投稿日:2025年6月12日

Phreeqcによる化学平衡計算の基礎と実践的活用法

はじめに:Phreeqcとは何か

Phreeqc(フリーク)は、米国地質調査所(USGS)によって開発された水化学平衡計算ソフトウェアです。

地表水、地下水、工業用水の化学反応を机上でシミュレーションできる柔軟性を持ち、世界中の現場で活用されています。

元来は地球化学の分野で地下水の挙動解析目的で多用されましたが、その計算ロジックや応用可能性の広がりから、近年は製造業の現場でも品質管理・プロセス最適化・排水処理といった幅広い用途に導入が進みつつあります。

しかし、依然として昭和的なアナログ管理が根強い日本の製造業の現場では、Phreeqcの有用性や、
実践的な導入手法について十分な理解が浸透しているとはいえません。

本記事では、製造業や工場の購買、生産、品質管理現場でPhreeqcを「使いこなす」ための基礎から、バイヤー・サプライヤー両者の視点で考える化学平衡計算の実践的活用ノウハウまで、現場経験に根ざして詳解します。

Phreeqcの基本構造と計算のメカニズム

Phreeqcは、「平衡計算(Equilibrium Calculation)」の思想に基づきます。

これは、水溶液中の各種成分が与条件下でどのような化学種の分布(溶存・沈殿・吸着等)となるかを数値計算で予測するものです。

水質成分として登録可能な元素は100種類以上。

また、さまざまな鉱物・固相・気体にも対応しています。

主な入力項目

– 初期水質(pH、温度、主成分濃度など)
– 適用するデータベースの選択(thermoデータ)
– 計算させたい反応系の定義(たとえばCaCO3の溶解・沈殿)
– 外部から投入される試薬量やガス分圧など

代表的な計算機能

– 水溶液のイオン平衡
– 固相の析出、溶解挙動の予測
– 複雑な化学反応(吸着、イオン交換等)
– バッチ反応(逐次投入シミュレーション)
– 反応経路(pH変化、混合反応等)

この「沈殿するのか」「吸着に移るのか」「わずかに溶け続けるのか」といったダイナミズムを、現場の複雑な条件で数値的に追跡できるのが最大の特長です。

Phreeqcの基礎データベースとシミュレーションの流れ

Phreeqcの本質は、「正確なデータベースの選択」と「現場状況の的確な反映」にあります。

主なデータベースファイル(thermoファイル)

– phreeqc.dat(標準データベース。飲料水・地下水解析など幅広く使える)
– wateq4f.dat(環境水化学向け。Fe、Mn等の挙動に強い)
– minteq.dat、pitzer.dat(高濃度塩水や多価イオン系にも対応)

「どの現場水質にデータベースを合わせるか」で結果の信頼性が決まります。

データベースのカスタマイズが現場ニーズに合わせた解析のコツです。

シミュレーションの一般的な流れ

1. 水の初期成分を設定(pH、主イオン等)
2. 入力ファイル(.inp)の作成
3. 反応条件(たとえば石灰注入や炭酸ガス曝気など)を定義
4. 実行し、出力(pH、イオン分布、飽和指数など)を解析

一度テンプレートができれば、何度でも条件変更して大量シミュレーションが可能です。

製造現場目線でのPhreeqcの主な応用例

Phreeqcは単なる研究ツールにとどまらず、実は購買・生産・品質管理・保全のあらゆるシーンで「考える力」を強化する実践ツールとなります。

ここでは、私の現場経験から代表的な用途を紹介します。

1. 排水処理・プロセス用水中のスケール発生予測

ボイラー、冷却塔、超純水プラントなど水を扱う機器では、「カルシウムスケール」などの沈殿障害が厄介です。

Phreeqcの「飽和指数」(Saturation Index)による予測で、
– どの薬品(たとえば石灰や酸)をどの程度添加すべきか
– 現象発生の「閾値」は何か
などを事前に把握し、歩留り悪化や設備トラブルを未然に防げます。

2. 品質管理や工程内トラブル対応

金属表面処理、メッキ、化学洗浄などで、
各種イオン濃度やpHが品質へ直結します。

Phreeqcで「ある薬液の希釈・混合」「外部成分流入」「温度変化」など複雑な現場条件の挙動を再現できることで、
– 想定外の腐食や生成物は何か
– 分析が難しい“隠れた不良要因”を洗い出す
– 将来的な設備改造に向けた影響評価
といった、定量的根拠に基づく“打ち手”の精度を高めます。

3. 調達・購買段階でのリスクアセスメント

材料バイヤーやサプライヤーにとっても、
– 新規材料の腐食リスク
– 混入異物による化学的挙動への影響
を事前シミュレーションすることは、 安全性確保・トラブル未然防止のため有効です。

近年の「SDGs対策」や「サプライチェーン全体のグリーン化」ニーズに対し、
化学平衡計算で得られたエビデンスはメーカーの特長や差別化にもつながります。

アナログ現場に根付いた“間違った常識”とPhreeqc活用の壁

現場を歩いてみると、
– 「とりあえずpHを測れば十分」
– 「昔ながらの水処理薬品の投与量は“勘”だ」
– 「データが読みにくいし、コンピュータシミュレーションは手間がかかる」
という声をよく聞きます。

ここには、長年の経験や“現場感覚”に頼ったマネジメントが根強く残る背景があります。
一方、それが故に化学的な変化の本質(どの成分がなぜ移動するのか)がブラックボックス化しやすく、トラブル再発や改善の限界を呼びやすいのも事実です。

Phreeqcは、現場感覚と理論の間を埋め、
「なぜpH7.0でもスケール発生?」
「わずかなイオン添加で不良が増える理由は?」
といった“ロジックとしての見える化”を実現できる現代的道具です。

職人技だけでは対応しきれない複合的な現場条件に対し、誰もが検証・再現できるシナリオを示せるのが大きな価値といえます。

現場でPhreeqcを使いこなすための実践ステップ

Phreeqcを単なる解析ツールで終わらせず、継続的改善・トラブルゼロの現場づくりにどう活用するか。
いくつかの実践ポイントを紹介します。

1. シンプルな事象から検証を始める

最初から複雑な工程全体を一度にシミュレートするのではなく、
「この混合タンクで何が起きているか?」
「薬品添加前後でイオン組成はどう変化するか?」
など、“一点集中”でケーススタディを繰り返します。

数値入力→結果表示→実際の現場での検証、というPDCAサイクルが現場全体のナレッジ向上に直結します。

2. 実測値と計算結果の突き合わせで信頼性向上

Phreeqcの計算結果は必ず現場水質の“実測値”と比較します。

データのズレを調べることで、
– 入力データの誤り
– サンプル採取法・保存条件の問題
– データベース(thermoデータ)の選定ミス
などを特定できます。

シミュレーションと実地の相互検証は、現場力の強化そのものです。

3. “イフシナリオ”で新たな改善策発掘

「もしこの薬品を減らしたら…」「温度を5度上げたら…」とさまざまな仮説検証がタダで何度もできます。

これにより、薬品コスト削減・排水処理の効率UP・設備ダウンタイム削減など、現場発のイノベーションに繋がりやすくなります。

4. 購買・設計部門との連携強化

バイヤーが“化学平衡のロジック”の重要性を理解すれば、
– サプライヤーへ仕様変更や薬品変更の提案
– トラブル未然防止型の提案
– コストと品質のバランスを科学的に判断
など、落とし所のある交渉・意思決定がしやすくなります。

実践的な“見える化資料”としてのPhreeqc出力は、社内外の合意形成に大きな武器となります。

ラテラルシンキングで発掘する“Phreeqc×現場知”の新地平

Phreeqcの真価は、「現場の暗黙知」を「形式知」に変換する触媒となる点です。

見えていなかった因果関係や、検証できなかった新しいプロセス改善案が明らかになることで、
– 省エネ・省資源と品質安定の高度両立
– 環境規制・法対応の未来先取り
– サプライチェーン全体での環境負荷評価
といった、“現場から始まる製造業の変革”に繋がります。

AIやIoTの活用が進む現在、Phreeqcの解析ロジックを“工程デジタルツイン”として組み込む動きも加速しています。
アナログ現場とデジタルの融合、その触媒役としてPhreeqcが持つ実践的価値がますます高まるでしょう。

まとめ:製造業のバイヤー・サプライヤーに今こそ必要な化学平衡思考

Phreeqcによる化学平衡計算は、もはや研究者や専門家だけのものではありません。

高齢化・人手不足・品質トラブルといった製造業界の構造課題を乗り越えるため、
– 現場に根ざしたデータ重視の判断力
– バイヤー・サプライヤー双方での“科学的エビデンス”に基づく意思決定
– トライ&エラーを高速に回していく現場主体の改善サイクル
が不可欠です。

Phreeqcなどのツールを積極的に活用し、現場目線でのラテラルシンキング(水平思考)を発揮することこそ、これからの製造業の新たな価値創造に繋がるはずです。

アナログな常識にとらわれず、現場からイノベーションが生まれる“化学平衡思考”の導入を、現場経験者として強くお勧めします。

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