件を大きく左右する理由

コストアップ要素としての「公差」

バイヤーや調達担当者は、「同じ形状」の部品でも、公差の違いで見積もりが大きく変動することを知っておくべきです。

つまり、図面の公差が緩ければ加工コストも下げられるため、逆説的に“価格交渉力”が高まります。

「なぜこの公差が必要か説明できますか?」という交渉は、設計と調達の協力スキルを鍛え、サプライヤーの信頼確保にも寄与します。

サプライヤー選定と公差のバランス

公差が厳しければ厳しいほど、高度な加工・測定ができるサプライヤーに絞られ、リードタイムやリスクが増します。

一方、適切な公差指定により「より多くのサプライヤーで対応可能」となり、コスト・納期・二重調達など調達リスクの分散に役立つのです。

調達担当者は「公差=交渉カード」であることを強く意識し、必要に応じて設計部門との壁を越えて議論する姿勢が求められます。

未来志向:製造業の「公差設計」はどう変わるか

デジタル化・自動化の波と公差管理

デジタル設計(CAE、3D CAD)や、IoT機器による加工データのリアルタイム可視化が進むと、これまで“カンや経験”に頼っていた公差設計が、より科学的かつ合理的に最適化されていくでしょう。

日本のアナログ製造現場でも、これからは「データ駆動型の公差設計・管理」が避けて通れなくなります。

サプライヤー&バイヤー間の対話が生む新しい価値

サプライヤーが単なる受注側から「共創パートナー」へと進化するためには、「公差を対話で決める」文化が定着することが不可欠です。

昭和型の“やみくもな公差指定”から脱却し、デジタルに裏打ちされた最適公差へ。

そこに、設計・調達・サプライヤー三位一体での「新しいものづくり力」が生まれます。

まとめ:図面の公差にこそ現場の叡智を込めよう

図面に厳しい公差を記入するのは簡単です。

しかし、現場の負担やサプライヤーの嫌悪感、さらにはコスト・納期・品質リスクという「三重苦」を生み出す諸刃の剣でもあります。

設計者は「なぜこの公差が必要なのか?」を問い直し、加工現場や調達バイヤーは「現場で作れる・買える」落としどころを探す。

現実に根ざした“対話”と“協働”の積み重ねこそが、日本の製造業を次の地平線へ導くカギになるはずです。

ぜひ、日々の図面設計・調達活動の中で、「公差をめぐる現場の苦しみ」と「合理的な現実解」に向けた実践的なアプローチを心がけてください。

読んでいただき、ありがとうございました。

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