投稿日:2025年12月6日

危険物の輸送手配が複雑すぎて属人化する問題

はじめに:危険物輸送の現場が抱える課題

製造業において、危険物の輸送は決して避けて通れない重要な業務です。
しかし、近年この分野において「輸送手配が複雑すぎて、特定の担当者しか全容を把握できていない」という属人化の問題が深刻化しています。

危険物とは、火薬類、ガス、引火性液体、毒物など、法令で指定された運搬に注意や申請・許可が必要な物質の総称です。
製造現場では日常的にこうした物質が流通します。
一方、法令や規制・マニュアルが入り組み、「なぜこんな工程が必要なのか」が見えにくくなっています。

この記事では、20年以上製造現場で調達・購買や生産管理、さらには工場長として現場を率いてきた経験から、危険物輸送手配の「複雑さ」と「属人化」が生まれる背景と、そのリスク、最新の業界動向、デジタル化・標準化の糸口まで、現場目線・未来志向で深掘りします。

なぜ危険物の輸送手配は属人化しやすいのか

法令遵守は必須だが「実態」は現場流にカスタマイズされる

危険物輸送は、消防法、道路運送車両法、労働安全衛生法など、複数の法律・規制が関連します。
これらの規制には都度改訂もあり、取り扱う品目ごとに適合確認や必要書類、車両手配の条件も違います。

本社や現場では統一マニュアルがあっても、実際の運用は「Aさんのときはこう」「Bさんがいないと許可証が下りない」といった属人的なノウハウや裁量に頼りがちです。
新しい品目、異なる容器、納入先変更となると、「誰もやったことがない」という状況になりやすいのが現実です。

「口伝え」と「前例主義」でブラックボックス化する

ベテラン担当者の「経験と勘」が全体を動かし、新人や他部門は「どうしてこうなるのか」分からないままハンコを押すことが多々あります。
これが結果としてブラックボックス化を招きます。
いざというとき、肝心の担当者が不在だと「あの資料はどこ?」「取引先ごとに手順が違う」など、現場は混乱します。
この属人化は、突発的な欠勤や人事異動時のリスクを大きくします。

IT化の遅れと“昭和流”紙運用の弊害

多くの現場ではいまだに紙の依頼書やファクスが主流で、記録管理や確認プロセスも手作業が多いままです。
システムに情報が残らず、「担当のノート」や「記憶」が頼りとなり、引き継ぎや業務改善が進まない状況が続いています。

このような属人化は「伝統」や「現場の暗黙知」として見逃されがちですが、実は大きなロスやリスクの温床です。

属人化が招く危険性と業務リスク

輸送トラブル・コンプライアンス違反の温床に

一つのミスが火災、爆発、大規模な環境汚染事故に直結するのが危険物輸送です。
もし属人化して確認漏れが発生すれば、命や企業の社会的信用すら失う事態になりかねません。

例えば、容器や積載方法、ラベル表示、ドライバーの資格、必要な法定書類の有無など、すべてが厳密にチェックされなければなりません。
万一事故が起きた場合、「誰がどの判断をしてミスに至ったのか」記録もなく、再発防止もできない状況では監督官庁や取引先への説明責任も果たせません。

人材流動化に取り残される現場

現場担当者の高齢化や異動・退職が進み、若手や中途採用が入ってきても、属人的な業務にキャッチアップできません。
「早く一人前になれ」と言われても、まとまった教育機会や標準手順が整備されていないため、OJT(On the Job Training)に頼るしかなく、なかなか自律化・効率化が図れないのです。

コスト増大とサプライチェーンリスク拡大

属人化は、ミスやトラブルで追加コストや納期遅延を招きます。
また仕入先や物流業者が変わるだけで手配が立ち往生したり、逆に「Aさんだけが知っている裏ワザ」で法令ギリギリ・リスク基準の案件が通ってしまったりする可能性も。
このような脆弱な運用は、近年強まるESG(環境・社会・ガバナンス)やサプライチェーンの安全性要求にも逆行します。

なぜ属人化から脱却できないのか?業界の構造的背景

複雑な業務プロセスと多様な関係者

危険物輸送は、調達担当・物流部門・製造現場・サプライヤー・運送事業者と、多数の関係者が連携します。
得意先、協力会社、行政ごとに微妙に異なる要件や、過去の事故・指導例も加わり、業務フローが膨れ上がりやすい構造です。

「前例踏襲」「保守的文化」の根強さ

昭和時代からの「この人がやってきたから大丈夫」「新しいやり方はトラブルのもと」という文化が根強く残っています。
「どうしても失敗できない」「事故や炎上だけは避けたい」という心理から、新たなチャレンジや標準化プロジェクトが後回しになってしまう実態があります。

IT・デジタル化のハードルが高い

現場ごとにローカルルールや例外処理が増えているため、業務を整理してIT化・自動化するのは困難と感じられがちです。
また、危険物輸送特有の専門用語や法定様式に対応したITソリューションが少ないことも、現場のデジタル化を妨げています。

脱属人化への最初の一歩-現場目線での業務可視化・標準化

現場と管理部門が「現物・現場・現実」で議論する

口先や机上のルールだけでなく、「実際の品目」「倉庫での積み付け」「手配書類」を一緒に目で見て歩き回ることが重要です。
ベテランが口伝えでしか説明できない暗黙知を「見える化」し、マニュアルやチェックリストとして明文化するところが出発点です。

プロセスマッピングと業務フローの整理

取り扱う危険物ごとに、以下のような観点でフローを可視化します。

– 必要な情報(品目特性、法的規定)
– 誰がいつ何を準備・判断するのか
– どの資料・ツールを使い、どこに保管するか
– 異常時/例外時のエスカレーション先

これにより、どの手順が属人的か、どこにボトルネック・リスクがあるかが見えてきます。

小さな「標準化」から始める

いきなり全社で一括IT化というのは難しくても、

– 書類様式の共通テンプレート化
– 業務手順書の簡素化・更新
– 属人的判断が発生する個所でのダブルチェック体制の導入

こうした手作業から段階的に進めることで、現場の反発や混乱を減らします。

デジタル化と自動化による脱属人化へのアプローチ

データベース化・ワークフロー管理の導入

近年、危険物輸送の手配データベースや電子申請システム、チェックリスト機能を持つクラウドサービスなどが登場しています。
これらのツールを使えば、過去手配履歴や必要資料、法令改訂情報などを「担当者の頭」から「システム内」に記録・共有できます。

AIとIoT技術の活用事例

– 危険物の搬入出ログをIoTで自動記録し、適正な手順をリアルタイムで検知
– AIによる作業手順書の自動生成や事例ナレッジのレコメンド
– モバイル端末を使った現場入力・承認・報告フローの構築

こうした取り組みは一部の大手だけでなく、協力会社にも展開が進みつつあります。

人材育成や多能工化の推進

デジタル化と並行して、「誰でも・どこでも」安全かつ確実に業務できるよう現場教育の工夫も重要です。

– e-Learningによる法規制や手配フローの繰り返し学習
– 現場でのロールプレイやシミュレーション訓練
– ジョブローテーションによる多能工化と属人化回避

属人化からの脱却は単なるIT導入だけではなく、人材開発と現場コミュニケーションもカギを握っています。

今後の業界動向とサプライヤー・バイヤー視点のヒント

厳格化する法規制とグローバル競争時代

世界的に環境規制やサステナビリティ(SDGs)が重視され、危険物のサプライチェーン管理はますます厳格になっています。
大手バイヤーでは「レジリエントな輸送体制」「サプライヤー経由のリスク低減」要求が強化される傾向です。

バイヤーが求める信頼性=「脱属人化された可視化と説明責任」

今後は「担当者のみぞ知る手配」ではなく、「いつ、誰でも、同じ品質・手順で安全輸送できるか」が、バイヤー選定や企業間競争のポイントです。
サプライヤーとしても、標準化・IT化・人材教育の実績が対外的評価材料となり、受注やパートナー選定でも有利に働きます。

まとめ:現場主導で“脱属人化”の未来を切り拓く

危険物輸送手配の属人化問題は、決して現場だけの特殊事情ではありません。
日本独自の「現場力」「人頼み主義」の限界がこの領域で顕在化しています。

「属人化は伝統・文化だからしょうがない」と諦めるのではなく、「命と信用を守るため」「現場の働きやすさと効率化のため」、今できるところから一歩一歩標準化とデジタル化を進めていくことが、これからの製造業の競争力・持続可能性を左右します。

現場経験者の皆さまには、自身のナレッジを次世代へ分かりやすくシェアいただく。
バイヤーやサプライヤーの皆さまには、「誰もが同じ安心・安全品質を実現できる現場づくり」を、ぜひ協調して推進してください。

属人化からの脱却は、現場の知恵とテクノロジー、そして挑戦する意志が合わさることで、必ず達成できると私は信じています。

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