投稿日:2025年12月17日

調達部長が感じる「変えたいが変えられない」現実

はじめに

製造業における調達・購買部門は、企業のコスト競争力や事業継続性を左右する重要な役割を担っています。

しかし、デジタル時代が到来し、効率化や自動化の波が押し寄せているにもかかわらず、現場には今なお昭和の香りが漂うアナログ慣習が根強く存在しています。

「これを変えたい、が、変えられない……」という葛藤は、多くの調達部長やバイヤー経験者に共通するリアルな悩みです。

本記事では、20年以上現場を歩んできた筆者自身の体験、現場目線、そして業界の最新動向を交え、「なぜ変われないのか」「変えていくために必要な視点は何か」を徹底解説します。

これからバイヤーを目指す方、またサプライヤー側でバイヤーの意図を深く知りたい方にも、きっと新たな示唆を与えられる内容を目指しています。

昭和のアナログから抜け出せない現場のリアル

なぜ調達現場は「昭和」にとどまるのか

2020年代、DX(デジタルトランスフォーメーション)が各業界の合言葉となり、多くの企業がクラウド購買や電子承認システムの導入を進めています。

しかし、現実の調達現場では紙の帳票、ハンコ、FAX、電話といったアナログ作業が未だに幅を利かせているのが実情です。

この背景には、「過去の成功体験」「社内外の複雑な利害」「ヒューマンエラー回避への過度な不安」といった、変革にブレーキをかける多層的な心理や構造があります。

昔ながらの「属人主義」から脱却できない

調達業務においては、ベテランバイヤーが自らの人脈や経験でサプライヤー選定、価格交渉、納期管理を行う「属人化」も根強いです。

「誰々さんに聞かなければ分からない」「あのサプライヤーはこの人でないと話が進まない」といった属人的な慣行は、組織を“ブラックボックス”化し、DXはおろか単純な業務改善さえも足枷になります。

なぜ「変えなければ」と分かっていても動けないのか

調達部長クラスともなれば、業務標準化や自動化が自部門の競争力を高め、ひいては会社全体の利益にもなると頭では理解しています。

それでも「今は忙しい」「現場がついてこない」「トラブル時の責任が重い」と、本質的な変革への踏み出しがためらわれる。

特に長らく“ミスしないこと”を最重視してきた日本型モノづくり文化においては、ルーチン業務のやり方を大幅に変えるのは、失敗時のリスクが心理的に大きく感じられます。

変えたくても変えられない「壁」は何か

上層部・経営目線: 投資効果への疑念と短期志向

DXや自動化ツールの導入には、少なくないコストと時間、そして継続的な学習が必要です。

経営層にとっては「今まで問題なく回っていたのに、なぜわざわざリスクを取って変える必要があるのか?」という疑念が根強い。

日本企業にありがちな短期的なROI(投資回収期間)のみで判断する姿勢が、根源的な変革のアクセルを踏ませません。

現場目線: 業務プロセスの複雑さ

調達の実務は、一見単純な価格交渉や注文処理に見えますが、実際には多くの社内外ステークホルダーとの折衝、仕様変更、トラブル対応など複雑な変数が絡み合っています。

これが「システム化」「標準化」を難しくし、「結局、人がやるしかない」という古い常識を温存させています。

取引先(サプライヤー)とのパワーバランス

取引先ごとに商習慣が違い、システム連携や電子化への理解度に差があります。

一方的に「うちのやり方に合わせよ」とは言えない。

しがらみや過去の経緯から、サプライヤーに忖度して改革を見送りがちなのも、調達部長のつらい現実です。

現場調達部長が取り組むべき「ラテラルシンキング」変革アプローチ

「なぜ変えたいのか?」の本質再定義

システム導入が先か、業務改革が先かで悩む前に、「自部門がなぜ変わらなければならないのか?」を根底から問い直すことが重要です。

コストダウン、人材不足への対応、持続可能なサプライチェーン、全ての“Why”に立ち返ることで、現場の腹落ちと推進力が生まれます。

社内人脈を生かした「スモールスタート」

いきなり全社的改革を求めると、反発や混乱を招きます。

まずはボトルネックの多いプロセスから、小規模なDXツールや自動化を試し、実際の成果を「社内の実話」として広める。

ベテラン現場や他部門の“橋渡し役”になれる人材を巻き込み、成功事例を水平展開していくことが有効です。

現場力とデータ活用の「融合」

ベテランバイヤーの暗黙知や人間関係を完全に排除するのではなく、「定量化・見える化」の武器としてデータシステムと融合させます。

例えば、価格交渉や納期管理において経験則をデータベース化し、AIによるサプライヤー評価やリスク予測につなげる取り組みは、属人主義から次のステージへの第一歩です。

調達部長のリアルな葛藤と“希望”

「変化に適応できる人財」を育てる覚悟

単なる現場の効率化だけでなく、「調達部門が戦略的な価値を生み出す組織」へと進化するためには、担当者一人ひとりの変化対応力が不可欠です。

失敗や混乱を恐れず、「変化の種」を現場にまくリーダーシップが、トップダウン型改革以上に成果を左右します。

昭和の強みを“活かしつつ”次代につなぐ

「三現主義」「臨機応変」「現場の叡智」といった、昭和的な“現場力”は間違いなく日本の製造業の強みです。

これを「デジタル化で全部リセット」するのではなく、集約・共有・自動化(ナレッジマネジメント)という形にして次世代に伝える。

過去から未来への“橋渡し”役こそ、平成・令和時代の調達部長に課せられた役割と言えます。

サプライヤーの立場から考える、バイヤーの“変われない”事情

誤解しやすい調達側の本音

「バイヤーは保守的」「新しい提案に乗り気でない」とサプライヤーが感じるのは、一面的な視点です。

彼らは往々にして会社のガバナンス、現場の納得感、人間関係のしがらみといった“見えにくい壁”に挟まれています。

無理な提案や一方的なシステム導入の押し付けは逆効果となりやすく、真に響くのは「現場に合わせてフェーズを刻む」「成功体験を一緒に作る」柔軟さです。

攻めのサプライヤーが信頼される時代へ

最新システムの販売やコストカット提案だけでなく、現場改善のノウハウ、トラブル時の迅速な対応、人材教育の協力など、“攻め”のソリューションを通じてバイヤーの本当の課題解決を目指しましょう。

過渡期の現場だからこそ、一緒に寄り添いながら進化をリードできるサプライヤーこそ、これからの信頼を勝ち取りやすくなっています。

おわりに:変革は「小さな勇気」から始まる

調達部長が感じる「変えたいが変えられない」という現実は、決して一人の管理職の無力感ではありません。

昭和的現場とデジタル新時代という“二重の壁”をどう突破するかは、日本の製造業全体に突き付けられた問いです。

現場の知恵、人の温かさを活かしつつ、失敗を恐れずに小さな一歩を踏み出す。

その繰り返しが、やがて組織を、業界を、そして社会全体を変えるムーブメントとなるでしょう。

私たち一人ひとりがラテラルな視点と実践力を持ち寄り、「未来の調達」をともに築いていくことこそ、本当の“変革”への道だと信じています。

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