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工場の試験導入を本番につなげる——止まる3つの理由と、始める前に決める判定条件・期間・費用

この記事のポイント(結論先出し)
工場での試験導入が本番につながらない原因は、たいてい仕組みの出来ではなく、始める前に決めておくことが決まっていないことにある。目的と続けるかの判定条件が無い、試験の条件(対象の品番・得意先、勤務帯、手直しをしていた人など)が本番と違う、担当者が兼務で試験の後に持ち主がいない、の 3 つが典型である。始める前に、本番の条件とのずれを書き出し、判定条件・期間・費用の区切り方を文字にしておく。費用は試験・本番へ広げる作業・毎月の運用の 3 つに分け、試験の契約は「何を完成させるか」より「何を確かめるか」で書く[3]。IPA のガイドが言うように、仕組みの導入はゴールではなく運用の始まりである[2]。
目次
試しただけで止まる、3 つの理由
FAX の注文書を読み取る仕組みを 1 か月試した、検査記録をタブレットで付けてみた、設備の点検表を電子にしてみた——こうした試験導入のあと、「よかった」「使えそうだった」という感想だけが残り、本番に進むかどうかを決めないまま、紙と表計算の運用に戻っていくことは起こりうる。
DX に取り組んでいても「効果が見えない」と答える中小企業があることは、中小機構の調査にも出ている(数字は最初にデジタル化する業務の選び方の記事で紹介した)。取り組んでいても効果が見えない、という状態は、試験の段階で何をもって効果とするかを決めていないことと地続きである。止まる理由は、だいたい次の 3 つに分けられる。
理由 1:目的と判定条件が無い
情報処理推進機構(IPA)の製造分野 DX の質問集は、失敗の例として、目指す姿を描かずに始めたり、効果を理解せずに始めたりすると、単なる現場の改善で終わるかプロジェクトが頓挫することがある、と挙げている[1]。社長や経営陣が関わらずに現場や一部門だけで取り組んでも、変革につながらず頓挫することが多くなる、とも書いている[1]。試験導入で言えば、「何が変われば本番に進むのか」を経営と現場の両方が知らないまま始めている状態である。
理由 2:試験の条件が本番と違う
試験は、たいてい条件の良いところで行われる。協力的な班、品番の少ないライン、日勤だけ、書式の決まった上位の得意先の注文書だけ、そして導入した会社の人がそばにいて、うまく読み取れなかった分を直してくれる。この条件で良い結果が出ても、本番の条件で同じ結果になるとは限らない。条件のずれは、良い結果が出たときほど見落とされる。
理由 3:担当者が兼務で、試験の後に持ち主がいない
試験の担当は、現場の班長や品質の担当者が本業の合間に受け持つことが多い。試験の期間はそれでも回るが、本番になると、品番や得意先の情報の追加・変更の申請、読み取りを誤った分の手直し、使い方を聞かれたときの対応が毎日発生する。誰がそれを何時間受け持つのかを決めないまま本番に進むと、担当者が忙しい月に止まる。
どの業務を試すかの選び方は工場で最初にデジタル化する業務の選び方の記事で、購買システムに絞った試行の範囲・測る値・本番の決め方は購買システムを試しに入れるときの記事で扱った。この記事は、購買に限らず工場の業務全般で、試験から本番へ渡すときに抜けるものに絞って書く。
始める前に、本番の条件とのずれを書き出す
試験の条件を本番と同じにする必要はない。最初は狭く始めるほうが、うまくいかなかったときの影響を小さくできる。必要なのは、どこがずれているかを書き出し、そのずれを試験のどこかで一度は確かめることである。工場の試験でよく出るずれを並べる。
| ずれやすい条件 | 試験でありがちな状態 | 本番の状態 | 試験の中での確かめ方 |
|---|---|---|---|
| 対象の品番・得意先 | 上位 2〜3 社、決まった書式だけ | 数十社、手書きや書式違いを含む | 書式の違う先を 1〜2 社、最後の 2 週間に混ぜる |
| 勤務帯 | 日勤だけ | 夜勤・休日出勤を含む | 夜勤で少なくとも 1 週は使い、聞ける人がいない時間の詰まりを記録する |
| 手直しをしていた人 | 導入した会社の人が読み取りの誤りを直していた | 社内の担当者が直す | 手直しの件数と 1 件の時間を、誰が直したかと一緒に数える |
| データ | 試験のために整えた品番・得意先の一覧 | 表記ゆれや廃番を含む台帳 | 整える前の台帳で 1 回流してみる |
| 繁忙の度合い | 閑散期の 1 か月 | 月末・期末・繁忙期を含む | 期間に月末を 2 回入れ、件数が最も多い日の処理時間を見る |
| 置き場所と端末 | 事務所の机のパソコン | 油や粉じんのある現場、手袋をした手 | 実際に使う場所に端末を置き、入力の手間を本人に書き留めてもらう |
表の 3 行目は特に抜けやすい。試験の期間に、導入した会社の担当者や社内の詳しい人が、読み取れなかった注文書や誤って判定した画像を黙って直していることがある。その手直しが本番では誰の仕事になるのかを決めないと、本番に入った翌月に処理が溜まる。外観検査に AI を使う場合の判定の残し方と人の最終判断の置き方は外観検査を AI で自動化する前に決めることの記事にある。
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始める前に決める 1:続けるかの判定条件
IPA の製造分野向けのガイドは、仕組みを入れる範囲を決めたら、成果を出すべき測定可能な指標と目標値を決め、入れる前の値(現在値)を調べる、という順番を示している[2]。
工場の試験導入で判定条件にしやすいのは、次のような値である。数字は判定条件の書き方の例で、どの値を目標にするかは会社ごとに決める。
| 試す業務 | 測る値 | 判定条件の書き方の例 |
|---|---|---|
| FAX の注文書の読み取り | 人が直した項目の割合、1 枚あたりの処理時間 | 直した項目が全項目の 1 割以下で、1 枚の処理時間がいまの半分以下 |
| 検査記録の入力 | 成績書への転記の回数、記入漏れの件数 | 転記が 0 回になり、記入漏れが試験前の 4 週より少ない |
| 設備の作業開始前の点検・日常点検の記録 | 点検表の記入漏れの件数、過去の記録を探す時間 | 試験の期間に付けた点検の記入漏れが 0 件で、過去の記録を 1 分以内に出せる |
| 在庫と入出庫の記録 | 棚卸のときの帳簿との差の件数 | 差の件数が試験前の棚卸より少なく、差の理由が全部たどれる |
判定条件には、数字のほかに「本番の条件で確かめたか」を入れておく。前の節の表のずれのうち、試験の中で確かめられなかったものが残ったときは、それが本番で止まる原因になるかどうかで分ける。手直しをする人、夜勤、整える前の台帳のように、確かめないまま本番に入ると処理が止まりうるものが残っていれば、数字が届いていても延ばす。それ以外(たとえば繁忙期の処理時間)が残っているだけなら、条件付きで進み、本番の最初の月に確かめる。止まりうる条件でも、その条件に当たる範囲(夜勤、書式の違う得意先など)を本番の対象から外せるなら、外したうえで条件付きで進む道もある。進む・延ばす・やめるの基準を結果を見る前に書いておく考え方は、購買システムの試行の記事の判断の表の考え方が使える。
設備の点検記録で判定に使うのは、試験の期間中に何度も起きる記録である。労働安全衛生規則は、プレス等を用いて作業を行うときに、その日の作業を開始する前にクラッチやブレーキの機能などを点検するよう定めている(第 136 条)[5]。この条は点検する事項を決めているが、記録する事項や保存の期間までは決めていないので、残す記録は社内で決めた点検表になる。毎日起きる点検なら、試験の期間で記入漏れを数えられる。一方、動力プレスの 1 年以内ごとに 1 回の定期自主検査(第 134 条の 3)[5]は、試験の期間中に起きないことが多い。これは試験の判定に入れず、紙の記録を正の記録として残しておく。定期自主検査で記録して保存する事項は、最初にデジタル化する業務の選び方の記事で扱った。試験の仕組みに点検の欄が無ければ、試験の間は紙の点検表を正の記録として残し、欄を足して欠けが無いことを確かめるまで紙はやめない。
始める前に決める 2:期間
期間は「1 か月」のように切りの良い長さで決めず、その業務の一巡を少なくとも 2 回含む長さで決める。1 回目で見つけて直したことが、2 回目で効いているかを見るためである。購買の試行で締めを 2 回またぐ考え方は購買システムを試しに入れるときの記事に書いた。工場の業務の一巡は業務ごとに違う。
- 受注の入力なら、得意先の発注の山(月末や週初め)を 2 回含む長さ
- 検査記録なら、対象にした品番が全部 2 回は流れる長さ
- 設備の点検なら、作業開始前の点検が毎日回り、月次の点検を 2 回含む長さ
- 在庫なら、棚卸を 2 回またぐ長さ。棚卸が年に 1〜2 回しかないなら、期間中に対象の棚だけを数える日を 2 回設ける
決めた期間の終わりには、本番に進むか・延ばすか・やめるかを決める会議を先に入れておく。延ばす場合は、何を確かめるために何週延ばすのかをその場で決め、延長の回数に上限を置く。終わりを決めない試験は、進むともやめるとも決まらないまま半年続くことがある。
始める前に決める 3:費用の区切り方
費用は 3 つに分けて見積もってもらう
試験導入の見積が安くても、本番に広げる費用が後から出てきて止まることがある。始める前に、費用を次の 3 つに分けて出してもらう。
- 試験の費用:対象を絞った範囲での設定・開発、試験期間中の支援
- 本番へ広げる費用:残りのライン・品番・得意先への展開、台帳の整備、既存のシステムとのつなぎ込み、使う人への説明
- 毎月・毎年の運用の費用:利用料、保守、問い合わせ対応、読み取りや判定の精度が落ちたときの見直し
2 と 3 は試験の時点では概算でよい。大事なのは、試験の結果を見て本番に進むと決めたとき、どこまでの費用が新しく要るのかを、進む判断の前に知っていることである。
試験の契約は「何を確かめるか」で書き、段階ごとに見積を取り直す
民法は、仕事の完成を約束してその結果に報酬を払う請負と、事務の処理を委ねる委任(法律行為でない事務の委託は準委任)を分けて定めている[4]。IPA と経済産業省がまとめた受託開発向けのモデル契約は、ユーザ側の業務要件が確定しておらず、始める時点で成果物を具体的に特定できないシステム化計画や要件定義の段階を、請負には馴染みにくく準委任が適切としている。受入・導入支援や運用テストの段階も準委任としている[3]。
試験導入のうち、試験のための設定や開発の部分は作る段階の契約の型(システム会社に頼む前の記事の表)で考え、現場で試して確かめる部分は、何が完成すれば終わりかを最初から決めにくいので、準委任とするのが自然なことが多い。完成を約束する請負で頼むなら、確かめる項目を「試験の結果の報告書の納品」という成果物の形に落として書く必要がある。契約の書き方が「〇〇システム一式の納品」のままだと、うまくいかなかったときに何をもって完了とするかで揉める。どちらの形でも、確かめる項目、受け取るもの(試験の結果の報告、測った値、うまくいかなかった箇所の一覧、本番に向けた課題と概算)、期間を書いておく。
同じモデル契約は、段階ごとに契約を分け、要件が明確になってから見積り直す考え方を採っている[3]。工場の試験導入でも、試験の結果を受けて本番の見積を取り直す前提にしておけば、試験の段階で本番の全額を約束せずに済む。段階ごとの契約の型、頼む前の範囲の絞り方、見積の比べ方はシステム会社に頼む前に範囲を絞る記事で扱う。
本番に移すときに、持ち主と手順を決める
持ち主と、受け持つ時間を決める
本番に進むと決めたら、その業務の仕組みの持ち主の役割を決め、今その役割を受け持つ人と代わりの人(主と副)を名前で書いておく。持ち主の仕事は、品番や得意先の情報の追加・変更を申請すること(登録と承認はマスタの管理担当など持ち主とは別の人が行う。詳しくは担当者が変わっても回る仕組みの記事)、読み取りや判定の誤りの手直し、使い方の問い合わせへの対応、導入した会社との窓口である。兼務になるなら、週に何時間をこれに充てるかを上司と決め、主が休む日に副がどこまで受け持つかも決めておく。人が替わっても回るようにする手順書・権限・台帳の持ち主の残し方は担当者が変わっても工場の仕組みが回るようにする記事で扱う。
紙をやめる日を決める
本番に入ってからも、しばらく紙と新しい仕組みの両方で記録すると安心だが、両方を付け続けると現場の手間は試験の前より増える。紙をやめる日と、その前に確かめること(記録の欠けがない、過去の記録が引ける、止まったときの代わりの手順がある)を決めておく。法令で保存期間が決まっている記録は、紙をやめたあとも、それまでの紙の記録を保存期間のあいだ残す。どちらを正しい記録(正本)にするかと、並行をやめる日の決め方は、工場のツールが現場で使われない理由の記事の「並行をやめる日」の節に書いた。
導入したあとも、見直す日を入れておく
IPA のガイドは、仕組みが稼働したら効果を上げているかを定量的に評価し、効果が出ていなければ導入した仕組みを見直すモニタリングが要るとしている[2]。仕組みの導入はゴールと思われがちだが、使う側から見れば運用の始まりで、顧客の注文のしかたが変わるといった理由で業務の流れが変われば仕組みと合わなくなり、「システムのためにデータを入力する」状態になる、とも書いている[2]。同じガイドの筆者は、自身の経験として、稼働から半年ほどは 1 か月に 1 回、落ち着いたら 3 か月に 1 回程度の見直しが望ましいとしている[2]。本番に入る日に、最初の見直しの日を予定に入れておく。
よくある質問
1 つのラインでうまくいったので、全ラインに一度に広げてよいですか
ラインごとに品番・設備・勤務帯・担当者が違うなら、一度に広げず、条件の違うラインを 1 本ずつ足す。前の節の「ずれやすい条件」の表を、広げるラインごとにもう一度埋めると、どこで止まりそうかが先に分かる。
試験の結果が良くも悪くもなかったときは、どうすればよいですか
判定条件のうち、届かなかった値と、確かめられなかった条件を分ける。届かなかった値の原因が、対象の選び方や台帳の整え方にあるなら、仕組みを替えても結果は変わらない。確かめられなかった条件は、判定条件の節と同じ基準で扱う。手直しをする人・夜勤・整える前の台帳のように本番で止まる原因になるものが残っていれば延ばし、それ以外なら条件付きで進んで本番の最初の月に確かめる。止まりうる条件に当たる範囲を本番の対象から外して進む道もある。
試験の担当を専任にする余裕がありません
専任でなくてよいが、試験の期間に何時間を充てるかと、その間に止める本業を決める。IPA の同じガイドは、製品開発を扱う別の節で、社内に人材がいない場合は外部の人材から助言や支援をもらうよう勧めつつ、いつまでも外部に頼っていては、変化を受け入れてすぐに変えなければならないときに対応できない、としている[2]。試験の担当を、そのまま本番の持ち主になる人にしておくと、試験で覚えたことが本番に引き継がれる。
試験で使ったデータは、やめたときにどうすればよいですか
工場で気をつけたいのは、成績書の元になった検査記録や、作業開始前の点検の記録が混ざっていることである。試験をやめても、顧客に出した成績書の根拠は残す。作業開始前の点検の記録も、社内で決めた保存期間のあいだ残しておく。仕組みからデータを取り出し、紙の検査表や点検表の側から「この期間の分は取り出したデータにある」と辿れる形で保存する。やめるときに残すものの一般的な考え方は購買システムの試行の記事に、データの取り出し方はクラウドの購買システムをやめる・乗り換えるときの記事にまとめてある。
まとめ
工場の試験導入が本番につながらないのは、目的と判定条件が無い、試験の条件が本番と違う、担当者が兼務で持ち主がいない、の 3 つが重なるときである。始める前に、対象・勤務帯・手直しをする人・データ・繁忙・置き場所の 6 つのずれを書き出し、判定条件・期間・費用の区切り方を文字にする。期間は業務の一巡を 2 回含む長さで決め、費用は試験・本番へ広げる作業・運用の 3 つに分け、試験の契約は確かめる項目と受け取るもので書く。本番に移すときは持ち主の役割と主・副、受け持つ時間を決め、紙をやめる日と最初の見直しの日を予定に入れる。
出典・参考資料
- マンガでわかる製造分野 DX FAQ 編 52 件(独立行政法人情報処理推進機構(IPA))
- 中小規模製造業者の製造分野における DX 推進のためのガイド 製造分野 DX 推進ステップ例(製造分野 DX で 3 つの目指す姿を実現するための秘策)(独立行政法人情報処理推進機構(IPA))
- 情報システム・モデル取引・契約書(受託開発(一部企画を含む)、保守運用)〈第二版〉(独立行政法人情報処理推進機構・経済産業省/2020 年 12 月・2025 年 4 月更新)
- 民法(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
- 労働安全衛生規則(昭和四十七年労働省令第三十二号)(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
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