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工場に入れたツールが現場で使われない5つの理由——二重入力・手袋・持ち主の潰し方

この記事のポイント(結論先出し)
工場に入れたツールが使われなくなるのは、現場の意識が低いからではないことが多い。同じことを 2 回書かされる、手袋や油の付いた手で端末まで歩かないと入力できない、紙や Excel が並行して残って正本が 2 つになる、仕組みの持ち主がいない、何のための入力か現場に伝わっていない、の 5 つが典型である。JIS はユーザビリティを、特定のユーザが特定の利用状況で目標を達成できる度合いと定義し、その利用状況には物理的な環境や組織の環境まで含めている[1]。事務所の机で決めた入力の手順は、騒音と手袋の現場では別物になる。入れる前に現場で 1 回やってみせてもらい、入れた後は「入力されるはずの件数」と「入力された件数」を比べて、使われているかを数で見る。
目次
「現場が使ってくれない」の中身を分ける
受注を入れる画面を作った、検査記録をタブレットで付けられるようにした、在庫の入出庫をバーコードで読めるようにした。それなのに半年たつと、現場は紙の検査表に戻り、事務所の担当者が夕方にまとめて打ち込んでいる。このとき「現場の協力が足りない」で片付けると、次に入れる仕組みも同じ道をたどる。
使われない理由は、たいてい次の 5 つのどれか、または組み合わせである。
- 二重入力:新しい仕組みに入れても、紙や別の表にも書く必要が残っている
- 入力の手間:入力する場所・時・手の状態が、現場の作業と合っていない
- 紙や Excel との併用:どちらが正しい記録なのか決まっていない
- 持ち主がいない:直す人、問い合わせを受ける人が決まっていない
- 目的が伝わっていない:入力した結果がどこで使われるか、現場が知らない
JIS Z 8521 は、ユーザビリティを「特定のユーザが特定の利用状況において,システム,製品又はサービスを利用する際に,効果,効率及び満足を伴って特定の目標を達成する度合い」と定義している。利用状況は、ユーザ、目標とタスク、資源、環境の組合せで、環境には技術的・物理的・社会的・文化的・組織的な環境が含まれる[1]。上の 5 つは、この利用状況のどこかが、導入の前に考えられていなかったことの表れである。
理由 1:同じことを 2 回書かされる
いちばん多いのが二重入力である。検査の結果をタブレットに入れても、顧客に出す成績書は今までの Excel の様式でないと受け取ってもらえない。だから検査員は結局、紙に書き、事務所が Excel に写し、ついでにタブレットにも入れる。受注の画面を作っても、生産計画は別の表で組んでいるので、受注の内容を計画の表にもう一度打つ。こうなると、新しい仕組みは「仕事が 1 つ増えたもの」にしか見えない。
潰し方:入れたものが、そのまま次の仕事に使われるようにする
二重入力を減らすには、新しい仕組みに入れた内容が、次の仕事の材料として出てくる道を先に作る。成績書が必要なら、入力した検査結果から今の様式どおりに出せるかを、入れる前に確かめる。出せないなら、入力の対象を成績書の要らない検査から始めるか、成績書の様式ごと見直すかを決める。
もう一つは、やめる記録を決めることである。新しい仕組みに移したら、紙の検査表のどの欄をやめるのか、事務所の Excel のどの列をやめるのかを書き出す。やめるものが決まっていない導入は、記録を 1 つ増やすだけになる。
理由 2:入力する場所・時・手の状態が、作業と合っていない
工場の入力は、事務所の机の上とは条件が違う。JIS Z 8521 は、利用状況の物理的環境として、建築環境、空間・温熱・聴覚的及び視覚的な条件、安定性及び振動などを挙げている[1]。騒音のある場所、油や切粉の付いた手、手袋、立ったままの作業、離れた場所にある端末は、すべてこの物理的環境に当たる。
手袋と端末の置き場
薬品や油、重量物を扱う作業では手袋が要る。手袋を外さないと押せない画面、細かい文字を打たせる欄は、それだけで後回しにされる。ただし、手袋は「付けたまま入力できればよい」とも限らない。労働安全衛生規則は、ボール盤や面取り盤のように回転する刃物に手が巻き込まれるおそれのあるときは、作業者に手袋を使わせてはならないと定めている[5]。どの場所で、どの手の状態で入力させるのかは、使いやすさだけでなく安全のルールと合わせて決める。
端末の置き場も同じである。検査台から 20 歩離れた事務所の端末でしか入力できないなら、検査員は 10 個分をまとめて紙に書いてから歩く。その時点で、紙が正本になり、端末への入力は写しになる。入力の端末は、記録が生まれる場所に置く。置けないなら、入力の項目を減らし、読み取りや選択で済むようにする。
入力のタイミング
段取り替えの最中、設備が止まった直後、出荷の締めの前など、現場が忙しいときに入力を求めると後回しにされる。後回しになった入力は、夕方にまとめて記憶で付けられ、正確さが落ちる。入れる前に、その記録が「いつ生まれるか」と「いつなら手が空くか」を現場で確かめておく。
潰し方:入れる前に、現場で 1 回やってもらう
JIS Z 8530 は、人間中心設計の原則として、ユーザ・タスク・環境の明確な理解に基づいて設計すること、ユーザが設計と開発の全体を通して関与すること、ユーザの視点からの評価に基づいて設計を改良すること、そのプロセスを繰り返すことなどを挙げている[2]。業務の仕組みについては、実際にそのシステムで作業するユーザが、提案された設計の評価に参加することで設計に影響を与えられ、ユーザの受容性を高め関与を強められるとしている[2]。
工場の言葉に直すと、画面の案ができた段階で、いちばん忙しい時間帯の現場に持っていき、実際の作業の手のまま、実際の置き場所で 1 回入力してもらうことである。事務所の会議室で見せて「良さそうですね」と言われても、それは評価ではない。止まった場所、押し間違えた場所を記録し、直してからもう一度やってもらう。
理由 3:紙や Excel が並行して残り、正本が 2 つになる
新しい仕組みに慣れるまでの間、紙の記録を並行して付けるのはよくあることである。問題は、並行の期間に終わりがないことと、どちらが正しい記録か決まっていないことである。2 つの記録が食い違ったとき、現場は慣れたほうを信じる。管理者が紙を見て判断していれば、現場も紙を付け続ける。
潰し方:どちらを正本にするかと、並行をやめる日を決める
並行運用をするなら、始める前に次の 3 つを決めておく。
- どちらを正しい記録(正本)とするか。食い違ったらどちらに合わせるか
- 並行をやめる日、またはやめる条件(たとえば、2 回の締めで食い違いがなかったら)
- やめた後の紙の様式をどうするか(回収する、印刷をやめる)
管理者が見る資料も、新しい仕組みから出すように切り替える。朝礼や工程会議で配る数字が紙から作られている限り、紙はなくならない。購買の業務について、表計算から仕組みへ移すときに並行で残すもの・残さないものの考え方はExcel の購買業務をシステムに移す順番の記事に、試験的に入れた範囲で同じ取引が 2 か所に残るときの扱いは購買システムを試しに入れるときの記事に書いた。工場の在庫表を表計算からどう移すかは在庫表を表計算で持つ限界の記事にある。
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理由 4:持ち主がいない
導入した会社が設定を終えて引き揚げ、社内でその仕組みを担当する人が決まっていない。画面の項目を 1 つ足したいだけなのに誰に頼めばよいか分からず、現場はあきらめて紙に戻る。品目や取引先の台帳(マスタ)に新しい品番を登録する人が決まっておらず、登録されていない品番が出るたびに入力が止まる。こうした状態では、仕組みは少しずつ現場の実態からずれていく。
IPA の製造分野 DX の解説資料は、失敗例として、目指す姿を描かずに始めること、社長や経営陣が関与せず現場や一部門だけで取り組むことを挙げ、後者は変革につながらず頓挫することが多いとしている[4]。現場だけに任せても、経営の号令だけでも続かない。
IPA の調査でも、現場が主体となった取り組みを進めるための施策として、日本は「経営層からの発信・奨励」の回答率が米国・ドイツより高い一方、「推進役の選定・任命」はやや低い。報告書はこれを、号令はかけるが具体的な推進や評価が伴わず、実行力に欠ける場合が多いと読んでいる[3]。ドイツは推進役を置くことで、現場に任せきりにせず、ある程度コントロールしながら進めようとしているとも書いている[3]。
| 現場が主体となった DX の取組状況 | 日本 | 米国 | ドイツ |
|---|---|---|---|
| 広く取り組まれている | 8.3% | 46.3% | 24.9% |
| 取り組まれていない | 32.3% | 11.0% | 15.0% |
表の数字は、ノーコード・ローコードの道具による現場の開発やクラウドサービスの利用など、現場が主体になった取り組みについて尋ねたものである[3]。分母は、何らかの形で DX に取り組んでいると答えた企業で、製造業に限らない。日本の回答者は、企業の経営層または ICT 関連事業部門である。同じ調査で日本の企業は、現場主体の取り組みの短所として、仕組みが乱立して管理が複雑になりコストが増えること、現場が独自に入れた仕組みが基幹システムとつながらないこと、その安全対策が不十分なことを特に高く挙げている[3]。
潰し方:持ち主を役割で決め、今の担当者を名前で台帳に書く
工場の仕組みの持ち主は、情報システムの担当者でなくてよい。その記録を毎日使う現場の班長や、事務所の担当者がよいことも多い。持ち主は「品質の記録担当」のように役割で決め、いまその役割に就いている人(主)と代わりの人(副)を、名前で仕組みの台帳に書いておく。人が替わったときに書き換えるのは台帳の名前だけで済む。その役割として決めておくのは次のことである。
- 画面や項目を直したいという声を、誰が受けるか
- 台帳(品番・取引先・設備など)の変更を、誰が申請し、誰が承認して登録するか
- 入力されていないものを、誰が、いつ見つけて声をかけるか
- 導入した会社や外注先に連絡する窓口は誰か
持ち主が異動や退職でいなくなっても回るようにする手順は、担当者が変わっても工場の仕組みが回るようにする記事で扱う。人が入れ替わるときのアカウントの作り方・止め方はアカウント管理の記事にある。
理由 5:何のための入力か、現場に伝わっていない
現場から見ると、入力は手間で、その結果がどこで使われているのか見えないことが多い。検査の記録を入れても、それが不良の傾向の分析や顧客への回答に使われていることを検査員が知らなければ、入力は「事務所のための作業」になる。
IPA の製造分野 DX の解説資料は、デジタル化に抵抗する人への対応の事例として、まず若手を対象にデジタルデータによる見える化を進める、入退室の管理のように簡易で必須なところから少しずつデジタル化する、社長が強くトップダウンで進める、といった例を挙げている。さらに、5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の整理・整頓と結び付けて普及させる方法も紹介している[4]。データの取り方については、手作業の多い工程より自動化されている工程から始めたほうが費用対効果がよく、職人の作業の見える化も協力してくれる職人を優先して進めるのがよいとしている[4]。
潰し方:入力した人に、結果を返す
入力の目的は、入れる前に現場に説明するだけでは伝わりにくい。効くのは、入力した人に結果を返すことである。
- 検査員が入れた記録から作った不良の集計を、月に 1 回、その班に見せる
- 入出庫の入力がそろったことで棚卸の時間がどう変わったかを、数えて伝える
- 受注の入力が早くなったことで、出荷の確認の電話がどう変わったかを共有する
導入を決める前に「入力したものが集計されて誰かの判断に返るか」を確かめる観点は、中小の製造業が生産管理システムで最初に入れる範囲の記事で扱った。ここで書いたのは、入れた後に返す運用のほうである。
現場の誰が何をどの段階までできるかを表にして教育に使う考え方はスキルマップの記事に書いたが、新しい仕組みの使い方も同じで、使える人を数え、教える人を決めておくと定着しやすい。
使われているかを、数で見る
「使われていない気がする」は、気づいたときにはもう紙に戻っていることが多い。入れた直後から、数で見ておく。
| 見るもの | 数え方の例 | 疑うべきサイン |
|---|---|---|
| 入力の漏れ | 入力されるはずの件数(検査した数・受けた注文書の枚数)に対する、入力された件数 | 週ごとに割合が下がっていく |
| 入力の遅れ | 記録が生まれた時刻と、入力された時刻の差 | 夕方や翌朝にまとめて入っている |
| 並行の記録 | 紙の様式の印刷枚数、Excel の更新日 | やめたはずの紙が減らない |
| 使う人の偏り | 入力した人ごとの件数 | 特定の 1 人が全部入れている |
| 止まった場所 | 途中で保存されたまま終わっていない入力、問い合わせの件数 | 同じ画面で同じ質問が続く |
JIS Z 8521 は、ユーザビリティを効果・効率・満足で表し、効率の資源として時間・人間の労力・コスト・材料を挙げている[1]。入力の漏れは効果の、入力にかかった時間や手間は効率の目安になる。満足は現場の受け止め方なので、数とは別に、入れた後の早い時期に班長や作業者から聞き取っておく。
「特定の 1 人が全部入れている」は見落とされやすい。現場の代わりに事務所の誰かが入力しているなら、表向きは使われているが、二重入力と同じことが起きている。その人が休むと止まる。
入れる前に、確かめておくこと
ここまでの 5 つの理由は、導入の後に対処するより、入れる前に確かめたほうが安い。入れる前のチェックをまとめると次のようになる。
- 新しい仕組みに入れた内容が、次の仕事(成績書、計画、請求)にそのまま使えるか
- やめる紙・やめる Excel の列が決まっているか
- 入力する場所・時・手の状態を現場で確かめ、安全のルールと合っているか
- いちばん忙しい時間帯の現場で、実際に 1 回入力してもらったか
- 正本はどちらか、並行をやめる日はいつか
- 持ち主の役割と、今の担当者(主・副)の名前が台帳に書いてあるか。台帳の変更を申請する人と、承認して登録する人が決まっているか
- 入力した人に、結果をどう返すか
このうち答えが出ないものが多いなら、範囲が広すぎる可能性がある。システム会社に頼む前に業務を 1 つに絞るやり方はシステム会社に頼む前に範囲を絞る記事に、最初に手を付ける業務の選び方は工場で最初にデジタル化する業務の選び方の記事に書いた。
よくある質問
年配の職人が新しい仕組みを嫌がります。どうすればよいですか
まず、嫌がっている理由が上の 5 つのどれに当たるかを聞く。「面倒だ」の中身が二重入力や手袋の問題なら、それは仕組みの側で直せる。IPA の資料は、若手から見える化を始める例や、職人の作業の見える化は協力してくれる職人を優先して進める考え方を挙げている[4]。そのうえで、嫌がっている職人には入力を頼む前に、ほかの人の記録から作った集計を先に見てもらう、という順番も考えられる。職人の判断が記録に残ることで本人の仕事がどう楽になるかを、具体的に示せるとよい。
紙を完全になくさないといけませんか
なくす必要はない。現場の掲示や、設備の横に置く点検表のように、紙のほうが合っている場面もある。大事なのは、同じ記録を紙と仕組みの両方に付けないことと、どちらが正本かを決めておくことである。
使われていないと分かったら、別のツールに替えるべきですか
替える前に、使われない理由を確かめる。理由が利用状況の側(置き場、タイミング、持ち主、並行の記録)にあるなら、ツールを替えても同じことが起きる。理由がツールの側(必要な出力が出せない、現場の条件で操作できない)にある場合に限って、替えることを考える。試験的に入れたものを本番に移すかどうかの決め方は工場での試験導入を本番につなげる記事で扱っている。
入力させるより、AI で自動で読み取れば済むのではありませんか
読み取りで入力の手間は減らせるが、読み取った結果を誰が確かめるか、読み取れなかったものを誰が扱うかを決めないと、確かめる仕事が誰のものでもなくなる。読み取りを入れる場合も、持ち主と正本の決め方は同じである。
まとめ
工場のツールが使われなくなる理由は、二重入力、入力する場所・時・手の状態のずれ、紙や Excel との併用、持ち主の不在、目的が伝わっていないこと、の 5 つに分けられる。どれも、事務所で決めた手順を現場の利用状況で確かめていないことから起きる。入れる前に、やめる記録と正本を決め、いちばん忙しい現場で 1 回入力してもらい、持ち主を役割で決めて今の担当者(主・副)の名前を台帳に書く。入れた後は、入力されるはずの件数と入力された件数を比べて、使われているかを数で見る。
出典・参考資料
- JIS Z 8521:2020 人間工学-人とシステムとのインタラクション-ユーザビリティの定義及び概念(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧)
- JIS Z 8530:2021 人間工学-人とシステムとのインタラクション-インタラクティブシステムの人間中心設計(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧)
- DX 動向 2025 日米独比較で探る成果創出の方向性(独立行政法人情報処理推進機構(IPA)/2025 年 7 月 9 日 第 2 版)
- マンガでわかる製造分野 DX FAQ 編(独立行政法人情報処理推進機構(IPA)/2022 年 6 月 6 日改訂)
- 労働安全衛生規則(昭和四十七年労働省令第三十二号)(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
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