投稿日:2025年10月4日

AIが現場の状況を考慮できず的外れな提案をする問題

はじめに:AIの導入は本当に現場を変えるのか

近年、製造業の現場でもAI(人工知能)の活用が叫ばれ、数多くの企業が積極的な導入を進めています。

AIによる効率化、品質向上、コスト削減…。
こうした言葉を聞けば、まるで魔法の杖のように感じてしまうでしょう。

ですが、実際に現場で働く方は内心こう思っているのではないでしょうか。

「AIの提案って、現場の実態に合っているのか?」

「机上の空論だけじゃないのか?」

この記事では、私が20年以上の製造業で現場・管理職の業務を実践してきた経験をもとに、AI導入時に現場で頻発する「的外れな提案」のしくみ、その背景にある業界特有の事情、そして解決への実践的ヒントを深掘りします。

AI導入でぶつかる“現場とのギャップ”

最適化されたはずのAIでも、なぜかうまくいかない

AIを使った需要予測や在庫管理、自動化ラインでの異常検知……。

こうした最新技術が話題になりますが、現場の肌感覚からは「思ったほど即効性がない」「むしろ現場の手間が増えた」という声も少なくありません。

AIが最適だと判断した生産スケジュールなのに、実際は作業者の手順と合わず混乱が生じた。

画像検査AIが導入されたが、現場の部品バラツキや照明ムラをうまく処理できない。

こうした事態はどうして起きるのでしょうか。

ギャップの正体:現場特有の“暗黙知”

現場には、長年の蓄積で生まれた「暗黙知」が存在します。

たとえば、

– “このラインは月初は不良が多い”
– “暑い日は機械の調子が悪いから早めにメンテする”
– “Aさんが休むとピッキングが遅れるから、その日は余裕を持つ”

こうしたアナログだがリアルな知見は、データとしてAIに渡りません。

そもそも、AIが“現場の空気”や“人のクセ”まで考慮するアルゴリズム設計は非常に難しいものです。

結果として、

「現場の誰もが気づくような非効率な提案」

「前工程、後工程とのつながりが考慮されていない施策」

が生まれ、“AIは使えない”というレッテルが貼られてしまいます。

昭和から続く“アナログ文化”が変革を阻む壁

理由1:業務のブラックボックス化

製造業の多くの現場では、

– 手順書があっても“実際の流れ”はベテランしか知らない
– 工程改善も“口伝え”や“阿吽の呼吸”で回っている
– 図面や受注情報が紙のまま、属人的に管理されている

こうした状態が今もなお色濃く残っています。

AIに学習させるデータそのものが曖昧・非構造的なせいで、“間違った現実”を覚えさせてしまいがちです。

理由2:現場―本社間の言葉の壁

導入を主導するのは本社のIT部門やコンサルタントであり、彼らの言語は業務現場とは大きくかけ離れています。

現場の「困った」がどこまで伝わっているのか、疑問に思う方も多いでしょう。

そのギャップがAI導入現場での“違和感”につながっています。

理由3:変化や失敗を嫌う現場心理

製造現場では「ミスゼロ」「安定操業」が至上命題です。

わざわざ未経験のAIを試して現場混乱を招くリスクを取りたくない。
その現実的な心理が、AIへの反発や消極的な運用に結び付きやすいのです。

AIが的外れな提案をするパターンとその具体例

1. 求める指標が的外れ

たとえば、AIは「最も効率の良いライン稼働率」を目標にします。

しかし実際の現場では、特定のお客様に合わせた“納期優先の調整”や、毎朝の“人員繰り”など定型化しにくい調整が必須です。

AIが単純な数値だけで最適化すると、出荷遅延や工程間のトラブルが続出します。

2. 現場の環境変化の反映漏れ

「新しい材料ロットが投入された」
「設備の一部が老朽化して不安定になった」

現場では絶えず小さな変化が起きていますが、こうした細かな変化情報をAIに逐一インプットできていないケースが大半です。

そのため、AIの出す判断が現実と乖離してしまいます。

3. ノイズ多きデータから出る“誤爆提案”

とりわけ検査工程などで、AI導入の失敗例が多いです。

「人間なら簡単にOKだと分かる傷でも、AIが良品/不良の判断で悩む」
「照明や撮像条件の変化に弱く、歩留りが一時的に大幅悪化」

といった現象が典型です。

昭和の知恵とAIの融合こそ、製造業の革新の鍵

現場ノウハウのデジタル化が急務

現場に根付くアナログな知恵や経験=暗黙知を、データとしてAIに伝える仕組みが不可欠です。

たとえば…

– ベテラン作業者とAI開発者の対話を定期的に設ける
– 作業トラブルや不具合発生時のメモを即時デジタル記録する
– 紙で管理している工程進捗を現場端末で入力できる仕組みに切り替える

こうした地道な情報化が、新しいAIツールの“現場対応力”を高める土壌になります。

AIの精度に頼り過ぎない、ハイブリッド運用の勧め

“AIなら全自動で最適化できるはず”と過信せず、“最後は人がチェック”を仕組みに組み込むことが重要です。

– AIの判断に対する現場作業者のフィードバックを迅速に反映する
– 異常検知などは、AI+人間のダブルチェック体制
– AIが出す予測や提案の背景・ロジックを現場にも「見える化」する

これによって現場もAI運用に納得感を持って取り組めるため、現場とAIが対立する構図を防げます。

昭和流アナログ運用の“良い面”も活かす

例えば「日々の進捗を朝礼で全員に共有し、柔軟に作業配置を変える」など、アナログ現場にも“すぐに反応する”という強みがあります。

AIの分析結果をこうした柔軟運用にのせられるよう、“現場の声”をAIに届ける習慣化、「人→AI→人」という循環を作ることが肝心です。

バイヤー、サプライヤーの立場で見る“AI時代”の現場付き合い

バイヤー視点:サプライヤーにAI導入を求める前に

「AI化で納期短縮・品質向上を」

そうサプライヤーに要請するバイヤーも増えていますが、現実には過度な期待が現場トラブルの火種となりやすいです。

– サプライヤー側の現場状況や工場独自の習慣までヒアリングする
– AI導入による生産体制の変化、現場適用までの時間的ギャップを織り込む

といった“現場目線”の理解が、円滑な取引関係に結びつきます。

サプライヤー視点:現場の“弱点”を開示し、バイヤーと相互理解を

AI導入時はどうしても「うまくいく部分」と「現場に合わず苦労する部分」が出てきます。

納期や品質保証で“現場起因のイレギュラー”が生じた場合、隠さず誠実にバイヤーへ情報共有し、製造現場の実態を伝えることが信頼強化の第一歩になります。

また、AIに依存しないアナログ“保険策”もあわせて説明し、「現場力の高さ」を訴求することが、差別化につながります。

まとめ:AIと現場力を両輪で進める製造業の未来

AIは決して万能の“現場改革ツール”ではありません。

昭和から続くアナログ現場の知恵や工夫には、AIではカバーしきれない価値があります。

現場で培われた“実感知”と、AIの“論理知”を繋ぐハイブリッド運用こそが、これからの製造業の進化を支える道です。

現場で働く方、バイヤーを目指す方、サプライヤーの皆さんがともに現場目線を尊重し、技術と人間力を融合すれば、日本の製造業は必ずや新しい高みに到達できるはずです。

AI時代の現場で本当に大切なのは、“現場のリアルをいかにAIに伝え、それを活かすか”という、人の力そのものなのです。

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