短期数字に飲み込まれる調達戦略への危機感

製造業の現場が直面する「短期数字主義」の調達戦略

長年、製造業の現場で調達、購買、生産管理、品質管理に携わってきた者として、近年の「短期数字」に依存した調達戦略には強い危機感を覚えています。

経営の効率化やコストダウンはもちろん重要ですが、利益の即効性や帳簿上の数値だけを追い求める戦略は、現場のリアリティから大きく逸脱しつつあるのが実情です。

本来の調達戦略、ものづくりの本質とは何か。
昭和から続くアナログ的慣習が色濃く残る製造業界の現状、さらに今後あるべき調達の姿を、現場の実務と体験をもとに深く掘り下げていきます。

なぜ「短期数字」に飲み込まれる調達が増えているのか

グローバル競争時代の「コスト一辺倒」

近年、グローバル競争が激化し、国内外のバイヤーはコストダウンのプレッシャーをかつてなく強く受けています。

四半期ごとの決算や、短期的な利益率改善が強く求められるなか、調達部門にも「今月・今期の集計数値」で優劣や評価が判断されがちです。

この短期目標への過度な注視が、「とにかく安ければいい」「昨対〇％コストダウンが死守ライン」といった思考停止的な購買活動を生み出しています。

SNS時代のスピード感・透明性との錯誤

サプライヤーとのリアルな信頼関係づくりよりも、ITシステム上の見える化、一括管理、みなし購買などの仕組みが先行しています。

「調達＝手間を省いて数値で統制できるもの」という認識が進む一方で、現場の泥臭い連携や相互理解が希薄化しているのです。

昭和から現代まで変わらない調達現場の現実

「在庫=悪」と無理な削減、現場のしわ寄せ

よくあるケースが「在庫最小化」の声ばかりが先行し、サプライヤーに「短納期」「少量多品種」を押しつけてしまう現象です。

現場の工数や物流負荷、仕入価の変動リスクは棚上げのまま、「目先の在庫数＝悪」と見做して無理な減らし方がなされがちです。

実際には、少ない在庫で納期を守るためバックオーダーやイレギュラー調達が増え、最終的にコストやリードタイムの増大を招くことも。

「○○％コストダウン」を数字だけで目標化

過去を見れば、「毎年2%コストダウン」などの目標値だけが独り歩きした時期もありました。

目標達成のため、質を下げる、人を減らす、リスク回避不能な安値先に集中するなど、短期的な「見かけの成果」が優先される温床となりました。

その一方で、サプライヤーとの中長期的な協業や、本質的な品質・供給安定性の議論は深まりませんでした。

バイヤー視点から見る「短期数字主義」の落とし穴

調達先の崩壊リスクを見落とす

安さや即納だけを根拠に選定を重ねると、その裏でサプライヤーの財務・経営の脆弱化を招く恐れがあります。

結果として、サプライヤーの倒産・撤退によるサプライチェーンの断絶、急な再調達コストの増大という形で“つけ”を払うことになります。

現場力・技術伝承の喪失

短期的なコスト優先によって、優れた現場力や「職人技術」を軽視し、安直に海外外注や新規格安調達先への切替が進行しています。

これは長期的に技術・品質ノウハウが社内外に伝承されない致命的リスクを孕んでいます。

わたしが見てきた幾多の現場でも、「あの熟練者だから寸法公差ギリギリでも長期間安定して納めてくれる」「ここは表に出ない工夫で現物合わせしてくれる」という職人力が、多くの難局を乗り越える鍵となっていました。

サプライヤーから見た「バイヤーの真の狙い」とは

現場力が伝えたい「本当の価値」

サプライヤーの立場からすれば、「本当に良い仕事をしても正当に評価されない」「細かな現場提案や改善もコストダウンだけで却下されてしまう」という声をよく耳にします。

ここに現れるのは、バイヤーの「数値」の先にある現実を、調達担当者自身がしっかり理解し受け止めているかどうか――です。

無理な値切りや契約条件の一方的な変更は、サプライヤーの現場努力を無視するばかりか、むしろ長期的にパートナーを弱体化・敵対化させる結果を招きかねません。

「共に成長する」関係が鍵

スマート工場化やDX時代になっても、「顔の見える関係」「現地現物主義」は決して色褪せません。

短期的な数字だけでは測りきれない知見やノウハウ、信頼のネットワークが、サプライチェーン全体の底力を支えているのです。

サプライヤーも、単なる安値受注ではなく、品質提案やVA・VE（価値分析・価値工学）、工程改善などを評価するバイヤーと取引したいと本音では願っています。

あるべき調達戦略：「本質的価値」の追求へ

「数字チェック＋現場ヒアリング」をセットに

短期数字の管理も必要ですが、それだけでは足りません。

必ず、現場ヒアリングや定期的なサプライヤー訪問、現地現物での対話を加えること。

「数字」と「現場のリアル」双方を見て、調達先や現場の真の課題をつかむことが第一歩です。

コストだけでなくQCD全体のバランスを見る

Quantity（数量）、Cost（コスト）、Delivery（納期）、さらにQuality（品質）やResponsiveness（対応力）も多角的に評価する目を持ちましょう。

「安さ」だけにこだわらず、どれだけ迅速・柔軟に対応可能か、その供給体制や技術対応力をしっかり把握してください。

中長期的な視点でサプライヤーを育成する

安定した調達力は、パートナー企業と共に育てていくものです。

工場の自動化やデジタル活用などの投資協力、現場同士の改善活動への刺激、トラブル時の信頼的サポートなど、「共育」の姿勢を持つことが重要です。

即効性だけでなく、中長期での競争力アップ──これが令和時代のあるべき調達購買の本質といえます。

バイヤーを目指す方・サプライヤーの方へのアドバイス

バイヤー志望の方へ

調達購買は、単なるコストカッターではありません。

現場と経営、サプライヤーの実力や苦労をよく知り、企業全体の課題解決力を高める「調整型リーダー」です。

現場の声に徹底的に耳を傾け、表に出にくい価値や改善余地を見抜く力を養ってください。

短期数字の裏側にある真の課題を見抜き、社内外で“気づき”を発信し続けるプロを目指しましょう。

サプライヤーの方へ

バイヤーの数値要求にただ応えるだけでなく、現場の強みや技術力を可視化し、価値提案できる姿勢がこれからの時代に求められます。

また、代替不能な技術やロジック、または「困ったときにこそ頼れる現場力」こそが最大の武器です。

バイヤーの意図や現場ニーズに寄り添い、ときに先回りした提案や協働改善策を打ち出して、対等なパートナー関係を築いてください。

まとめ：「数字」と「現場知」の両輪で未来志向の調達戦略を

短期数字の追求だけでなく、現場知の重要性を意識し、バイヤー・サプライヤーそれぞれが「共に成長する」姿勢を持つことが、強い供給網をつくる最大の鍵です。

デジタル化や自動化が進むなかでも、今こそ“現場主義”を再評価し、数字では測れない価値・信頼関係・現場技術の持続的な蓄積を大切にしていきましょう。

その先に、新たな日本製造業の競争力が生まれます。