投稿日:2025年12月12日

開発者が顧客と直接話せず情報が歪むコミュニケーション障害

はじめに:製造業に根強く残る「情報の歪み」問題

製造業の現場では、長年にわたり「コミュニケーションの断絶」や「伝言ゲーム」による情報の歪みが根深く存在しています。

特に、開発者が最終顧客と直接話す機会が少なく、営業や現場の管理職、購買部門などの中間プロセスを介して顧客要求が伝達されることで、本来のニーズが正確に伝わらない問題は、未だに解消されていません。

これはIT業界やサービス業とは異なり、ものづくりの現場が長年大切にしてきた独特の商習慣や社内文化が関係しています。

今回は、こうしたアナログな業界ならではの背景を踏まえつつ、なぜ情報が歪みやすいのか。

どのようなリスクや機会損失が生じているのか。

そして、この状況を脱却するためには何が必要なのか。

現場経験をもとに徹底解説します。

なぜ開発者と顧客が直接話せないのか

昭和体質の「縦割り組織」と習慣

多くの日本の製造業では、部門間の明確な垣根を設けて業務を分担しています。

例えば、営業は顧客との商談や折衝を主として担当し、開発や設計、購買は社内に留まってその指示をもとに活動する、などが典型的なスタイルです。

このような仕組みは効率性や責任の明確化に優れる一方、現場でよく耳にするように「ウチは縦割りが強いから」「お客様対応は営業しかできない」といった発想を固定化しやすくします。

「現場には現場の仕事がある」という名目で、顧客のご要望や生の声に触れる機会が大きく制限されているのが現状です。

中間プロセスの「情報ろ過」と「忖度」

営業や調達バイヤーが顧客から情報を受け取り、設計や製造メンバーに伝える際、意図せず情報の「まとめ」や「取捨選択」「忖度」が発生します。

例えば、「この顧客は要求が細かいから、少しマイルドに伝えよう」「工場の現状を考えると、この仕様は厳しいから営業段階で緩めておこう」といった判断です。

こうした行為は一見、業務円滑化や社内の負担軽減のために行われます。

しかし結果として、開発や生産現場が顧客本来のニーズに基づいてものづくりをできなくなり、矛盾が生まれてしまうのです。

情報が歪む現場で、実際に何が起きるのか

製品仕様のすれ違いと手戻りコスト

開発現場で仕様や設計を進めていたものが、顧客の確認段階で「依頼したものと違う」と指摘されるケースは珍しくありません。

例えば、ある機械部品の材質や表面処理について、バイヤーが「大まかでいい」と解釈し設計に指示したところ、実際には顧客が化学プラントの厳しい腐食環境での使用を強く意識していた、といった事例がその典型です。

こうした場合、要求の再確認や仕様の修正、場合によっては生産工程の大幅なやり直しが必要となります。

これらの手戻りはコストの増大と納期遅延の根本要因となっています。

真のニーズを捉えない形式的な提案

顧客と開発者が直接対話をしない場合、「本当はどんな用途・課題で使いたいのか」が曖昧なまま設計が進みがちです。

例えば、調達バイヤーが「コスト重視」と伝えてきても、現場の困りごとは「メンテ時間短縮」や「設置作業の安全性」のほうが重要だった、というケースがあります。

現場の足で稼ぐ営業がいなくなり、メールやシステム経由で間接的にしかオーダーが回らなくなると、顧客固有の”声にならない悩み”に対する深い提案力が失われます。

これにより、よく似た製品の「横並びスペック競争」や、価格だけを競うレッドオーシャン市場に陥るリスクも高まるのです。

顧客ロイヤルティの低下

顧客は「本当に自分たちのことを理解してくれているのか?」という点に敏感です。

現場の担当者からのちょっとしたニュアンス、将来の技術的課題、独特の組織事情などを正確にリアルタイムでキャッチし、それが提案や改善につながったときに初めて「信頼」や「納得感」が生まれます。

この一連の体験が失われると、他社との違いがわかりにくくなり、せっかく築いた長期取引もあっさり競合へ流出する危険性が増します。

なぜ、いまだに「直接対話」が難しいのか

職務分掌の固定化と「聖域化」

工場を中心とする製造業界では、長年積み重ねられた「部門ごとの専門性」や「権限分掌」があります。

時には「お客様対応は営業の業務範囲」「技術職は外部との会話は控えるべき」という、暗黙の了解や不文律が存在し、それが改革の大きな壁になっています。

この伝統はマイナス面ばかりではありません。

品質の安定や業務効率の向上、トラブル時の責任明確化に役立ってきました。

しかし、変化が激しい現代、顧客要望の多様化や海外メーカーとの競合が激化する中で「専門家同士の直接対話」が求められる場面が確実に増えています。

IT化は進むも、心はアナログのまま

EDIやERPシステム、メール、チャットによる情報管理が急速に浸透する一方、肝心の「顧客と現場担当者の直接対話」は軽視されがちです。

「業務プロセスの自動化」や「ペーパーレス化」には積極的でも、「二重手間を避けよう」「メールに記録が残るから口頭説明は不要」という理由で、人間同士の深い対話が省略されやすくなっています。

こうしたデジタルシフトと企業文化のギャップが、「期待したほど業績が伸びない」という現場のモヤモヤを生み、技術伝承やイノベーションを妨げる要因ともなっています。

コミュニケーション障害克服のための現場改革

開発者・現場担当者の「現場同行」推進

現場経験から強く推奨したいのは、設計・開発・生産技術などの技術者が、営業やバイヤーと共に顧客の工場や現場を直接見に行く機会を定常的に仕組み化することです。

実際に設備や使用シーンを目で見て、短時間でも顧客担当者と直接ディスカッションすることで、想定外の使われ方や、現地特有の問題点をリアルに肌で感じることができます。

「現場を知らなければ提案は生まれない」というのは、多くの優良現場で共通している真理です。

調達・バイヤーは「問いの精度」を磨く

バイヤー側、あるいはサプライヤー側の調達担当者にとって、「どれだけ深く客先の現場事情を把握できるか」は極めて重要です。

一歩踏み込んで、単なるスペックや価格だけでなく、「安全面で困っていることはないか」「過去にどんなトラブルがあったか」「人手不足による変化はないか」などの質問力を高めること。

これにより、現場目線での提案内容やコストダウン案の質も劇的に向上します。

現場・サプライヤーが発信力を持つ意義

サプライヤー側(下請け、協力工場など)は「言われた通りに作る」のではなく、「なぜこの仕様なのか、別案はないか、お客様の本音は何か」を探る姿勢が求められます。

自社の現場技術者が顧客の担当者と直接意見交換できる場を設けたり、製品の改善提案を積極的にフィードバックすることで、差別化と付加価値創出が実現できます。

また、その際の現場対応力・柔軟性が、受注獲得の大きな武器となることを忘れてはなりません。

持続的成長のために「伝統」と「変革」を両立させる

昭和型のものづくりは、確かに一定の時代には成功の要因でした。

しかし今、多品種化・短納期化・ニーズ多様化の波を受けて、「直接コミュニケーション」回帰が世界的トレンドになっています。

もちろん全てをフラット化すればよいわけではありません。

日本人の緻密さ、品質へのこだわり、フェイス・トゥ・フェイスの丁寧なコミュニケーションなど、守るべき伝統も重要です。

問題は、部門間の壁が厚すぎて顧客本位のものづくりができなくなる「閉じた職人主義」に陥らないことです。

今後は、IT活用による情報連携と合わせて、「要点は対話で確認する」「現場に行く」「本音でぶつかる」文化を組織の中枢に据えることが、製造業の競争力を高めていく近道です。

まとめ:脱・アナログ情報伝言ゲームで「強い製造業」へ

開発者が顧客と直接話せず、情報が歪む現象は、日本の製造業に深く根付いた課題です。

今後成長を続けるためには、職務分掌を見直し、バイヤー・サプライヤー・現場技術者それぞれが「現場で、本音で顧客と向き合う」仕組み作りが不可欠です。

デジタル技術の活用と、職人技・現場主義の精神を融合させ、繰り返される伝言ゲームからの脱却を目指しましょう。

その先にこそ、真の顧客満足とサプライヤーの付加価値、そして技術伝承やイノベーションが待っています。

今あなたの職場で、まず一歩現場に足を運ぶことから始めてみてはいかがでしょうか。

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