投稿日:2025年12月7日

サプライヤーの加工精度を過信して図面公差を安易に設定する危険性

はじめに:図面公差設定の「常識」を疑う

製造業の現場では、設計図面に公差をどの程度まで厳しく設定するかは、製品品質を左右する重要な判断です。
多くの設計者や購買担当者が、サプライヤー(協力会社)の加工精度や設備能力を過信し、「これくらい精度が出るだろう」と安易に図面公差を厳しくする傾向があります。
しかし、この姿勢が思わぬ落とし穴やコスト増、品質トラブルを招くことは、ベテランの現場目線で見れば明白です。
本記事では、公差設定をめぐる危険性と、その本質、そして現場実践に基づいた解決策について深掘りしていきます。

なぜ公差設定は「厳しくなる」のか?

設計者、購買担当者が陥りやすい心理的背景

ものづくりの工程では、設計者が製品仕様を図面に落とし込みます。
基準寸法を記入し、その許容範囲として公差を設定するのが一般的です。
しかし、実際には「念のため厳しくしておこう」「他社だってこのくらいやってるはず」といった心理が働き、設計段階から無用に精度要求が厳しくなりがちです。

この背景には、サプライヤーの加工能力や品質安定性を「最新設備なら当然クリアできるだろう」「過去も大丈夫だったから今回もいける」と過信する傾向が根強くあります。
また購買部や生産管理部の立場でも、「万一NG品があっては困る」「品質問題は避けたい」と、防衛的な発想から必要以上の安全マージンを取りたがることも事実です。

昭和型の仕事文化とデジタル化のジレンマ

日本の製造業は今なおアナログ的な習慣が色濃く残っています。
昔ながらの「見て覚えろ」「現場は現場」「サプライヤー任せ」といった文化がある一方で、図面作成や仕様管理はCADなどで効率化されています。

このハイブリッドな状況は、「図面に書いたら、あとはサプライヤーの仕事」という誤解を生みやすいのです。
つまり、現場実態や加工プロセス、現物管理の細かな制約をきちんと理解しないまま、理想的なスペックだけを一方的に押しつけてしまう構造が温存されています。

公差の「安易な厳格化」が現場にもたらす問題

加工コストの不必要な上昇

公差を厳しくすればするほど、サプライヤー側の加工手間や検査・測定コスト、治工具・加工設備への投資が増大します。
たとえば、±0.1mmの公差と±0.05mmの公差では、求められる技術レベルと生産コストが大きく異なります。
公差が必要以上に厳しいと、一気に単価が跳ね上がり「なんでこの部品だけこんなに高いのか」とコストダウン要求が複雑化します。

特に中小企業や町工場では、高精度設備の更新や人材育成に時間とコストがかかるため、無理な公差設定は長期的な取引関係のリスクにもなります。

納期遅れや調達リスクの増大

サプライヤー側の加工設備は万能ではありません。
過度な公差は、そもそも量産ラインでの再現性や歩留まりを損ない、再加工やNG品発生という生産ロスを引き起こします。

その結果、「納期が間に合わない」「いつも安定供給できていた部品が急に止まる」といった調達リスクが顕在化します。
現場では、急遽他のサプライヤーを探したり、仕掛品在庫を積み増したり──と、全体最適から外れる対症療法に追われかねません。

現場品質トラブルが頻発する理由

タイトな公差要求に、無理やり合わせようとするサプライヤー現場では、「検査で弾かれないよう忖度・調整する」「伝票上は合格だけど実際の使い勝手が悪い」といった“現場都合の品質偽装”に走りやすくなります。

一方、設計・購買側は、「図面通りにできてるはずだから大丈夫」という油断から、不具合の早期発見や製品テストが疎かになりがちです。
結果として、顧客クレームや大規模リコールにつながる危険性も秘めています。

なぜ「標準公差」があるのかを今一度考え直す

公差設定には必ず「機能的理由」が必要です。
多くの場合、JIS(日本工業規格)や各メーカー標準の範囲で十分機能を果たします。

極端な例ですが、「特に根拠もなく±0.01にして」と要求した場合、1,000個のロット全数を高精度測定しなければ合否判定さえできなくなるでしょう。
これは工程設計、社内外検査体制に無用な負担と隠れコストを残します。

図面公差を見直す3つの実践的視点

1.「なぜその公差が必要か」――組み立て・機能・性能から逆算し、本当にそこまで厳しい精度が必要なのかを深掘り検討する。
2.「バイヤー・サプライヤー視点」――見積りや納期回答のみで判断せず、実際の加工現場制約やリスク(季節変動・作業者変更等)まで理解する。
3.「現場同士の相互対話」――設計者・購買担当者・現場リーダー(ベテラン作業者)・サプライヤー技術者が、図面化前に「本当に作れるか」「もっと工夫できるところはないか」を協議する。

【実例】公差設定ミスで起きた現場トラブル

昭和から続く某自動車メーカーのA部品(樹脂成形品)は、もともとは±0.2の公差で運用されていました。
ある時、他社部品の歩留まり不良対策を模倣した設計変更によって、±0.05という厳しい公差が全ラインに一斉導入されました。

その結果、下請けサプライヤーの熟練作業者が対応しきれず、加工速度がダウン。
さらに全数検査が必須となり、工場ラインはストップとダウンタイム増加、さらには納期遅延・顧客クレーム、最悪は生産停止となりました。
実はもとの±0.2のままで十分機能を満たす設計であり、品質部・現場管理職が「図面見直しを」と何度も進言してようやく元通りに。
このケースでは、設計者の「念のため厳しく」という思い込みが多大な生産ロスと信頼毀損を招いた例です。

サプライヤーの「現場ノウハウ」を生かした協働設計へ

高精度加工が得意なサプライヤーは、一見頼もしい存在です。
しかし、「できるからやる」「できると言ってしまう」ことが必ずしも最善策とは限りません。
むしろサプライヤーの多くは、独自の工程ノウハウや合理的カイゼン実績を持っています。

本当に価値ある製品を作るには、バイヤーとサプライヤーがお互いの限界と技術蓄積を正直に話し合い、設計段階から公差設定を含む生産プロセス全体を共同で最適化していく“コンカレントエンジニアリング”が有効なのです。

公差設定ミスをゼロにするためのチェックリスト

1. 設計条件を機能・コスト・納入見込みまで具体化し、必要十分な公差を合理的に選定する
2. 指定公差が標準範囲を超える場合、その根拠やリスクを文書(図面備考等)で明示する
3. サプライヤーとの事前協議、加工プロセスレビュー、サンプル加工・試作評価を必ず実施する
4. 購買部門も「最安値」や「単純な標準化」だけでなく、長期対等取引の観点でサプライヤー評価を行う
5. 問題発生時は、「現場起因」ではなく設計~調達~製造のプロセス全体での原因分析・再発防止策を用意する

まとめ:これからの製造業は「バイヤーマインド」と「現場協働力」が鍵

図面公差設定は、一見すると地味でテクニカルな作業です。
しかし、そこから始まるサプライチェーン全体の品質・納期・コスト最適化の重要な出発点でもあります。

「過信」「慣れ」「前例踏襲」を捨てて、バイヤーも設計者もサプライヤー現場も一体で「本当に必要な公差とは何か」を問い直しましょう。
昭和的な“黙って従う請負型”ではなく、令和の製造業は「共創型」「対話型」の現場協働で新しい地平を切り開いていく時代です。

公差設定の本質を理解し、現場の知恵を生かしたモノづくりをともに実践していきましょう。

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