投稿日:2025年9月26日

AIの結果を人間が理解できず改善活動に結びつかない課題

はじめに:製造業の現場でAIの価値を問う

近年、AIやIoTが製造業の現場に急速に浸透しています。
生産管理、品質管理、調達購買、工場の自動化――従来アナログで回してきた現場業務に、データ分析の力が新しい風を吹き込んでいます。
一方で、データは増え、AIの予測や判定結果も出るものの、現場が本当に「腑に落ちる」活用に至っているとは言いがたい状況も散見されます。

多くの企業で耳にするのは、「AIが導き出した結果の理由が分からない」「現場の課題解決や生産性向上にどう繋げるべきか悩んでいる」といった声です。
なぜせっかくの先端技術が、泥臭い現場改善に直結しないのでしょうか。
25年以上、調達・生産・品質管理の最前線で仕事をしてきた立場から、その根本原因と打開のヒントを深く、広く、そして現場目線で掘り下げます。

AI導入による“見えない壁”の正体

なぜAI結果は“現場で使えない”のか?

AIを活用した分析が期待されるのは、ビッグデータを瞬時に処理し、人間では気付かない関係性や異常を予測できる点にあります。
たとえば自動車部品の製造ラインで、AIが振動データや音響データから加工不良や設備異常の発生予知を行うといった事例が増えています。

しかし、現場の作業者や班長にAIの結果を提示しても「なぜそう判断されたのか」「何をどのように改善すべきなのか」が理解されにくい、腑に落ちないケースが後を絶ちません。
この背景には二つの大きな壁があります。

ひとつは「AIの説明性不足」です。
近年のディープラーニングはブラックボックス化が進み、なぜその結果に至ったか論理的根拠を人間が理解するのは困難です。
二つめは「現場の品質・生産マネージャー層とデータサイエンティストとの言語・価値観ギャップ」です。
現場は“なぜ”が説明され、“だからこう動く”という納得感がないと改善に繋げません。
現場の知恵や職人技の暗黙知をAIでどう補完するのか、協働や責任所在に対する心理的壁も障害です。

“データはある。でも改善できない”現象の本質

製造業は長らく、“昭和的な現場力”すなわち、五感や経験からくるノウハウを重視してきました。
そのため「AIは便利な補助ツール」にとどまり、“自分たちで直接工程を変える”という意識との間にテクノロジーによる断絶が生じやすい傾向があります。

この現象は、例えるなら「健康診断で異常値を指摘されても、日常の生活が変わらない」ことに似ています。
経営陣やIT部門から見れば、データやAIのアラートが改善を促すための材料として十分と感じるかもしれません。
しかし、改善現場は「その結果を信頼できる根拠がない」「現場の実情に即していない」と捉え、行動変容につながりません。

このギャップを解消しない限り、AIやCRMに数千万円単位の投資をしても本質的な成果は得られないのです。

現場を動かすカギ=“説明できるAI”と“改善ノウハウの可視化”

なぜ“説明できるAI”が不可欠なのか

「AIの予知・判定で不良品が減りました!」という発表も増えてきましたが、その成果が持続する職場には共通点があります。
それは「なぜ、その条件で不良が発生しやすいか」「だから、どんな対策(設備点検、パラメーター調整、部品交換)が有効か」を現場担当者が“納得して説明できる状態”にまで落とし込んでいることです。

ここで求められるのが“説明可能=エクスプレナブルAI(XAI)”の導入です。
具体的には以下のようなアプローチが効果的です。

・単純なYes/Noの判定だけでなく、主要な寄与要素(例:温度・圧力・原材料ロット)をランキング表示する
・AIモデルのロジック説明やシミュレーションによる結果検証をセットで提示する
・現場目線で納得しやすい「なぜ?」を現場のリーダーと伴走して言語化する

こうした工夫は、特に品質保証や工程管理部門が主導することで、「なぜこのAIの指摘に従うべきなのか」の納得度を高め、現場を自律的な改善活動へと導く推進力になります。

“現場固有の知恵”と“データ”を組み合わせるべき理由

実は、製造現場で発生する現象のすべてをAIでモデリングし尽すことは困難です。
不良やトラブルの背景には、設備老朽化、日々の温湿度変動、作業者の熟練度、サプライヤーごとの特性の違い、管理限界に近いギリギリの工程運用など、多くの暗黙知が関係しています。

よって理想は、「AIによるデータ分析」と「現場担当者の経験・原因分析ノウハウ」がセットになり、再現性のある形でナレッジ蓄積および改善PDCAに活かせる体制を整えることです。
たとえばデジタルトランスフォーメーションの導入時には、

・従来のQC七つ道具やなぜなぜ分析と、AIが示すランキングやルート分析を両方テーブルに出す
・改善プロジェクトの各フェーズでデータサイエンティストと現場リーダーをペア組織化する
・“AIの示す結果が現場の実態に合っているか”検証を何度もマネジメントレビューで行う

という地道な工夫が必要です。

昭和的マネジメントとAI時代のリーダーシップ

現場力とテクノロジーの“部分最適”から抜け出す

一方で、工場やサプライヤー現場では未だに「紙とエクセル管理」「指示・連絡は口頭が中心」「勘と経験優先」といった昭和的カルチャーが根強く残っています。
これが、導入したAIやデジタル化ツールとの齟齬を生む大きな土壌です。

昭和的現場は、いわば“属人的な最適解”を先輩から後輩へと継承する文化です。
そのため、AIが示した指摘や改善案が「自分にも説明できる内容」でない限り、現場で動きは生まれません。

この部分最適・アナログ至上主義から脱却するには、現場の“達人”の知恵をデジタルデータ化し、AIによる改善提案と組み合わせて「誰でも同じ品質・生産レベル」に到達できる環境作りが欠かせません。

AI活用時代に必要な新しい現場リーダー像

AIやIoTに頼るだけでは“智慧なき現場”になってしまいます。
必要なのは、

・AIが出した異常や課題の因果を現場目線で可視化し、「なぜか」まで落とし込める
・AIの結果を現場改善(作業者教育・工程変更・要因除去)につなげる“伴走者”
・アナログ世代も、デジタル世代も納得できるよう「共通言語」を模索できる

といった現場リーダー、マネジャーの育成です。

私の現場経験で言えば、「人工知能に頼りっぱなしでは品質は守れない」「AIの知見を“現場語”に翻訳し、自ら動く職場」を本気で目指すことが、未来のものづくり現場に活路を拓く唯一の道になると感じています。

まとめ:人間とAIが“対話”する現場へ

AIの結果が「なぜか分からない」「業務改善と直結しない」という課題は、現場の納得感不足と技術者・作業者・データサイエンティスト間のコミュニケーション断絶が原因です。

解決には、“説明できるAIの採用” “現場ノウハウとのセット運用” “リーダーとAI・人材の協働体制作り” “納得できる職場風土の構築”といった、技術と人間の相互理解に根差した手間ひまが重要です。

単なるデータ分析やAI活用への期待だけでは、現場改善の真の“成果”や“発展”には結び付きません。
人間とAIが“なぜ”を共に考え、持続的な現場力強化のPDCAを回していく。
そのために、これからも今この現場・この職場で、泥臭い議論と新しい挑戦を続けていきましょう。

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