投稿日:2025年6月13日

機械・装置・設備の異常診断・故障予知技術とその応用事例

はじめに:製造現場を変える異常診断・故障予知技術

長年、製造業に従事している中で、現場で最も大きな課題と感じるのが「機械の突発的な故障」です。

設備トラブルは生産の遅延やコスト増、品質不良の直接的な原因となるだけでなく、従業員の士気やお客様との信頼にも大きな影響を及ぼします。

近年、第四次産業革命(インダストリー4.0)の流れとともに、AIやIoT(モノのインターネット)、ビッグデータといった最新技術を活用した異常診断・故障予知技術が急速に進化しています。

本記事では、昭和から長らく続く“突発トラブルは現場のカンと経験でなんとかする文化”から脱却し、デジタルの力で機械の異常や故障を未然に防ぎ、継続的な改善を目指すための最新知見と事例を、現場目線で深掘りします。

製造業に従事する方や、調達・購買担当者、またはサプライヤーの立場でバイヤー視点を知りたい方へ、実践的に役立つエッセンスをお伝えします。

異常診断・故障予知とは何か

昭和の現場とデジタル革命

かつての製造現場では、「ベテラン作業者の耳で異音を聞き分ける」「日頃の点検記録に頼る」といった方法が主流でした。

昭和・平成の時代には、それが当たり前でしたが、工場の規模が拡大し、機械化・自動化が進むなかでは個人の経験や属人的な判断だけでは限界がきています。

現代では、IoTセンサーやAI、ビッグデータ解析などにより、「データで異常の兆候をつかみ、予知して、手を打つ」ことが可能になりました。

異常診断・故障予知技術とは、機械や設備に取り付けた各種センサーから得られる大量のデータ(振動、温度、電流、音波、画像など)をもとに、正常時と異常時の違いを学習し、“まだ壊れる前”の微細な変化を捉えて警告を発する技術です。

導入のメリット

異常診断・故障予知技術を活用することで、以下のようなメリットが得られます。

– 突発故障の防止によるダウンタイム(生産停止時間)の大幅削減
– 修理コストや緊急対応のコスト低減
– 装置寿命の最大化と計画的なメンテナンス実現
– 品質不良の低減、安定生産への貢献
– ベテラン作業者のノウハウをデジタル化し、組織全体で再現・展開できる

異常診断と故障予知の技術手法

1. 見える化とデータ収集:IoTセンサーの活用

はじめの一歩は「見える化」です。

例えば、生産ラインのモーター、ポンプ、コンベア、減速機、加工機など、異常や故障が生じやすい主要設備に、振動センサーや温度センサー、電流計、マイクなどを後付けします。

現在では安価でワイヤレスなセンサーも普及しており、昭和型のメンテナンスルーチンから一歩踏み出す障壁は格段に下がりました。

クラウドやローカルサーバーにデータを集約し、ソフトウェアによって「標準時」と「異常値」の比較がリアルタイムで自動的に行われます。

2. 異常検知:閾値設定・AIによる学習型アプローチ

大まかに二つのアプローチに分かれます。

① シンプル閾値設定:
過去のデータに基づき、“この値を超えたら異常”という基準(しきい値)を設けます。

昭和の現場管理でよく使われてきた方法で、導入のハードルは低いですが、新たな異常パターンには弱いという欠点があります。

② AI・ML(機械学習):
近年ではAI・ディープラーニングを活用し、「膨大な正常データ」と「過去の異常発生時のデータ」を分析することで、人が気付かないパターンや微細な“兆し”まで把握できます。

単純な閾値では見落としがちな「初期異常」や、従来のノウハウでは対処しきれない新たな症状にも柔軟に対応できます。

3. 故障予知:残存寿命推定

単なる異常検知止まりでは、現場は忙しくなるばかりです。

真の狙いは「いつまで設備が安全に使えるか」を精度高く予測することにあります。

予知技術では、現在のデータに加えて、過去の運転履歴や修理記録、設備の設計スペックなどを掛け合わせ、「あと何時間運転したら危険か」「どの部品が先にリスクが高いか」を数値化できるようになります。

また、劣化具合に応じて、最適な時期に計画的なメンテナンス(予防保全、条件監視保全)を提案します。

昭和的運用からの脱却に立ちはだかる壁と課題

1. “アナログの壁”をどう超えるか

多くの現場では「デジタル化の必要性は理解しているが、現実には手が回らない」「現場スタッフがパソコンやデータ分析に不慣れ」といった声を多く耳にします。

この背景には、強い昭和型文化、属人的なノウハウ依存、投資コストに対する不安、そして取引先や上層部との調整不足という根深い課題があります。

一歩を踏み出すためには、部分的な見える化による小さな成功体験の積み重ねや、現場リーダーへの説明責任、“現場に寄り添ったベンダー選定”が極めて大切です。

2. データ活用人材の育成

せっかくデータを貯めても、日常運用に活かせなければ意味がありません。

IT部門や生産技術部だけに任せるのではなく、現場スタッフが「実際にデータを見て、機械の声を聞く」習慣をつけることが必須です。

機械・装置メーカーによる現地トレーニング、社内勉強会、OJTを通じた人材育成が今後ますます重要となります。

異常診断・故障予知の応用事例

1. 加工装置:スピンドルの振動監視

機械加工の現場ではスピンドル(主軸)の振動は命綱です。

振動センサーとAI解析を活用し、通常運転のデータから「わずかな振動異常」「異音パターンの変化」を自動で察知します。

これにより「工具が摩耗し始めている」「チャックの摩耗によるバランス崩壊」など、従来はベテランしか気付けなかった故障兆候を正確に把握。

予知されたタイミングで計画的な工具交換や調整を行い、突発停止を大幅に減少できた実績があります。

2. 半導体・電子部品工場:真空ポンプの遠隔監視

クリーンルーム内では設備の突発停止が致命的なロスになります。

真空ポンプや冷却装置などにIoTセンサーを設置し、「圧力」「温度」「電流値」の増減から“寿命予兆”を推定。

これにより「次回メンテナンスまで安全に稼働するリスクフラグ」「予想外の早期劣化」の迅速な対応が可能となり、品質事故・納期問題の未然防止を実現しています。

3. プレス工場:油圧装置の予兆保全

油圧機器は経年劣化によるシール材やポンプの摩耗があり、異常監視がカギを握ります。

センサーによる圧力変動とオイル温度監視により、異常な圧力低下やオーバーヒートを早期検知。

事前に対象部品の交換計画を立てることで、不良発生や生産ロスを最小化しています。

バイヤー・サプライヤー双方の視点から異常診断技術の重要性

バイヤー(購買・調達側)の視点

近年は、サプライチェーン全体で安定品質・安定納期を求める要求が高まっています。

バイヤーとしては「納入機器の稼働率が高い=生産計画が乱れない」「トラブルによる納期遅延リスクを低減できる」ことが最大の関心事です。

異常診断・故障予知技術を積極活用しているサプライヤーは、“安定生産・高信頼”のパートナーとして評価され、取引継続の大きな判断材料となっています。

サプライヤー側が意識すべきポイント

サプライヤーとしては、現場の「止まらない」価値をどこまで保証できるかが差別化のカギです。

・「自社工場での導入実績」
・「故障予知による安定納期達成率」
・「設備トラブル時の即応支援体制」

こういったアピールポイントを準備し、納入先バイヤーに対して「自社の故障予知・予兆保全の仕組み」を積極的に開示することで、信頼性を高めることができます。

また、万一のトラブル時は、データ履歴に基づいた迅速な原因特定(トラブルシューティング)を迅速に実施し、納期への影響を最小限に抑える対応力が極めて重要です。

今後の展望と新たな取り組み

異常診断・故障予知技術は、単なる工場の「お守り」から、経営レベルの競争力そのものへと進化しています。

今後は「AIによる異常発生パターンの自動蓄積と共有」「クロスファクトリー(複数拠点横断)での故障傾向の分析」「サプライチェーン全体でのトラブル兆候の早期共有」などが求められます。

さらに、異常兆候を察知した際にはサプライヤー連携や予備品調達などを“自動で提案・発注”する仕組み(スマート調達)も今後重要になってくるでしょう。

日本の製造業の底力は、現場の高い技術力と情熱に支えられてきました。

しかし、グローバル競争の中で生き残るためには、デジタル技術の力を借りて、“ヒトと機械とデータ”が連携できる新しいスタンダードを築くことが急務です。

まとめ

機械・装置・設備の異常診断・故障予知技術は、もはや一部の先進企業だけのものではありません。

すべての現場に関わる人が「自分ごと」として取り組み、部分最適から全体最適へとシフトしていくことで、真に強い製造現場が生まれます。

昭和から続く文化に敬意を払いながらも、今こそ“現場力×デジタル力”で新しい地平を切り拓くときです。

一歩踏み出して異常診断・故障予知技術を導入・活用し、次世代のものづくりを支える現場の主役となりましょう。

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