投稿日:2025年4月29日

実験計画法の基礎と実践講座

はじめに―実験計画法は「勘と経験」から脱却する武器

製造業の生産現場では、歩留まりや品質のばらつきを減らすために日々改善活動が行われています。
しかし実験をするとき、「とりあえず一因子ずつ」「サンプルは3回繰り返し」といった昭和から続くやり方が根強いのも事実です。
このアナログなアプローチを抜け出し、統計的に再現性の高い知見を短時間で得る手法こそ実験計画法(DOE: Design of Experiments)です。
この記事では、製造業に20年以上携わる筆者の経験を交えつつ、基礎概念から現場での実践ステップまでを具体的に解説します。

実験計画法とは何か

多因子を同時に検証する統計的アプローチ

実験計画法は、要因(因子)と呼ばれる複数の条件を同時に変化させてデータを取得し、統計解析で主効果と交互作用を抽出する手法です。
従来の「一度に一因子」法では見落とされがちな相乗効果やトレードオフを短時間で把握できる点が大きな利点です。

製造業で使われる目的

・歩留まり向上(不良率低減)
・新材料や新設備の立上げ条件最適化
・コストダウン(例えば加熱温度や時間の削減)
・公差設計やロバスト設計による品質保証能力の向上
バイヤー視点では、サプライヤーの工程能力を数値で説明させる武器にもなります。

基礎用語とキーワード

因子・水準・応答

因子:温度、圧力、速度などの変化させたい条件。
水準:因子を設定する具体的な値。2水準が最もシンプルですが、3水準以上や連続もあります。
応答:評価したいアウトプット。寸法、硬度、タクトタイムなど。

交互作用

2つ以上の因子が組み合わさることで、単独効果以上の影響を与える現象。
現場の感覚では「温度を上げても圧力が低いとうまくいかない」といったケースです。

直交表と分散分析

直交表はトヨタ生産方式でも有名な田口メソッドで利用される簡便な実験表。
分散分析(ANOVA)は因子効果の有意性を検証する統計解析手法です。

代表的な実験計画法のパターン

2水準多因子実験(フルファクタリアル)

因子数が少ない場合に情報量が最大化できる王道設計。
例:4因子×2水準=16ラン。

部分因子実験(フラクショナル)

因子が多すぎて試行回数が爆発する場合にラン数を削減する設計。
解析力はやや落ちますが、忙しい現場では現実解となります。

Taguchi法(直交表 L8, L16 など)

ノイズ因子を敢えて実験に組み込み、ロバスト性を追求する日本発の手法。
組立ラインで外乱が多い場合に有効です。

応答曲面法(RSM)

粗探索で最適付近を絞り込んだあと、2次モデルで滑らかな曲面を描き最適解を数値化する方法。
金型温調や化学プロセスで美味しく使えます。

実践ステップ―現場での導入手順

1. 目的とKPIを明確にする

「不良率を3%以下にする」「サイクルタイムを5秒短縮」など具体的なゴールを設定します。
経営層の期待値とリンクさせることで予算も確保しやすくなります。

2. 因子ブレインストーミング

メカ設計者、品質管理、オペレーターなど多部門でホワイトボードを囲み、影響しそうな因子を洗い出します。
ここでバイヤーが同席していると、サプライヤーの材料規格や納入リードタイムといった購買観点の因子も加えられ、サプライチェーン最適化に大きく寄与します。

3. 季節変動・シフト変動のノイズ因子化

昭和的な現場では「夜勤になると不良が増える」と言われつつ放置されがちです。
実験計画法ではノイズ因子として組み込み、ロバスト条件を探索します。

4. 実験計画の設計

ラン数を決めたら、エクセルや専用ソフト(JMP, Minitab, Design-Expertなど)で実験シートを作成し、現場の作業手順書に落とし込みます。
試作ラインと量産ラインが異なる場合は、スケール差異が出る要因も明記してください。

5. データ取得と管理

紙の計測シートを後から入力する運用はヒューマンエラーの温床です。
バーコードやIoTセンサーで自動収集し、LIMSやMESに直結すれば次工程に流れる前に異常検知が可能になります。
バイヤーへのレポート提出時もトレーサビリティを担保でき、信頼性が向上します。

6. 解析と考察

ANOVAでP値を確認し、主効果プロット・交互作用プロットを作成します。
現象理解が浅いと「有意差はあるが理由不明」となりがちなので、工程FMEAや物理モデルと照合しながら解釈します。

7. 最適条件の検証と量産展開

パイロットラインでの再現性確認→量産ラインでのスケールアップ→作業標準書改訂→現場教育という流れです。
この段階でQC工程表やCPK、PPKを必ず更新し、サプライヤー監査で説明できる状態にしておきます。

導入を阻む三つの壁と突破策

①データリテラシー不足

統計が苦手な技術者は多いものです。
まずは2水準3因子の8ラン実験を体験させ、効果の大きさを実感させると参加意欲が高まります。

②生産計画とのコンフリクト

ライン稼働率を落とせないので実験が組めない、という声は現場あるあるです。
「試作停機は原価低減投資」と位置づけ、財務部門と協議のうえCAPEX枠で吸収する方法が有効です。

③組織風土―失敗を許容しない文化

実験計画法は仮説検証の連続であり、失敗が前提です。
トップが「失敗から学んだコストは将来への保険」とメッセージを発信し、KPIにも学習効果を組み込むことが重要です。

DOEを武器にしたバイヤーの交渉術

購買担当がDOEリテラシーを持つと、サプライヤー選定や価格交渉で大きな優位性が生まれます。
・工程能力指数を根拠に「品質で差別化して単価を据置き」
・原材料のスペック過剰をDOEで検証→要求仕様を落としてコストダウン
結果としてWin-Winの関係を築け、安易な値引き交渉から脱却できます。

おすすめソフトウェアと学習リソース

・JMP:インタラクティブで初心者向け。大学アカデミック版もあり。
・Minitab:品質管理機能が豊富で製造業と相性◎。
・Design-Expert:応答曲面法に強い。
書籍なら、『実験計画法―基礎から応用まで』(東京大学出版会)が鉄板です。
また、トヨタ自動車のQCサークル事例集は日本語で具体例が多いため現場展開に役立ちます。

まとめ―データドリブンの文化が未来を拓く

実験計画法は単なる統計ツールではなく、企業文化を変革するレバーです。
多因子を科学的に扱う思考法が根づけば、設計・生産・購買が同じテーブルで議論できるようになり、ムダなコストとリードタイムが劇的に減少します。
あなたの工場にもまだ隠れた最適条件が眠っています。
小さく試して、早く学び、成果を全社に水平展開する。
その第一歩を、今日のブラウザのJMP起動から始めてみませんか。

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