投稿日:2025年7月15日

AUTOSARの概要目的車載システム向けソフトウェア開発を取り巻く状況AUTOSARメソドロジ開発事例AUTOSARと機能安全対応

AUTOSARの概要

AUTOSAR(Automotive Open System Architecture)は、自動車業界でのソフトウェア設計と開発の標準化を目的とした国際的な共同開発プロジェクトです。

2003年にドイツの主要自動車メーカーやサプライヤーにより発足し、現在では多くのグローバルOEMやティア1企業、ソフトウェアベンダーが参加しています。

従来の車載システムは、各ECU(Electronic Control Unit、電子制御ユニット)メーカーが個別に開発を進めていたため、開発の効率化やシステム間の互換性確保が困難でした。

AUTOSARは、共通のソフトウェアアーキテクチャを導入することにより、こうした課題を解決するために生まれた枠組みです。

AUTOSARアーキテクチャは「Classic Platform」と「Adaptive Platform」の2種類があります。

Classic Platformは主に従来型のECU向けに適しており、高リアルタイム性や信頼性が求められる制御システムに利用されます。

一方で、Adaptive Platformは自動運転や高度IT系機能など、高度な演算能力が要求される先端技術に対応しています。

AUTOSARの目的

AUTOSARプロジェクトの根本目的は、自動車業界全体の効率化・標準化を通じた持続的な進化の促進にあります。

その具体的な目標は、以下の通りです。

1. ソフトウェアとハードウェアの独立

従来は、ソフトウェアとハードウェアが密接不可分な「一体設計」が一般的でした。

これにより、設計変更時や再利用時に多大なコストと労力がかかっていました。

AUTOSARは、アプリケーション層・RTE(ランタイム環境)・ベーシックソフトウェア層の三層構造を採用し、ソフトとハードを疎結合にすることを実現しています。

2. 再利用性の向上

共通インターフェースにより、過去開発したソフトウェア資産の横展開や多車種展開が容易になりました。

また、サプライヤー間でのコンポーネント再利用や切り替えもスムーズに進めることができます。

3. 開発コスト・期間の削減

構築されたソフトウェアモジュール間は標準仕様で接続されるため、再度ゼロベースでの設計を回避できます。

これにより、新規開発時の手戻りやバリエーション管理にかかる無駄を最小限に抑えることができます。

4. ビジネスモデルの多様化

従来の「完成車メーカー主導」体制から、部品サプライヤーやソフトウェアベンダー、システムインテグレーターなど様々なプレイヤーが柔軟に参入できる土壌が整えられました。

車載システム向けソフトウェア開発を取り巻く状況

現在、自動車は「走る・曲がる・止まる」だけでなく、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転、EV(電動化)、コネクテッドカーといった革新技術の急速な発展期にあります。

ソフトウェア開発が車両競争力の中核を担うようになり、搭載されるECU数・機能は増加の一途をたどっています。

この状況下、以下のような現場課題が顕在化しています。

動的要件への対応

従来の機械的な安全性・信頼性から、ソフトウェアによるアップデートや即時性が求められるようになりました。


多品種・多機能化による設計複雑化

車両1台あたりのECU数が50個前後に達する現場も珍しくなく、システム間連携や組み合わせパターンの管理が業務負荷になっています。

サプライヤーや開発子会社、ODMとのグローバルな役割分担が進み、プロジェクトマネジメントの高度化が必須となっています。

レガシー資産、アナログ文化との両立

現場では依然として昭和時代から続くアナログな設計手法や社内ルールも根強く残っています。

新たな開発手法(モデルベース開発やSCRUMなど)へ移行する際には、こうした文化的抵抗や現場ノウハウの可視化・伝承問題も克服すべき課題です。

標準化対応の難しさ

AUTOSAR対応は、単なるソフトウェアの書き換えで済む話ではありません。

組織横断でのルール策定、社内外コミュニケーション、業界動向のウォッチなど、従来より幅広い「人と情報とプロセス」をマネジメントするノウハウが求められます。

こうした複雑な業界背景の中で、AUTOSARは自動車メーカー・サプライヤー双方にとって「共通言語」となりつつあります。

AUTOSARメソドロジと開発事例

AUTOSARに準拠したソフトウェア開発は、「AUTOSARメソドロジ」と総称される体系的な手法で推進されます。

このメソドロジは、要件定義から実装・検証・保守までを一貫して標準化することを目指しています。

主な開発プロセス

1. システム要件定義

まず車載システム全体の機能要件を洗い出します。

機能安全要件やリアルタイム性、拡張性などもこの段階で明確にします。

2. アーキテクチャ設計

ソフトウェアコンポーネントの配置や、ECU間インターフェース設計などを標準に沿って行います。

AUTOSARツールを用いることで、可視化やデザインレビューも効率化できます。

3. ソフトウェアコンポーネントの実装

アプリケーション部は、C言語やモデルベース開発(MATLAB/Simulinkなど)を用いて実装します。

ベーシックソフトウェア(BSW)は、各社で共通化された標準モジュール群をカスタマイズして使用します。

4. インテグレーション/検証

ECUごとにコンポーネントを結合し、「RTE(ランタイム環境)」を通じて各モジュールが連携できることを検証します。

システムシミュレーションやHIL(Hardware-in-the-Loop)検証もこのプロセスで重視されます。

5. 保守・拡張

車載ソフトウェアの生産後も、セキュリティ対応やバグ修正、オーバー・ジ・エア(OTA)によるアップデート支援が必要です。

開発事例(現場目線)

例えば、ある大手日系自動車メーカーでは、パワートレイン系のECU群を対象にAUTOSAR Classic Platformの全面導入を実施しました。

社内に根付くアナログ文化や”職人芸”とも言えるコツコツしたチューニングノウハウを持つベテラン技術者と、若手のモデルベース開発人材が融合し、システム概要設計からコード自動生成までを分業体制で進めました。

この時、大きな転機となったのは、「暗黙知」の形式知化です。

ベテラン技術者が持つトラブル時の勘・現象把握力をモデル化し、診断コンポーネントの標準化に生かしたことで、設計故障率の低減や再発リスクの数値管理を改善することができました。

また、Tier1サプライヤー側では、多品種多変量対応を加速するために、AUTOSARに準拠したモジュール契約(「ブラックボックス開発」)での調達契約スタイルが定着しつつあります。

このことが、バイヤーにとってはモデル仕様審査・機能検証・QCD管理の標準化メリット、サプライヤーにとっては自社技術差別化・複数OEM横展開推進という、双方ウィンウィンの関係構築につながっています。

AUTOSARと機能安全対応

自動車の進化とともに、機能安全(Functional Safety)の重要性も劇的に高まっています。

ISO 26262(自動車の機能安全規格)は、システム設計からソフトウェア開発、検証まで幅広く安全マネジメント体制を求めています。

AUTOSARは、この機能安全対応とも密接に関係しています。

機能安全とAUTOSARの接点

AUTOSAR準拠による開発フローは、ソフトウェアの構成・機能分離・エラーハンドリング・診断インターフェースが標準化されているため、ISO 26262やASPICE(Automotive SPICE)に対応しやすい体制を築くことが可能です。

具体的には、セーフティマネージャやウォッチドッグモジュール、エラーフック関数など、機能安全要件に対応したBSW(ベーシックソフトウェア)が多数用意されています。

また、ソフトウェアコンポーネントごとにASILレベル(Automotive Safety Integrity Level)の定義・識別もできるため、多層的な安全設計の実現が前提となっています。

現場における課題と工夫のポイント

実際の現場では、ISO 26262を満たすためのエビデンス管理や、サプライヤー間の責任分界点・インターフェース管理が非常に重要となります。

AUTOSARではこれらの管理ポイントが標準化されているため、サプライヤー各社が「どこまで安全対応をすべきか」「不具合発生時の原因領域はどこか」を明確化できます。

また、古いレガシーECUを抱える車種や、ソフトウェアアップデートを伴う既存車両にもAUTOSARコンセプトを段階的に適用する事例が増えています。

「旧世代のものづくり文化」と「新しい標準化技術」のハイブリッドマネジメントこそが今後の現場における勝敗の分岐点と言えるでしょう。

まとめ:昭和アナログから脱却し、持続可能なクルマづくりへ

AUTOSARは単なる技術標準を超え、本質的には「みんなで勝つ」ための業界基盤です。

製造現場で働く皆さんが持つ「現場目線」「課題発見力」は、今後も必ず価値を発揮し続けます。

しかし市場環境、テクノロジー、法規制はいまなお日々変化し続けています。

バイヤーとしては社内外のコミュニケーション力・標準化交渉力、サプライヤーとしては付加価値提案力・多様な横展開力が不可欠です。

現場ノウハウと新たな標準化思想を組み合わせ、持続可能なクルマづくりの未来を切り拓いていきましょう。

You cannot copy content of this page