投稿日:2025年12月20日

部長職になってからサプライヤーの本音が見えなくなった理由

はじめに:なぜ“サプライヤーの本音”が見えなくなるのか

製造業の現場、特に購買や調達、サプライチェーン領域で働いていると、サプライヤー(仕入先)との関係性がビジネスの根幹になることは言うまでもありません。

私自身、課長や係長時代にはサプライヤーの担当者や、現場スタッフと膝を突き合わせて語り合い、時には酒席を共にすることで本音を聞き出し、調整や交渉を進めてきました。

しかし、不思議なもので部長職などの管理職に昇進した途端、サプライヤーの懐に入り込んだつもりでも「本音」が全く見えてこなくなった、という感覚を持つ方が非常に多いのです。

私の経験上、この現象には業界特有の文化、一部のアナログ的な慣習、組織の階層構造、そして昨今の電子化・自動化による人間関係の変化が複雑に絡み合っています。

本記事では、“なぜ部長職になるとサプライヤーの本音が見えづらくなるのか”、その背景を多角的に掘り下げ、現場目線の対策とヒントを徹底解説します。

部長になった瞬間、サプライヤーの態度が変わる理由

立場の“力学”が関係性を一変させる

部長職という肩書きは、社内外での影響力が格段に増します。

サプライヤー側から見ると、「部長」は会社の購買方針や取引規模を左右できる“決定権者”です。

その分、「本音」を正直に伝えたことで商談が不利になったり、契約が打ち切られたりするリスクも高まると警戒されやすくなります。

ここに、昭和から続く“上下関係を強調する日本型商習慣”が色濃く影響しています。

相手が部長であればあるほど“粗相のないように”配慮し、あえて取り繕った言動や社交辞令だけを並べるケースも増えるのです。

情報の“バイアスフィルター”が厚くなる

課長や現場担当者であれば、サプライヤーの現場スタッフや営業担当者と“人間的な距離感”が近いため、工場の悩みや納期の苦労といったリアルな情報が素直に届けられます。

しかし部長職になると、訪問するタイミングも限られ、同席するのはサプライヤー企業の管理職や役員クラスだけ。

両者ともに「会社の顔」として公式発表的な内容しか話さなくなり、“現場のリアル”がフィルタリングされた状態でしか入ってきません。

この“バイアスフィルター”の存在こそ、サプライヤーの本音が見えない最大の要因の一つです。

「サプライヤーの本音」を遮る業界固有の壁

長期取引の“惰性”と“迎合文化”

日本の製造業界特有の「系列」「長期取引」文化は一長一短があります。

お得意様や親会社からの仕事を“失いたくない”という心理が働くため、サプライヤー側は意図的に問題点を隠したり、バイヤーに都合の良い情報だけを伝えたりするインセンティブが強くなります。

また、部長クラスが顔を出してきた場合は、“問題が大きい、あるいは案件の重要度が高い=絶対に失敗できない”という読みから、現場の課題すら発言しづらくなる傾向があります。

アナログ的な情報伝達経路の限界

今なお根強く残る「FAX」「紙」「電話」ベースのやり取り、属人的な営業訪問。

イノベーションやデジタル化の波は来ているものの、実際には重要な情報のやり取りが“人と人の信頼”や“暗黙の了解”を基盤に展開されています。

このため、現場担当者同士の個人的なネットワークでは本音が語られても、階層が変わった部長クラスには正規ルートしか情報が入ってきません。

これでは“本音”にたどり着くのは難しくなります。

コロナ以降のデジタル化とコミュニケーションの変質

新型コロナウイルス以降、商談や会議がオンライン化され、サプライヤーとバイヤーのリアルな対話が激減しました。

顔を突き合わせてこそ分かる“空気感”や“冗談交じりの本音”がオンライン空間では一切感じられません。

部長レベルでさえ、画面越しの「きれいな発言」「建前」に終始し、持ち帰っても現場へのフィードバックが形骸化しがちです。

この環境下では、ますます“本音”が遠のいていくのです。

現場目線で読み解くサプライヤー“本音”のサイン

“言い淀み”や“曖昧な説明”は何かを隠しているサイン

商談や定例会議で、明らかに言葉を選んでいる、説明をはぐらかしていると感じる場面はありませんか?

こうした現象の裏には、サプライヤーが本音(例えば納期の遅れ、不良率の上昇、コストの限界など)を言いたくても言えない事情が隠れています。

単なる「社交辞令」だと受け流さず、相手の“表情”“間”をしっかり観察する技術が求められます。

繰り返される“前向きな言い訳”に隠れるSOS

「ご要望に添えるよう最善を尽くします」「今検討中です」といった前向きな建前が続く場合、裏ではどうにもならない課題が進行している証拠かもしれません。

部長職だからこそ、こうした美辞麗句の連発には“要注意信号”としてアンテナを張るべきです。

現場スタッフの“一瞬の表情”がヒントに

現場訪問の際、サプライヤー現場スタッフの顔色や態度が急に硬くなった、視線を合わせなくなったと感じたことはありませんか?

部長クラスの訪問は「会社としてかなり大事な話題なんだ」と身構えるサインです。

目の泳ぎや表情の変化こそ、実は現場の本音を見抜く最大のヒントとなります。

部長職でも「サプライヤーの本音」を拾う方法

階層を超えた“現場ネットワーク”の維持

部長となっても、過去に築いた現場レベルのパイプを細くてもつなぎ続けることが非常に大切です。

ときにはサプライヤーの現場社員や中堅クラスと直接意見交換する、現場視察時にも上司同士だけで話さず現場の声を拾いにいく。

組織の壁を“意図的に”低くすることで、本音情報の流入経路を維持できます。

“信頼第一”と“取引の公正さ”を明確に打ち出す

「相談すれば売上が減る、怒られる」と思われては、本音が出るはずがありません。

「課題やリスクは早めに共有しあい、お互いに解決することがパートナー関係だ」という姿勢を、日頃からサプライヤーに伝えつづけることが重要です。

それでも最初は言いにくいはずです。

「隠して業績が悪化するより、困ったことは早期相談、その方が評価される」と明言し続けることで、段階的に本音を言いやすい環境が作られます。

現場・担当者同士の定例“座談会”や“ヒアリング”を導入する

部長職が参加する公式会議だけでなく、現場担当者レベルでの「なんでも相談できる座談会」やオフレコのヒアリングを提案し、定期化するのも有効です。

事前に課題や本音を吸い上げ、会議で「現場ではこういう声が出ていますがどうですか?」と議題にすることで、サプライヤー側も閉塞感が減りやすくなります。

“現場を守る”視点を持つことで本音を引き出す

サプライヤーは取引先の管理職ほど“数字”や“コスト削減プレッシャー”に注目していると考えがちです。

しかし、「お互いに現場の苦労を理解し合い、その負荷をいかに減らせるか」にも本質があります。

「現場が疲弊してきたら遠慮なく言ってほしい」「無理に急かさず品質優先にしたい」など、“人間を大切にする”発言を積極的にすることで、相手の警戒心が緩みやすくなります。

バイヤーを目指す人、サプライヤーの立場で バイヤー心理を知りたい人へのアドバイス

バイヤーは“リスクマネジメントの最前線”

関係者は「より安いものをより早く仕入れる」ことが最優先だと思われがちですが、バイヤーにとっての最大のミッションは“サプライチェーン全体のリスク管理”です。

「現場が苦しい、本音を隠して爆発する前に早く情報が知りたい」という真摯な思いが根底にあります。

サプライヤーの立場でも、「これは今話しておくべき」と判断した悩みや課題があれば、小出しでも良いので早めに相談してみてください。

本音を伝えられる“勇気”に、優秀なバイヤーほど応えてくれるはずです。

“数字の裏”にこだわる意識が信頼につながる

担当者時代には「数字を守ればいい」と考えがちですが、部長クラスは「数字の背後にある現場の心理」「人員体制や工場稼働率」といった非数値情報も重視します。

バイヤーになっても、サプライヤー目線で現場苦労や改善アイディアに関心を持ちましょう。

本音が集まるバイヤーこそ、サプライヤーと最も信頼される存在となります。

まとめ:本音が見える現場と未来志向の製造業へ

部長職になってからサプライヤーの本音が見えなくなる理由は、単なる立場の違いや肩書きの問題にとどまりません。

日本の製造業を支える長期取引文化、アナログな慣習、階層構造、最近のデジタル化コミュニケーション……。

こうした複雑な要素が絡み合い、本音を引き出しづらい構造を生み出しているのです。

しかし、現場目線を持ち続けること、階層を超えたネットワークと信頼関係を大切にすること、そして「数字」だけでなく「人間」を重視する姿勢を大事にすれば、必ず本音は見えてきます。

今後の製造業に不可欠なのは、「建前」だけでなく「本音」をぶつけ合える、真のパートナーシップです。

部長職の皆さま、そしてバイヤーやサプライヤーを目指す皆さま、本音が集まる現場こそが、豊かなものづくりと日本の企業競争力の原動力となることを、強く信じています。

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