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原価低減の要求が増えるほど安全性とのバランスが取れなくなる葛藤

目次
はじめに
製造業界における原価低減のプレッシャーは、年々大きくなっています。
グローバル競争の激化や顧客要求の高度化、そしてコロナ禍以降のサプライチェーンの混乱。
それらが、ますますメーカーに「コスト削減せよ」と強く要求しています。
しかし、この原価低減要求は現場にとって決して単純なものではありません。
原価低減が過度に追及されると、反比例するように「安全性」や「品質」とのバランスが崩れやすくなり、製造現場ではジレンマが生まれます。
本記事では、製造現場経験者の目線から、この葛藤の本質と、アナログな業界構造の背景・今後どう進むべきかをじっくり考察します。
原価低減要求が強まる背景
グローバル化と価格競争の波
製造業界は、数十年前と比べて劇的に変化しました。
世界的な分業体制が進み、かつては地域独占だったメーカーにも、今や低コスト国の競合が次々と参入しています。
結果として、同じ品質・同じブランド力でも、より安い製品を作らないと取引先から簡単に見放されてしまいます。
ユーザー企業の調達部門は、常に複数社から見積もりを取り、「一円でも安く」調達しようとします。
価格だけが評価指標になる危険
特に自動車や家電などの大量生産を伴う業界では、購買部門がサプライヤーを選ぶ際、「コストダウン額」「歩留率低減額」などの数字でしか評価されない風潮が強まっています。
昭和的とも言える年功序列の人間関係より、「何円安くできるか」が全ての評価指標になりがちです。
当然ながら、現場へのコストダウン圧力は年々高まり、「今年は前年よりもさらに5%原価低減」といったノルマが課されることも珍しくありません。
原価低減と安全・品質のトレードオフ
なぜバランスが崩れるのか
原価低減が過度に進むと、無理やり部品点数を減らしたり、より安価な資材に切り替えることが増えます。
理論上は「機能を維持したまま無駄を省く」ことが理想ですが、実際には、安全性や耐久性、使い勝手といった部分にしわ寄せが出やすいのです。
特に日本の製造業界では、形式的な安全基準さえ満たしていれば「OK」という雰囲気が蔓延することがあります。
安全マージンを削ってコストダウンする例が、少なからずあるのが現状です。
現場のリアルな葛藤
工場長や品質管理者の立場では、「もっと安く作れ」と管理部門から言われる一方、目の前の作業員や工程では
「これ以上削ったら壊れる」
「部品が微妙に合わなくなる」
「トラブルの発生率が上がる」
という懸念の声が日々挙がります。
調達部門のバイヤーも、実際には
「この部品、これ以上値切るとサプライヤーさんのモチベーションが下がる」
「本当にこの安価な材料で事故が起きないか?」
という不安を常に抱えています。
過去の失敗事例から見るリスク
例えば、某自動車メーカーは過度な原価低減要求を出した結果、安価な素材を採用し重大なリコール事故を招きました。
また、ある家電メーカーでは、コスト削減のため検査工程を大幅簡略化したことで、数万台単位の初期不良が発生し市販返品騒動へ発展した例もあります。
厳しい安全基準に守られていると思われがちな日本の製造業ですが、実はこうした「目に見えないリスク」は常に現場に存在しているのです。
昭和的なアナログ業界の現実
形式的な安全重視と現場の乖離
多くの製造現場では、「安全第一」の標語が掲げられています。
しかしその実態は、定期的なKY活動(危険予知活動)や帳票管理にとどまり、本質的な安全設計や製品のライフサイクルを見据えた品質管理が追いついていない場合もあります。
つまり、「書類上安全」「記録上品質維持」と見せることにのみ注力し、現場でヒヤリ・ハットが起きても根本的改善に至らない…という構造的課題を孕んでいるのです。
なぜ変わりにくいのか?
大手メーカーの調達フローは、依然としてハンコ文化やFAX文化が根強く残っています。
個人の経験や勘に大きく依存し、組織横断のリスク共有が進みにくいのが実情です。
また、サプライヤーとバイヤーも年単位の関係性に縛られ、「本音を言いづらい」「リスクをオープンにしづらい」状況が続いています。
このような環境下では、「とにかく数字を出す」ことが唯一明確な評価軸となり、原価低減=善、多少のリスク=隠蔽・先送り、という文化が温存されやすいのです。
サプライヤー・バイヤー間の信頼が重要
バイヤーが持つ本来の役割とは
本来、バイヤーは単に価格を下げるだけでなく、
「サプライヤーの現場状況を把握し、双方のリスクを正しく評価する」
「長期的な信頼関係の構築」
こそが重要です。
最安値ばかりを追い求める調達では、いずれ重要なサプライヤーも離反し、品質トラブルや納期遅延リスクを招くことを、過去の多くの現場が証明しています。
サプライヤーも現実と向き合う
サプライヤー側も、「値下げ圧力にただ耐える」のではなく、
「現場でどこまでが安全なコスト削減なのか」
「どこを削ると品質リスクが顕在化するのか」
を自らデータや改善事例として提案し、バイヤーにしっかり説明する当事者意識が必要です。
単なる「言われた通り」ではなく、技術者としてのプライドやエビデンスをもって議論する姿勢が両者の信頼感を築きます。
現場に根付く“本質的なコストダウン”のあり方
ムダを見つめ直し、付加価値を残す
本当に目指すべき原価低減は、「安全・品質を確保しながら、それでもなお無駄をそぎ落とす」という発想です。
これはすなわち
・作業工程そのものの見直し(自働化・省人化を進める)
・材料ロス、エネルギーロスの徹底的な削減
・製品設計段階から“つくりやすさ”を織り込む
・見えない間接費や物流ロスを見直す
といった、事実とデータに基づいた取組みです。
また、「失敗から学ぶ力」を現場の強さに変えるために、ヒヤリ・ハット事例やトラブル情報をタテ割り組織を超えて共有し、再発防止・設計改善に織り込むことが、どんな原価低減策にも勝るコストダウンにつながります。
デジタル技術で現場改革を加速する
AIやIoTの導入で、生産ラインのムリ・ムダ・ムラを可視化したり、設計シミュレーションで徹底的にリスク評価を行うことも現実的になってきました。
昭和から続いた感覚的な現場力を、デジタルデータで裏付けて進化させることが、今後のグローバル競争を勝ち抜く切り札となります。
これからのバイヤー・サプライヤーが目指すべき姿
「顧客満足と企業の存続性」を両立させる上で、最安値一点張りの購買戦略では、その場しのぎしか得られません。
調達・品質・製造・物流…すべての現場が“安全・品質・コストのトライアングル”を共有し、長期的に現場が安定してモノづくりに取り組める関係を作ること。
また、現場の課題を適切にバイヤーが吸い上げ、安易なコストダウン要求ではなく「業界を共に強くする」覚悟を持つこと。
サプライヤーもまた、コスト競争力強化はもちろん、現場課題を本音でオープンにし、“選ばれ続ける”価値を高める努力が求められます。
おわりに
原価低減の要求が増え続けるなかで、製造現場は安全・品質と常に葛藤しています。
その葛藤を乗り越え、未来へ進むためには、「数字だけにとらわれない本質的な現場力とコミュニケーション」が最大の武器です。
現場・バイヤー・サプライヤーが一枚岩となって、データ・技術・人の知恵を融合させ、「安全と経済性が両立できる、真のものづくり」へと変革していきましょう。