投稿日:2025年7月11日

高速化を支える車載ネットワークプロトコル技術と適用事例集

はじめに ― 車載ネットワークの変遷と現場課題

自動車産業では、かつてエンジン制御やパワーウインドウなど個別の機能ごとに独立した配線が敷設されていました。

しかし、センサーやECU(電子制御ユニット)の急増により、車載ネットワークの複雑化とともに膨大な配線コスト、設計・組立の難易度が劇的に上昇しました。

これらの課題を解決するために登場したのが、車載ネットワークプロトコル技術です。

昭和時代の「職人技頼りのアナログ制御」から、いまや自動運転やOTA(Over-the-Air)アップデートに対応する高度なデジタルネットワークへと大規模な進化を果たしています。

この記事では、現場目線から見た車載ネットワークの最新事情と、アナログ業界で根強く続いてきたやり方との対比や今後の展望についても解説します。

車載ネットワークプロトコルの基礎知識

ネットワークプロトコルとは何か

ネットワークプロトコルとは、異なる機器間で情報を安全かつ確実にやりとりするための「取り決め(通信規約)」です。

自動車の場合は、ECU同士や各種モジュール、センサー間でデータを交換しながらクルマ全体として最適に制御するために重要な役割を果たします。

進化を続ける車載ネットワークの系譜

車載ネットワークには次のような代表的なプロトコルが存在します。

  • CAN(Controller Area Network)
  • LIN(Local Interconnect Network)
  • FlexRay
  • Ethernet(Automotive Ethernet)
  • MOST(Media Oriented Systems Transport)

それぞれ役割や特徴が微妙に異なり、目的や部位ごとに最適なプロトコルが使い分けられています。

現場では、「高速通信」や「コスト」「障害耐性」など実装上の制約も考慮する必要があります。

主要車載ネットワークプロトコルの特徴と適用事例

CAN:現場で最も普及している基幹プロトコル

CANは1980年代にBOSCH社によって開発され、現在でも車載ネットワークの主役です。

主な特徴は、「リアルタイム性」「エラー検出能力」「マルチマスター機能」「信頼性の高さ」です。

大量のECUが存在する現代車両では、エンジン制御、ブレーキ、エアバッグ、パワステ、空調など様々な領域で使われています。

1Mbpsの通信速度が限界であるため、大量かつ高速なデータ通信には限界がありますが、車載現場で「困ったときのCAN頼み」という姿勢は根強く残っています。

LIN:低速・低コストの領域を担う

LINはCANよりも簡素な構造を持ち、コストを抑えたいわゆる補助ネットワークです。

例として、パワーウィンドウ、ドアミラー、シート調整、ランプ制御などボディ系や快適装備分野で多用されています。

「通信の優先度」「タイミングの厳格性」をそこまで要求されない制御系に最適です。

バイヤー視点では、「コストダウン」「設計の簡素化」に直結する選択肢として重要です。

FlexRay:高信頼の高速リアルタイム制御

FlexRayはCANのリアルタイム性能・信頼性を上回る高速通信プロトコルです。

主に電子制御サスペンション、電動パワーステアリング、X-by-wire(ワイヤーをなくした制御)などのシビアな安全・走行系で採用されています。

耐障害性を重視した二重化通信、一方向最大10Mbpsのスループット、定時性の確保などが特徴ですが、導入コストが高くなります。

昭和的な現場では「CANで十分だろう」という保守的な選択肢が多いのも事実ですが、欧州の高級車や次世代EVではFlexRayの普及が急速に進んでいます。

Automotive Ethernet:次世代“データハイウェイ”

自動運転、コネクテッドカー、映像伝送など膨大なデータ処理が求められる現代では、Ethernetの採用が加速しています。

一般的な100BASE-T1や1000BASE-T1(イーサネット)規格をベースに、車載向けにノイズ対策や振動耐性が強化されたものです。

OTAによるソフトウェアアップデート、大容量のセンサデータ(カメラ・LiDAR)、車両同士やインフラとの通信(V2X)などで必須となっています。

調達・購買の立場では、新規サプライヤー開拓や資格要件の厳密化など新たな課題も生まれています。

MOST:エンタメ系のスペシャリスト

MOSTは主に車内のオーディオ・ビジュアル機器同士の高速接続用に特化したネットワークです。

高音質・高画質なマルチメディア伝送では定番ですが、近年はEthernetに置き換えられるケースも増えてきました。

アナログ業界に残る“昭和ルール”とデジタル技術の融合

現場では、いまだに「手作業によるチェック」「紙ベースの設計書」「個人口伝によるノウハウ継承」など昭和的なアナログ文化が色濃く残っています。

しかし、クルマ全体を1つのシステムとして設計・検証する現代の開発現場では、ネットワーク設計のデジタル化と標準化が強く求められています。

現場の変革を阻むのは、「昔はこれで通用した」「リスクを避けて現状踏襲」という思考です。

バイヤーやサプライヤーの立場でも、ネットワーク設計の可視化、部品トレーサビリティ、ソフトウェア品質の基準順守といった新しい仕組みづくりが急務となっています。

調達・購買担当者が知っておくべき視点

「モノ・コト・トモ(人)」の最適化が肝心

車載ネットワーク部品は単にスペックや価格で比較できる時代は終わりました。

通信プロトコルの選定は、その後の車両アーキテクチャ、設計・生産・品質保証の全てに波及します。

たとえば、新しいEthernet採用時には、「サプライヤーの開発体制」「品質認証」「供給安定性」「設計現場とのコミュニケーション力」がすべて問われる時代です。

表面的なコストダウン施策だけでなく、中長期での事業安定やリスク分散も戦略上のポイントとなります。

サプライヤー側からみた課題と好機

サプライヤーの立場では、短納期・小ロット・多品種対応、ネットワーク設計ノウハウへの対応力、IATF16949やASPICE等の品質認証取得が大きな武器となります。

バイヤーの現場感覚を知るほど、「技術サポート体制」「品質トラブル時の初動対応」「データ開示姿勢」など目に見えない付加価値の重要性も増しています。

かつての「価格勝負」一本鎗から脱却し、提案型ビジネス・共同開発にシフトできるサプライヤーこそ、中長期で優位性を発揮できるでしょう。

最新事例から見る現場の実践例

車載Ethernet導入の最前線

ある大手自動車メーカーでは、自動運転向けECUと車載カメラを結ぶ基幹通信にEthernetを導入。

従来のCANよりも大容量・高速通信が可能となり、「集中管理型アーキテクチャ」が実現しています。

その結果、ソフトウェアのOTAアップデートによる機能追加が即座に実施できるようになり、ライフタイムバリューの最大化に貢献しています。

一方で、ネットワーク障害時のリスクマネジメントやセキュリティ対策も格段に複雑化しており、設計段階から部門横断型の取り組みが必須です。

次世代EV向けのプラットフォーム開発

次世代EVプラットフォームでは、「車両制御」「インフォテインメント」「ADAS」など複数ネットワークのマルチプロトコル構成が主流です。

例えば、

  • LIN…ボディ制御
  • CAN…パワートレイン、シャシー制御
  • Ethernet…カメラ映像・通信・アップデート制御

のように、用途ごとに最適なネットワークを混在させています。

調達現場はこれらの複合的な技術要件・調達要件を同時に満たす提案力が不可欠で、「カタログ通り」ではない現場力が問われます。

現場視点で考える、今後のネットワークプロトコル動向

これからの車載ネットワークは、単体制御から「全体最適」「ソフトウェア定義車両(SDV)」の時代へとシフトしています。

自動運転車両では、「中央コンピューター化」「サイバーセキュリティ技術」「OTAアップデート」など、多次元的な視点が不可欠となります。

アナログ世代の現場でも、デジタル技術研修への投資や設計フローのDX化、サプライチェーン全体を見通したリスク管理が今後の生き残り戦略となるでしょう。

また、バックキャスティング思考(将来像から逆算して今なすべきことを洗い出すアプローチ)の導入も効果的です。

まとめ ― 価値創出の新潮流を捉えるために

車載ネットワークプロトコルの選定・運用は、単なる技術課題ではなく、「現場知の結集」「業界全体の価値創出」に直結するテーマです。

現場目線で深く考え、サプライヤー・バイヤー・エンジニアの垣根を越えてラテラルに思考することが、これからの産業発展に不可欠となります。

昭和の成功体験からしなやかに脱却し、よりスマートで柔軟な働き方・調達方法・モノづくりを目指しましょう。

今後も実践的な知識や現場ノウハウの発信によって、製造業のイノベーションを後押ししていきたいと思います。

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