投稿日:2025年6月22日

AUTOSARによる車載システム開発とその事例

AUTOSARによる車載システム開発とその事例

はじめに:製造現場が直面する車載システムの進化

自動車業界は今、100年に一度といわれる大変革期を迎えています。
電動化、自動運転、コネクテッドカー、さらにはSDV(Software Defined Vehicle:ソフトウエア定義車両)というキーワードまで登場し、従来とは次元の違うスピードで技術革新が進んでいます。

この変化を支える基盤としてQUAUTOSAR(Automotive Open System Architecture)が注目されています。
AUTOSARは、車載ソフトウエアの開発効率化と品質改善を目指し、世界中の自動車メーカーとサプライヤーが共同で開発した標準アーキテクチャです。
本記事では、製造業の現場経験者として、AUTOSARの基本、導入事例、そして現場に求められる新しい視点について深堀りします。

AUTOSARの基礎理解

AUTOSARとは何か?

AUTOSARは2003年に立ち上がった国際的な開発コンソーシアムで、自動車向けの組み込みソフトウエアに共通の設計基準(アーキテクチャ)を提供します。
これによって異なるサプライヤーが開発したソフトウエアやハードウエアを高効率に統合でき、部品点数の多い車載システムの開発・管理の負担を大幅に軽減できます。

なぜAUTOSARが必要なのか

従来の車載システムは、各制御ECU(電子制御ユニット)ごとに独自仕様でソフトが作りこまれていました。
そのため開発や流用、保守コストが高止まりし、システムの拡張性や将来性にも限界がある状態でした。
特にIoTや自動運転などで高速なデータ連携が求められる時代には、もはやアナログ的な業界慣習だけでは生き残れません。

AUTOSARは、標準化によりソフトウエアのモジュール化と再利用を実現し、ハードウェア側の進化にも柔軟に追従できる設計を可能にしています。

AUTOSARの二つの主流「Classic」と「Adaptive」

AUTOSARにはClassic Platform(CP)とAdaptive Platform(AP)という2つの主な仕様があります。

Classic Platformは従来からあるリアルタイム性重視のECU制御向け。
Adaptive Platformは高性能プロセッサや通信が求められる自動運転や車載ゲートウェイなどの用途向きで、LinuxやPOSIXベースのOS上で動作します。

トヨタや日産など日本の完成車メーカーも、用途ごとにこれらAUTOSARの両仕様を使い分け、(時には両方併用し)車載システム全体を組み上げています。

AUTOSARによる現場の変化と実践メリット

サプライヤー・バイヤー視点での主要メリット

従来は、製品ごと・顧客ごとに都度設計・実装していたため、担当者が交代しただけでノウハウ伝承や改修時の引き継ぎが非常に苦労していました。
標準アーキテクチャ化することで「どこの誰がどこを開発しても一定品質」「ブラックボックス化の抑止」「リソースの柔軟配置」が実現できます。

また、AUTOSARの恩恵として開発工程の「分業」が本質的にやりやすくなります。
例えば、ソフトベンダーがミドルウェアを提供し、ハードベンダーが最適化ドライバを担当し、最終的に車体メーカ(OEM)が統合 ― こうした役割分担がスムーズになり、グローバルサプライチェーン全体の効率アップに繋がります。

品質管理・不具合対応力の向上

車載システムは「機能安全」や「サイバーセキュリティ」といった厳しい要件への対応が不可欠です。
AUTOSARは初期段階からこれら要件を設計に組み込みやすい仕組みになっているため、例えば不具合解析や原因切り分けをロジカルかつ再現性高く進められます。

実際、リコールなどの品質問題発生時も、AUTOSAR世代のECUであれば関連部位をピンポイントで解析可能なため、従来よりも迅速・低コストでの対応が期待できます。

AUTOSAR活用の事例紹介

CASE1:サプライヤー(部品メーカー)での導入事例

あるTier1部品メーカー(A社)では、各自動車メーカーに対し、モデルベース設計×AUTOSAR準拠ソフトのセットでサンプル提供を始めました。
これにより、顧客ごとにカスタマイズしていた旧来型ソフトウェアとの差別化だけでなく、「プロセス可視化」「ソフトの再利用」「品質トレーサビリティ確保」が大きな強みとなったのです。

現場の設計者は、AUTOSARソフト生成ツールや検証ツールに精通する必要が出てきますが、逆に業務のコモディティ化によって若手でもキャッチアップしやすくなる、という副次効果も生まれています。

CASE2:完成車メーカーでのグローバル展開事例

ヨーロッパ系の完成車企業(B社)は数年前より全車種共通でAUTOSARを採用しました。
その結果、各国工場やローカルサプライヤー間で仕様の取り違いや品質バラツキが激減し、新機種への技術転用(プラットフォーム化)も容易になりました。

また、グローバルでの部品調達や新規サプライヤー起用時にも「AUTOSAR準拠」の一言で商談スピードが上がるなど、間接コストの低減と新しい協業体制の実現がもたらされています。

CASE3:モビリティスタートアップの革新事例

従来の自動車業界プレイヤーだけでなく、新興のEV(電動車)ベンチャーやモビリティ系スタートアップもAUTOSARを積極活用しています。
小規模な開発リソースでもベンダー提供ツールを駆使し、高度な車載ネットワークや自律制御システムを短期間で市場投入。
ここで生まれた知見や技術が、逆に大手完成車メーカーへ逆輸出される現象も出てきています。

昭和的アナログ現場からのオープン化への葛藤と突破口

アナログ文化が根付く業界ならではの課題

製造業の現場では「属人化」や「現場力重視」の昭和的文化が根強く残っています。
手作業が多いライン管理、年功序列の意思決定、現物重視の検査プロセスなどは日本の品質を支えてきた側面も否定できません。

しかし、今や車両一台あたりのソフトウェア開発工数は全体の4割を超える時代に入りました。
過去の成功体験にしがみつくだけでは「とれないコスト」「進まないイノベーション」に悩まされ続けることになります。

オープンアーキテクチャ導入のポイント

まず、経営層が「オープンベースの標準化技術は敵ではなく味方」と認識を変えることが重要です。
その上で、現場モノづくりの良さを活かしつつ、デジタル部門との交流や、教育・リスキリング投資を計画的に実施すべきです。
各社の導入事例に着目すれば、小規模サプライヤーでも新しいビジネスの糸口を掴む余地は大いにあります。

現場スタッフも、従来の「図面読解力」「現場対応力」に加え、「モジュール設計力」「仕様書ドキュメント力」など新しいスキルセットを意識することで、ひと味違った価値提供者として差別化が図れます。

AUTOSARを活用した車載システム開発の未来へ

今後の業界動向

自動運転やEV化の進行で、車載システム開発におけるソフトウエア比重はさらに増加します。
次世代車両ではOTA(Over The Air:無線アップデート)やAIサービスが必須となり、AUTOSARの持つ「標準」「モジュール」「相互運用性」が今まで以上に重視されます。

日本の製造業がこの流れにうまく乗れば「変化へ適応できる現場力」と「グローバル開発力」を兼ね備えた最強の現場が生まれるはずです。

まとめ:進化にチャレンジする製造業現場へ

AUTOSARは決して一部の大手完成車メーカー・サプライヤーだけの話ではありません。
現場が培った技能や知恵、そしてものづくりの矜持を、標準アーキテクチャやオープン技術と融合させることこそ、これからの日本製造業の生存戦略になると確信しています。

バイヤーやサプライヤーは、AUTOSAR化による役割変化・スキルシフトをしっかり見据え、「自社の独自価値は何か」「どう差別化するか」をもう一歩踏み込んで考えるべき時代です。

昭和的な現場文化も大切にしつつ、勇気ある一歩で次の地平線へ。
あなたの現場・会社が自動車業界の新しいページを拓く原動力になれることを、心より願っています。

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