投稿日:2025年10月2日

AIが過去データに依存し新規トレンドに対応できない問題

AIが過去データに依存し新規トレンドに対応できない問題

はじめに ― 製造業とAIのこれから

製造業の現場や購買・調達部門におけるAI活用は、今や避けては通れないテーマになりました。
品質管理や生産計画、サプライチェーン最適化など、さまざまな分野で「AI化・自動化」の波が押し寄せています。
しかし、現場では「AIは万能ではない」「現実の変化スピードにAIがついてこられていない」といった声も根強く存在します。
その課題の多くは、『AIが過去データに強く依存しているため、新しい変化やトレンドにうまく適応できない』という点に集約されます。
この記事では、現場目線でこの問題を掘り下げ、バイヤーやサプライヤー実務者、工場管理者の視点から実践的なソリューションを考えます。

現場に広がるAI活用の現状

製造業でAI活用が進む領域としては、需要予測、設備の予知保全、不良品検知、購買分析などが挙げられます。
これらは膨大な過去データを用いた機械学習がベースとなっており、「過去の実績をもとに未来を予測する」アプローチが大半です。
例えば購買部門では、過去10年間の材料調達価格や需給状況データから最適な購買時期や仕入先をAIが提案するケースが一般的です。
品質管理でも、過去の検査データで学習したAIが不良品を弾き、管理されてきました。

しかし現場では、2020年代以降コロナショック、原材料不足、地政学リスクなどによる「これまでにない変化」に直面しています。
過去のルールや常識が通用しなくなる現場で、AIの「過去依存性」は一層顕著な問題となっています。

なぜAIは過去データに依存するのか

AI――特に機械学習やディープラーニングは、「大量の過去データ」からパターンやルールを抽出し、次の結果を予測する技術です。
言い換えれば、「これまで通りならこうなる」「過去にこうだったから次もこうだろう」と推定する仕組みです。

現場で言えば、
– 需要の変動が緩やかでパターンが一定
– 不良品の発生パターンが過去と変わらない
– 材料価格の季節的な上下動が大きく変わらない
こうした「安定状態」が続く場合には、AIの予測は非常によく当たります。

一方、想定外のイベント(パンデミック、サプライチェーン断絶、急激な新素材台頭など)が発生すると、過去パターンが通用しなくなり、AIの出す結論は「意外に脆い」ことが露呈します。

昭和から続く『アナログな現場感覚』の価値の再認識

ベテラン技術者や調達マン、現場オペレーターは、「データには出てこない違和感」や「空気感」「風向きの変化」などを敏感に感じ取り、柔軟に動いてきました。

・取引先の景気感の変化
・設備音や仕入メーカーのちょっとした対応
・得意先バイヤーの言外のニュアンス

これらは、定量データでは掴めず、「ノイズ」としてAIには評価されません。
昭和から続くアナログ的な現場感覚や、人による“勘と経験”は、今こそ価値を再認識すべき能力です。
過去データに頼り切るAIではなく、現場独自の着眼点や観察力・聞き取り能力の大切さもバランス良く活かすべきです。

AIが対応できない新規トレンドとは

2020年代の製造業を例にとると、AIが苦手な「新規トレンド」は以下のようなケースにしばしば現れます。

・コロナ禍によるグローバル需給ネットワークの劇的変化
・中国や新興国での突然の政策転換
・カーボンニュートラル化による材料選定の大転換
・ESG投資や人権配慮といったサステナビリティ潮流への急激な対応
・半導体パニックのような一部部品の突発的枯渇

これらの事象は、企業によっては事実上「初めての経験」になり、AIの学習済みデータにはほぼ反映されません。

バイヤー・サプライヤー関係で現れる“誤作動”

購買バイヤーの立場から見ると、AI頼みの発注タイミングや数量が、こうしたトレンド変化時に大外しになるリスクが極めて高くなります。
逆にサプライヤーの立場で見ると、「AIがこれまでの発注パターンから算出した数量」しか見ず、市場の変化に即応しない供給体制を敷いてしまう危険があります。

実際、「AIの示した調達計画通りに動いたら原材料が高騰し、思わぬ損失になった」「AIの予測通りに生産していたら突然新しい顧客ニーズが出てきて在庫過多になった」など、現場ではこうした“AIの誤作動”経験談が多くあります。

現実解:AIと現場感覚のハイブリッド活用

AIの限界を抱えながらも「これからを担う必須ツール」であることも現実です。
よって求められるのは、「AIだけに丸投げ」せず、現場の知見や臨場感ある情報、現実的なコミュニケーション能力とのハイブリッド運用です。

例えばバイヤーであれば、
・AIによる需要予測結果を鵜呑みにせず、自部門・営業部門・現場担当者とのヒアリングも重ねる
・サプライヤーからの「現場の空気感(例:海外工場の規制強化や、現地従業員の確保状況)」といった生の情勢を定期入手する
・短期・中期・長期の3段階でリスクシナリオを複数パターン持っておく
こうした「人とAIのセット運用」にシフトしていくべきです。

サプライヤーも、自社のAI・デジタル活用のみで判断せず、顧客バイヤーに『現場実態』『先々の動き』について疑問や懸念を意図的にフィードバックし、共にリスクヘッジ型のPDCAを回すことが重要です。

アナログ情報の価値をデジタルに埋め込むPHR(Person Held Record)化

現場から拾い上げた「定性的なアナログ情報」を、デジタル記録として残す工夫も大切です。
日々の調達や生産管理業務で、「○月のこのお取引様は例年と違った注文傾向だった」「品質検査時に新人作業員が多かった」など、ちょっとした異変を日報やマークダウンメモ等、記録ツールで残していく仕組みづくりが今後のキーとなります。
これが結果的にAIデータの補助データ=『データの厚み・柔軟性』を増す役割を果たします。

昭和的現場思考×AIラテラル活用による“突破”とは

ラテラルシンキング――水平思考の発想法を現場AI活用に持ち込むべきです。
例えば、自動車の車両生産の現場で「材料納期が大きく乱れる」事態に直面した場合、AIでは推し量れない不確実性を
・関連業者メンバーによる定例会議での現場情報ブレーンストーミング
・直観的な「こうなったらどうする?」の紐解き
と組み合わせ、従来の縦割りルールや過去の成功事例分析だけに頼らない、“先手を打つためのAI”運用が可能になります。

製造業バイヤー・サプライヤーが身につけるべき新しい力

これからは「AIリテラシー+現場思考力+コミュニケーション力」がバイヤー、サプライヤーの必須能力となります。
・AIの解析ロジックの大筋を理解し、その限界や特性を咀嚼できる素養
・現場情報や関係者ネットワークから、AIでは捉えきれない“微妙な兆し”を嗅ぎ分ける嗅覚
・部門横断的な情報共有を積極的に行い、“データの孤島化”を防ぐ実行力

この三位一体の力を磨くことが、昭和的な現場のアナログ感覚と、令和のAI・デジタルツール活用の最大公約数を生みます。

まとめ ― 製造業の“新しい地平線”を切り開くには

AIの得意領域と不得意領域を見極め、現場の知恵とデジタル技術を融合させることが、これからの製造業の価値を最大化します。
新規トレンドや変化の本質を察知し、AIと現場感覚を柔軟にハイブリッド化していくことで、“昭和に根差した知恵”から“次世代型イノベーション現場”へと大きく舵を切るチャンスです。

未来の製造業を担う皆さんへ、ぜひAIとともに生きた現場知を磨き合う新時代の“バイヤー力・サプライヤー力”を身につけ、新しい時代を切り開いていきましょう。

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