投稿日:2025年12月13日

設備が老朽化すると不良傾向が読めなくなる現象

はじめに:製造現場での「見えない劣化」と向き合う

製造業の現場では、品質管理・安定生産が最重要テーマの一つです。
多くの工場で「設備とヒトが最大の財産」と語られてきましたが、両者とも例外なく“劣化”や“変化”とは無縁でいることはできません。

とりわけ、設備の老朽化は工場の安定稼働に重大なリスクをもたらします。
設備が新しいうちは、日常点検や定期メンテナンスで想定される故障や不良傾向を比較的容易に予測・抑止できます。
しかし、老朽化が一定レベルを超えると、調達購買・生産管理・品質管理に携わるいずれの担当者にも「なぜこんな不良が」「なぜ突然止まるのか」といった根本原因の見えないトラブルが急増します。

本記事では、メーカーの現場責任者として20年以上経験を積み重ねてきた立場から、設備の老朽化が「不良傾向を読めなくする」現象に焦点を当てます。
現場観点で起こるギャップ、なぜデータが通用しなくなるのか、サプライヤーやバイヤーはどう対応すべきなのかを深掘りし、製造業の未来に向けた打ち手を考察します。

設備老朽化が招く“不可視”の不良発生メカニズム

なぜ不良傾向の「予兆」が見えなくなるのか

設備の老朽化が進むにつれ、不良品の発生が「突発的」かつ「無秩序」に現れ始めます。

新品の設備では、定常的な不良パターン(たとえば寸法外れや異物混入など)は過去の統計やセンサー履歴から安定して管理できます。
一方、老朽設備の場合、摩耗・劣化した部品が突然バランスを崩す、微妙なガタやゆるみが累積し続けることで、「過去と同じ作業条件」で「全く違う不良傾向」を示すケースが増えます。

この現象は、以下のようなプロセスで起こります。

  • 長年の使用により各部品の「公差範囲」が極限まで近づき、遊びやがたつきが生じる。
  • 一見通常稼働していても、ミクロな歪み・振動が新たな不良因子となる。
  • 設備全体のデータバランスが崩れても、データシートや帳票には明確な異常傾向が出にくい。
  • 従来の不良傾向 “以外” の症状が多発し、「予測の通用しない不良」となる。

私自身、長年稼働してきたプレス機や射出成型機で、「毎月必ず出るはずの定番不良が一切消えた」と安心した直後に、今まで経験したことのない“新種の不良”に見舞われ、原因究明に数ヶ月費やしたことが幾度もあります。
このような不良は、ベテラン技能者でも“肌感覚”で事前に察知できず、検査工程からの警告・品質統計の異常からようやく発覚するという順序になります。

アナログ文化と人間依存の落とし穴

日本の製造業、とりわけ昭和から続くアナログ現場では、「熟練者の勘」が最大の武器でした。
実際、古参作業者が騒音・異音・臭い・感触から機械異常をいち早く検知し、大事故を未然に防ぐ例は枚挙に暇がありません。

しかし、設備の“見えない劣化”は、この勘や経験が通用しない領域に到達します。
老朽化が進行すると、異音やバイブレーションそのものも「日常」レベルとして慣れてしまい、
「ちょっとおかしいけど、昔からこうだった」「毎日の事だから気にしなくなった」
と異常を見逃す土壌が生まれやすくなります。

また、属人的な対応に頼ることで、設備ごとの“不良履歴”“傾向の変化”が組織的に蓄積されにくく、異動や退職によってノウハウが消失します。
これらの現象が複合的に絡み合い、ますます「不良傾向が誰も読めない工場」という負のループが形成されてしまうのです。

老朽設備がデータ活用・AI化の壁になる理由

過去帳票・品質データが役に立たなくなる現場

近年、多くのメーカーで製造ビッグデータやAIを使った不良予兆管理が進んでいます。
このトレンドは確かに製造品質の安定、歩留まり向上に大きな期待が寄せられています。

しかし「設備老朽化の壁」に直面した現場では、こうした取り組みが機能しないケースも多いです。
なぜなら、
・老朽設備特有の経年変化は、過去の正常データや不良データに“存在しなかった”新しいパターンである
・センサーや計測装置自体も経年劣化しており、取得データにノイズや狂いが混入している
・適切な点検記録や異常履歴の積み重ねがなく、「いつ」「どう変化したか」が曖昧
といった事情で、AIが適切な学習を行うための“良質な教師データ”がそもそも得られません。

結局、
「AIやIoTに期待したのに、読み取ったはずの異常サインが突然消えた」
「データ上は正常なのに、突発不良が止まらない」
という状態に陥り、現場担当者からは
「結局、また経験と勘に戻るのか」
という嘆きの声が上がることも珍しくありません。

見落とされがちな「測定器・治工具」老朽化の影響

もうひとつ、現場目線で見逃されやすいのが“測定機器・治工具”の経年変化です。

・ノギスやマイクロメーターなどの測定具自体が摩耗して規格外になっている
・ゲージや治具の摺動部ががたついて、合否判定の信頼性が下がっている
・センサー以外の配線劣化やコントロールパネルの接点不良で、「正しい信号」が取得できていない
こういった老朽化まで意識して管理できる現場はごく一部です。
結果、
「検査装置が正常と判定したものだけに品質不良多発」
「真の異常要因を見逃し続けたまま歩留まり低下が進行」
という「二重の見えないリスク」を抱え込む形になります。

バイヤー・サプライヤーの立場から考えるべき課題

サプライヤー視点:「なぜ不良が急増したのか」への説明責任

設備老朽化と不良傾向の変化は、サプライヤー側にとっては「説明責任」というプレッシャーを大きくします。

発注側のバイヤーからすれば
・今まで何年も安定納入されていた同一部品で、なぜ突然流出不良が増えたのか
・「設備の老朽化による突発不良」という説明は通用するのか
・今後の再発防止はどう見込めるのか
など厳しい目で追及されます。

しかし実際の現場では、「なぜ突然」「過去と異なる不良傾向」に対する根本原因分析は非常に難しいのが現実です。
経営判断としても、
・そもそも老朽化設備を高額投資で一新すべきか、部分的に延命策をとるべきか
・投資しない場合の品質トラブルリスクとコスト削減のバランス
・“アナログな現場力”をどう補うか
といった論点も絡み、最適解がありません。

バイヤー視点:「設備更新」の見極めが調達力を左右する

バイヤー(調達購買担当)にとっては、サプライヤーの設備状況・老朽化度合いまで踏み込んだ調査・評価力が今後ますます重要になります。

・単に「コストが安いから」「過去実績があるから」だけでなく、「何年物の設備で作られているか」「設備保守記録・部品交換の履歴は適切か」まで審査
・老朽設備に頼るサプライヤーが現場主義だけで突発不良を招きやすい体質かどうかチェック
・リスクシナリオを複数用意し、代替サプライヤーや多拠点分散も視野に入れる

現代では、サプライチェーン途絶や品質事故が企業経営の命取りにもなりかねません。
徹底した「現場密着型のサプライヤー監査」「設備投資計画ロードマップの開示要請」など、今まで以上に深度ある管理姿勢が求められます。

現場の「昭和的アナログ感覚」と「デジタル転換」のせめぎ合い

アナログの強さと危うさ:人間力の再評価

率直に言えば、「昭和的アナログ」な現場には、いまだに日本製造業を支えてきた“現場力”の財産があります。

・熟練工が日々異常に気付き、即時に修正対応できる
・弱い信号・性能低下を“作業感覚”で補正できる
・膨大な生産バリエーション、少量多品種の現場にアジャイル対応できる

実際、すべてをデジタル化・自動化しても、ラストワンマイルの現場調整はヒトの感覚に頼らざるを得ません。
とはいえ、「データでは判別できない不良」を“感覚だけ”で乗り切る時代にも限界がきています。

現場のアナログ文化とデジタル活用の融合が、今まさに問われているのです。

「壊れる前提」の新しい保全思想へ

欧米のプロアクティブ保全思想では、「設備は消耗品」「必ず壊れる。壊れる前に交換する」という発想が常識です。
日本の現場はどうしても
「まだ使える」「壊れてから修理で大丈夫」
という“耐用年数MAXまで使い切る”精神が強く、
だからこそ「不良傾向の予知不能ゾーン」に追い詰められることになります。

今こそ
「壊れるまで使う」から「壊れる前に計画的に手を打つ」
「感覚で読む」から「極小さなデータサインをキャッチして先回りする」
へのマインド変革が求められます。

まとめ:不良傾向を“読める工場”になるために

設備老朽化による「不良傾向が読めなくなる」現象は、単なる設備更新や点検強化だけでは解決しない複雑な課題です。

これからの製造業には
・現場の些細な異常を逃さずデータ化し、異常検知技術にフィードバックする
・熟練者のノウハウを形式知・デジタルナレッジとして蓄積する
・サプライヤー・バイヤーが共通目線でリスク・現場課題を可視化し合う
といった、ラテラルシンキングと現場起点の仕組みづくりが不可欠だと強く感じます。

昭和から続く“アナログの良さ”と、最先端の“データサイエンス”の両輪で、“不良が読める・予兆できる現場”にシフトすること——。
それが日本の製造業が世界と戦い続ける条件と言えるでしょう。

これまで現場を支えてきた皆さま、そしてこれから現場の未来を担う皆さまが、どうか「設備老朽化の見えない罠」に落ちず、確かな一歩を踏み出してくださることを願ってやみません。

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