投稿日:2025年9月28日

無理な同時進行で複数システムを導入し混乱した中小企業の事例

はじめに:製造業のデジタル改革、その影と光

多くの中小製造業が「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の波にのまれ、時流に遅れないようシステム導入に奔走しています。
しかし、「効率化」「見える化」「省人化」という美辞麗句の裏側で、かえって現場が混乱し、逆効果となる事例も少なくありません。

本記事では、昭和の手作業主義が根強く残る現場が、複数システムを同時並行で導入したことで陥った混乱の実例と、その教訓から得られる現場目線のポイントを解説します。
製造現場のリアリズムを交えて、バイヤー志望の方、現役の購買担当者、サプライヤーの方々にも役立つ「本当のDX推進」について考えてみましょう。

なぜ複数システム導入が同時進行するのか

経営層の焦りと現場の温度差

背景には経営層の危機感があります。
「古いやり方では次世代に勝ち残れない」「他社もDX化を進めている」「納期や品質要求の多様化・高度化に対応しなければ」。
こうした思いから、基幹系(ERP)、調達購買、生産管理、品質管理、在庫管理、IoT機器など、複数のシステムを一気に導入しようとしがちです。

一方、現場には「これまでのやり方のほうがやりやすい」「システムに詳しい人が少ない」という心情が根強くあります。
この”温度差”が混乱の根本的な要因となっています。

ベンダー提案の「全部乗せ」罠

ITベンダーやコンサル会社のパッケージ提案も混乱を助長しています。
「せっかくならこれも」「どうせやるなら全部まとめて」。
結果、個別最適のまま多数の部分システム導入となり、システム間連携やマスターデータの統合、運用ルールの標準化などが後回しになります。

実際に起きた中小企業の混乱事例

事例1:複数システムの乱立と現場の疲弊

ある精密部品メーカーでは、急きょ調達システム、在庫管理システム、製造実績収集システムを同時に導入しました。
結果、各システム間でデータの取り扱いルールが異なり、「Aシステムでは3桁品番、Bシステムでは4桁品番」「納品日付のタイムゾーンの扱いが違う」など小さな齟齬が積み重なります。

その都度、現場担当者がエクセルでデータを手作業で変換し直す羽目になりました。
「これなら前のやり方のほうがマシだった」と現場は疲弊しますが、「せっかく導入したのだから」と後戻りできずに運用トラブルが慢性化しました。

事例2:拡張性なき部分最適化の限界

中堅プラスチック加工メーカーは、コロナ禍でリモートワークを見越し、見積管理・調達管理・稼働監視システムをそれぞれ別のベンダーで導入しました。
当初はそれぞれの領域で便利になったものの、数年後、サプライチェーン全体の最適化や全社的な需要予測をしようとした時、「システム間がつながっていない」ことが大きな壁に。
結局、全データを人海戦術でExcelにまとめて分析するという、昭和型の手作業に逆戻りしました。

現場目線で考える、システム導入成功の要諦

1. 最初に「現場の困りごと」から着手する

システム化で本当に解決したい現場課題を明確にしましょう。
たとえば、「手書き伝票の転記ミス削減」「納品状況の即時見える化」などです。
経営層が成果イメージを押し付けるのではなく、現場で小さな成功体験を積むことが肝要です。

2. フェーズごとに機能追加、段階的に進める

理想は大きく描く一方、現場の混乱を避けるため、「まずは見積業務のみ」「次は購買管理も」など機能追加を段階的に進めます。
特徴の違う部門システム同士を無理に同期させるのではなく、将来的に統合しやすい拡張性のある設計を心がけてください。

3. マスターデータ統一なしでのシステム導入の危険性

多くの混乱は、「品番コード」「取引先マスター」「作業指示書」などの名寄せや定義統一を怠ったままシステム導入に突入することで発生します。
まずは全社レベルでのマスターデータの棚卸と標準化を徹底しましょう。

4. 検証・運用試行フェーズを飛ばさない

現場とIT部門が協働し、まずは「試用環境(テストベッド)」で運用パイロットを実施し、想定外のトラブルや現場の声を吸い上げながら段階的に本稼働を進めてください。
結果、「あっちのシステムではできたのに、こっちでは出来ない」などの“仕様ズレ”が早期に見つかり、後戻りのリスクを減らせます。

バイヤー・購買担当者視点で気を付けたいポイント

システム導入でサプライヤーにも波及する影響

購買システムの仕様変更やEDI化は、発注先サプライヤーの業務にも大きな影響を及ぼします。
納入ラベル仕様や納品書データフォーマットが変更になり、「受注側が間違える」「サプライヤーと摩擦が生じる」といったトラブルが多発します。
従来紙とFAXでのやりとりから一気にクラウドに切り替える場合、移行期間を十分設け、「両対応期間」をつくるなどの配慮が必要です。

サプライヤーから見た“バイヤーの業務効率化”

現場工程を知らないまま一方的にシステム化を言い渡すと、「そんな急に言われても現場が対応しきれない」「納品ミスや遅延が発生する」といった問題が起こります。
購買・バイヤー部門は、現場担当者・サプライヤーとのコミュニケーションを密に取り、「現場の工数がどう増減するのか」「現状業務とのギャップがどこにあるのか」をよく吸い上げてください。

サプライヤーが知っておくべきバイヤーの本音

バイヤー側も「ただラクをしたい」「効率化したい」だけではありません。
「取引データのトレーサビリティ確保」「ガバナンス強化」など、法規制対応や品質管理の観点でのシステム化が必要となる場合も多いです。
サプライヤーも単なる受け身でなく、「我が社の業務効率にもつながる部分提案」「データ連携の標準化を一緒に考える」など、協力的なスタンスで臨むことが強いパートナーシップに繋がります。

混乱を招かないための「新・ラテラル思考」的解決策

現場と経営層の間に“アンカー”を立てる

システムの「現場代表」と「管理部門担当」が中立的な立場で議論し、双方の要望や懸念を整理しながら“折衷案”を積み上げていくことが混乱防止のカギとなります。
「どちらかの言い分に振れてしまう」と現場も経営も不満が残るため、この“アンカー”役を置く仕組みが肝心です。

いまだに根強い昭和の「なあなあ運用」脱却を目指す

古き良きノウハウ、「なあなあ」「口約束での帳尻合わせ」が利かないデジタル運用だからこそ、「運用マニュアル」「帳票の定義」「問い合わせ窓口」など、明文化や仕組化の徹底が必要です。
逆に、こうした基本の「見直し」から着手することで、地に足のついたDXのスタートが切れます。

地道に“現場検証→本稼働→改善”のPDCAサイクルを回す

一度にすべてを変えようとせず、「現場の声→課題改善→次フェーズへ」と小さな成功事例を積み上げるアプローチこそが、中小企業にこそ合ったDX推進の王道です。
無理に欧米流のビッグバン型改革を真似る必要はありません。
持続的成長のための“地に着いたシステム活用”を目指しましょう。

おわりに:混乱の先にある、ほんとうの生産性向上へ

無理な同時進行システム導入は、現場の混乱や疲弊を招く一方で、「現場ファースト」「段階的導入」「コミュニケーション」「マスターデータ整備」「サプライヤー巻き込み」の五本柱を軸に地道に進めることが、一歩ずつでも確かなDX推進の近道となります。
長年の現場経験から断言できるのは、“昭和流の良さ”も現代のデジタルも、両方を取り入れてこそ、バイヤー・サプライヤー・現場の三位一体の成長が実現するということです。
製造業の現場で働く方、バイヤー志望の方、サプライヤーの皆様、それぞれの立場で“現場目線のシステム活用”を進めていきましょう。

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