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過剰品質がコストを押し上げ続ける負のスパイラル

目次
はじめに:なぜ過剰品質が問題なのか
製造業の現場において「品質第一」という言葉は、企業文化の根幹をなしています。
しかし、日本の多くの工場や調達・購買の現場を長年見てきた経験から言えるのは、「品質第一」の解釈が過剰品質という落とし穴にはまっているケースが非常に多いということです。
過剰品質は、顧客が本当に必要としないレベルの品質やスペックを追求するあまり、開発・調達・製造コストがどんどん上がり、価格競争力を失わせる要因になります。
そしてその負のスパイラルは、なかなか業界から抜け出せない昭和時代からの“悪癖”の一つといっても過言ではありません。
ここでは、なぜ過剰品質がコスト増につながるのか、その実態と業界の背景、解決策やこれからのバイヤー・サプライヤーが考えるべきポイントを、現場で培った視点から詳しく掘り下げていきます。
過剰品質の“現実”と現場でありがちなケース
本来必要な品質水準の見極めができていない
多くの製造業で見られる過剰品質とは、顧客が求める機能・性能以上の品質をわざわざ担保してしまうことです。
設計段階で「念のため」リスクを見込んで余分な安全係数を持たせる。
調達担当が「トラブル回避」のために、一律で高グレードの素材や部品を指定する。
品質保証部門が「過去のクレーム」のトラウマから過度な検査項目や厳格すぎる基準を採用する。
これらはどれも、「悪気はないが、根拠なく“高めに見積もる”」ことで生じます。
このような品質への“保険”が、1つひとつのプロセスで上塗りされて、気付けば大きなコスト増につながっています。
バイヤーの本音:「余計な品質はいらない」が言い出せない日本的構造
実際にバイヤーがサプライヤーの提案を受ける際、「こんなに高品質で作ってもらわなくてもいいのに」と思う場面がしばしばあります。
ところが「スペックを下げてくれ」と率直に伝えにくい雰囲気が、日本の商習慣には根付いています。
コンペで減額交渉はしても、「本質的に不要な品質」をきちんとすり合わせ、適正品質へと落とし込むチャレンジを避けがちです。
この背景には、失敗やクレームに極度にネガティブな組織風土や、減点主義の評価体系があると言えます。
「余計な品質はいらない」と言える現場環境づくりが、今後さらに重要になるでしょう。
なぜ過剰品質を抜け出せないのか:昭和的慣習と現場心理
“悪いことを避けるために念を入れる”文化
過剰品質の背景には、「もし万が一トラブルが起きたら…」という思考が強く働いています。
現場の班長、品質保証、開発設計、調達購買――どのポジションの人も“リスク回避”を最優先に考えます。
例えば過去のクレームを強く意識し、「念のためこの条件も入れておこう」「前回よりも厳しめにしよう」と要求仕様や検査項目が年々上積みされていきます。
顧客から問い合わせや指摘さえも無いのに、「うちは品質に自信があります」と過度にアピールすることが目的化する傾向さえ見受けられます。
その結果、本来要求される品質水準とはかけ離れたスペック、すなわちコストが過大となるわけです。
属人的な判断と「暗黙の了解」サイクル
設計・調達の現場では、長年のカンや経験則を活用することが評価されやすいのも事実です。
根拠や論理的な分析よりも、“前例主義”や“ベテランの勘”が優先され、仕様の見直しや合理化の議論が進みにくくなります。
さらに重要なポイントは、「担当者が変わるごとに品質基準が微妙に厳しくなっていく」サイクルです。
前任者よりも“手堅く”やろうという空気が強く、どうしても数値や条件が上乗せされやすいのです。
このような属人的体質は、デジタル化が進む今の時代にも根強く残っています。
過剰品質が招くコストの全体像
調達コスト:仕様の不要な高グレード化
サプライヤーへの部品調達や加工外注において、「型番指定」や「とりあえず上位グレードの材料」といった“手堅い”発注が横行します。
これにより、材料費や外注費が本来より1割、2割…と高くなっていきます。
グローバル競争が激化している現在、この調達コスト増大は海外メーカーとの価格競争力を確実に削ぐ要素となります。
生産効率:無駄な工程増加と製造コストアップ
過剰な品質を担保しようとすると、製造ラインでの追加工程や検査項目がどんどん増えていきます。
「一括工程で済むものを、わざわざ分割して2回以上チェック」「0.000mm単位の精密測定が毎ロット必要」などが代表例です。
この無用な手間や管理業務の積み重ねが、設備稼働率や人員配置の最適化も阻害し、ムダな残業やヒューマンエラーまでをも招きます。
品質管理コスト:検査工数増&過剰に複雑な手順
品質保証部門が過去のトラブルを忌避して検査工程を増やし過ぎると、現場の工数が肥大化します。
検査機器の新規導入やマニュアル作成、トレーサビリティ強化のための書類作成…これらは全てコスト増の要因です。
また本来必要以上に厳しい“合否判定基準”を設けることで、NG処置品やリワーク品が増え、生産全体の歩留まりが低下する懸念も生まれます。
なぜこの課題に手をつけにくいのか? ~業界構造の壁~
誰が「適正品質」を合意形成すべきか
過剰品質の是正には、「どこまで品質を落としてもよいか」を現場・バイヤー・サプライヤー・顧客が共にすり合わせ、合意形成する必要があります。
しかし現実には、そのジャッジを“誰が責任をもって主導するか”が曖昧です。
品質事故が起きれば“全員が責任回避”に走る体質がある一方、日々の現場業務では時間的・心理的な余裕がなく、すり合わせの機会が持ちにくくなっています。
「品質の常識」が時代遅れになっていないか
グローバルスタンダードでは、「スペックイン=正義」ではありません。
実際、海外メーカーの多くは「十分な品質、十分な安さ」でしか勝負できないため、適正品質をいかにシビアに見極めるかが最重要課題です。
日本企業独特の「念のため・念には念を」のカルチャーが、世界のデファクトに取り残される大きな要因となりつつあります。
これからのバイヤー・サプライヤーが考えるべきこと
QCD(品質・コスト・納期)のバランス重視へ発想転換を
第一に必要なのは、QCDの柱のうち「Q(品質)」だけを突出して最大化するのではなく、「Q」「C(コスト)」「D(納期)」のバランスをとる発想への転換です。
そのためには、以下のような仕組み化が効果的です。
・「品質要件レビュー」の定例化:設計・調達・品質・バイヤー・サプライヤーによる合議体で「本当に必要な基準か?」を一つ一つ精査する
・数字による裏付け:「過去実績による不良発生確率」や「顧客クレームデータ」などのロジカルな情報に基づいて要件設定を見直す
・プロトタイピングや市場モニタリング:実用品や簡易評価などにより、過剰なスペックか否かを現場の感覚と市場実態で再確認する
取引先との「適正品質」対話を習慣化する
単なるコストダウン交渉ではなく、「この条件は本当に顧客価値の源泉か?」「これ以上の品質レベルを求めないことでどれだけコスト最適化できるか」を、サプライヤーと率直に議論できる関係づくりが必要です。
そのためには、定量的なデータ共有や品質リスクの見える化はもちろん、「率直に物申せる心理的安全性」がカギとなります。
「プロとして適正品質を納得して合意する」文化が構築されれば、現場・サプライヤー双方にとってQCD最適化のメリットがもたらされるはずです。
アナログ業界でも“できる”過剰品質脱却のための工夫
現場“あるある”の手作業工程の見直し
デジタル化が遅れている工場ほど、手作業の検査記録やチェックリストが残っています。
ここで本当に重要なのは、「何のために」「どこまで」「誰が」検査やチェックをするのか、ムダと根拠不明瞭を可視化することです。
現場スタッフを巻き込んで「この手順、本当に必要?」「どうすれば最小化できる?」を定期的に見直しましょう。
小さな業務改善の積み重ねが、過剰品質の“巨象”の縮小につながります。
“匠の技能伝承”と“合理化”の両立
昭和から脈々と受け継がれた“高品質至上主義”の功罪を正しく評価し、「ここまでは伝承し、ここからは最適化する」メリハリを持つことが重要です。
PDCAサイクルの見直しや、技能伝承と工程自動化の融合こそが、脱・過剰品質のカギだと考えます。
まとめ:過剰品質から“適正品質”への勇気ある一歩を
過剰品質の長いスパイラルは、現場の善意やリスク回避意識から生まれた結果であり、誰もが犯しがちな“思考の罠”です。
だからこそ、管理職やバイヤー・サプライヤーが率先し、「何が適正品質なのか」を現場・顧客とフラットにすり合わせる姿勢が今こそ求められています。
それはリスクをゼロにすることではなく、「顧客にとっての本当の価値」を見極め、最適なQCDを実現するための挑戦です。
日本の製造業がグローバルに再び存在感を示すためにも、「過剰品質」との決別は避けて通れないテーマなのです。
過去の成功体験や業界慣習を見直し、未来に向けて適正品質の新しい基準を、ともに創り上げていきましょう。
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