投稿日:2025年12月10日

改善施策が設備の劣化を加速させる副作用

はじめに:製造現場の「改善」の落とし穴

製造業の現場では、「改善」という言葉が常に飛び交っています。
納期短縮、コスト削減、品質向上といった各種目標を追う中で、職場ごとのカイゼン活動が盛んに行われています。
しかし、目の前の「成果」や「効率化」だけを追い求めるあまり、設備や環境の“長期的視点”が抜け落ちることがしばしばあります。

「改善」が設備劣化・故障を早め、生産性低下や追加投資の原因となってしまう——。
そんな副作用に、現場はどれだけ気づいているのでしょうか。
本記事では、私自身の長年の工場マネジメント経験や窓口での失敗体験をもとに、「改善施策がもたらす設備劣化の副作用」について、現場目線で深掘りしたいと思います。

今、「改善の名のもと過激な運用強化」「無理な短納期・小ロット化需要」や「IoT活用の落とし穴」など、昭和的体質の中でいびつに根付いた問題構造を改めて考え直す必要があります。

製造業の「改善」はなぜ設備に負担をかけるのか

現場でよく見る「小改善」は本当にベストか?

製造現場では、日々改善提案が求められます。
たとえば、段取り時間の削減や、設備稼働率向上を目的としたムダ排除などです。
「ラインスピードの向上」「動線短縮によるロス率低減」などは、一見合理的な改善です。

しかし、それらの改善の多くは、既設設備の能力ギリギリで運用を強いる形になりがちです。
たとえば、加工機のサイクルタイムを規定値ギリギリまで短縮したことで、オーバーヒートや頻繁な故障、部品の早期摩耗を招く。
あるいは、ライン増速にともなう振動・衝撃増大で、自動搬送装置が数ヶ月でガタつき、修理費用がかさむ。

このように、現場の「小さなカイゼン」が積み重なった結果、現場の一時的生産性は向上するかもしれません。
しかし、設備本来の寿命や本質性能を削っている可能性が高いのです。

「設備=財産」だった昭和の考え方が抜けない背景

日本の製造業を語るとき、強い設備投資信仰が根強くあります。
「良い機械があれば、現場は回る」
「投資コストを徹底的に回収しきるまで使い倒す」という発想です。

実際、昭和時代から使い続けるプレス機やNC加工機など、“骨董品”のような設備を今も現役で稼働させている工場は少なくありません。
ただし、こうした古い設備は、もともと「定常・安定運転」を前提に設計されています。
時流に合わせ、無理な生産変動や細かな段取り替えを繰り返すことで、本来の寿命より早くガタが来るケースが増えているのです。

「ムリ・ムダ・ムラを排除せよ」と担当者を急かす一方で、「壊れるまで使い切れ」という売上責任・会計論理が強く働く。
ここに現場の「改善」の矛盾が生まれます。

「無理な生産変動」と「IoT活用」が加速させる新たな副作用

なぜ短納期要求が設備を追い詰めるのか

デジタル化の進展により、多品種少量・超短納期生産が求められる時代になりました。
しかし、その裏側で「1台の設備」に過度な柔軟性と応用範囲が求められています。

設備オペレーターや生産管理担当は、頻繁な設定替え・治具交換・プログラム変更を要求されます。
結果的に、作業者の経験値・勘頼みで、設備の許容範囲を超える設定やバイパス運用が増えるのです。

たとえば「短納期だから」と加熱炉の温度設定を本来の上限ギリギリに調整し、鋼材の急速加熱・冷却を繰り返した結果、炉体の歪みやセンサ異常、耐火材劣化で重大な故障を引き起こす。
このように、「今だけ」のための改善が、設備寿命や安全性を削る副作用になっています。

IoT・自動化の落とし穴:「見える化」だけでは防げない

近年、製造業の現場ではIoT導入が当たり前になっています。
各種設備の稼働状況やアラーム履歴、生産データを自動収集・分析することで、メンテナンスや予兆保全が進化しています。

しかし、現場の実態をよく見てみると、「IoTで監視できるから大丈夫」という“過信”が根付いているケースも散見されます。
IoTを導入した瞬間に、「異常値」が収集されるまで目をつぶる傾向——つまり、「正常運転」=「監視データの警報が鳴らないこと」と思い込み、現場の五感や職人目線の“違和感”を無視しがちです。

また、「異常が検知されたらすぐ止めれば良い」という短絡的な運用になりやすく、そもそも設備の設計寿命・疲労限界を超えさせてしまう根本的な運用改善がおろそかになりがちです。

サプライヤー、バイヤーの立場別「改善施策」の落とし穴

バイヤー視点:無理なコスト要求が設備寿命を縮める

バイヤーとしては、「コストダウン」「納期短縮」「品質維持」を常に要求します。
サプライヤーへ交渉する際、「手持ち設備の徹底活用」「工夫による現場改善」を指示するのが一般的です。

しかし、その要求が「無理な運転条件」「理不尽なサイクル短縮」「本来の交替修理タイミング無視」など、現場スタッフのコンプライアンス違反につながっていることに気づいていない場合が多々あります。
一時的なコスト削減が、将来の生産能力低下や大量の投資負担として、結局自社に跳ね返ってくる。
こうした“目先の改善”の副作用に、十分な危機感を持つバイヤーは決して多くありません。

サプライヤー視点:「バイヤー目線」の限界を知る

サプライヤー、とくに中小規模の下請け現場では、「親会社の改善要請」に過剰に応じることで、故障リスクや品不良の急増、生産ラインのダウンタイム増加を招くケースが見受けられます。
ここで陥りやすいのが、「まずは注文を切られないこと」が目的化し、“本質的なモノづくり力”や“安全・安定稼働”の優先順位が下がること。

サプライヤーとしては、バイヤーの改善要求に対し「応じすぎる負のスパイラル」を断ち切る勇気も大切です。
また、“改善”のために導入した自動化・ITツールが、設備やオペレーターの負担を無意識に増大させる場合も多いため、「現場目線でのリスクチェック」が不可欠です。

昭和的アナログ体質から抜け出すヒント

見直したい「改善文化」とマネジメントのあり方

日本の工場現場に残る「とにかく現場で工夫」「今あるモノを使い回す」といった文化は、良い面もあります。
一方、現代では「現場力頼み」「モノは壊れるまで使う」と言うドグマにしがみつくリスクが急速に高まっています。

今必要なのは、「目先の効率化や数字」だけではなく、「設備寿命・安全性・作業者の身体」までを一元的に捉えた総合的なマネジメントです。
現場においては、単なる「改善案」だけでなく、「負荷増・リスク増」の副作用分析を必ずセットにして提案・承認する体制が望まれます。

設備視点の改善評価:ラテラルシンキングの重要性

自社の「改善提案」や「方針決定」に際しては、たとえば以下のようなラテラルシンキング(水平思考)を取り入れることで盲点を減らせます。

– 「この改善は、設備や作業者にどんな副作用があるか」
– 「1年後、設備は今のパフォーマンスを維持できるか?」
– 「サプライチェーン全体で最適になっているか?」

例えば、ある工程のスピードUPを図った場合、設備負荷増による消耗品交換頻度やエネルギーコスト増加までシミュレーションする。
また、「A社を強くプッシュしすぎた結果、重要なサプライチェーンの1社が脱落し、新たな調達リスクが生まれる」など、複眼的な“二手先・三手先”の発想が必要です。

まとめ:「改善施策」は“諸刃の剣”であると知ることが未来を創る

改善施策は現場の生産性を確実に向上させる強力なツールです。
しかしながら、その影響が「現場・設備の限界」「サプライチェーンの危機」に直結する諸刃の剣であることを、今こそ現場・バイヤー・サプライヤーのすべての立場の方が“腹落ち”させておくべきです。

短期最適の為の改善が、長期的な競争力やノウハウ、財産となる設備を自己破壊してしまうリスクを十分に考慮し、「何のため」「誰のため」の改善なのか、本質的な問い直しが求められます。

現場のプロとして、経験や勘(暗黙知)と、新たな分析(形式知)の融合を図りながら、設備や人に“永く優しい”モノづくり経営を目指す。
これこそが、時代を超えて製造業が発展していくための第一歩です。
読者の皆さんが、それぞれの現場や役割で「改善活動の副作用」に気づき、よりよい「現場づくり」「会社づくり」を実現されることを強く願います。

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