わかりやすい技術文書作成の基礎とトラブル未然防止の実践術

はじめに：技術文書が果たす重要な役割

製造業の現場で長く働いた経験から、現場での情報伝達の精度が、生産効率や品質、最終的な顧客満足度に大きな影響を与えることを痛感しています。

調達購買、生産管理、品質管理、工場自動化など、守備範囲の広い製造業において「わかりやすい技術文書」の重要性は年々増しています。

トラブルの未然防止や、引き継ぎ・教育の効率化、そして工場全体のムダ排除にも絶大な力を発揮するのが技術文書です。

それにもかかわらず、昭和時代から続くアナログ文化や、「暗黙知の文化」が根強く残る現場では、文書作成が後回しにされがちなのが現状です。

この記事では、わかりやすい技術文書作成の基礎から、現場ならではの「実践的なトラブル未然防止ノウハウ」までを、ラテラルシンキング（水平思考）で深掘りし、未来志向でご紹介します。

技術文書とは何か？現場目線で再定義する

技術文書の具体例とその役割

技術文書とは、製造業における「情報の設計図」とも言えます。

現場でよく見かける技術文書の例には、以下があります。

工程標準書
作業手順書
保守・メンテナンスマニュアル
購買仕様書
品質保証基準書
異常対応マニュアル
サプライヤー向け図面・仕様書

技術文書とは、単なる「説明書」ではありません。

現場の知恵や技術を、誰が読んでも「正確・簡潔に」伝達し、標準化するための“命綱”です。

昭和の現場に根付く『暗黙知依存』がもたらすトラブル

昭和～平成初期の現場では「職人の勘」「ベテランなら分かる」といった暗黙知が重宝されてきました。

この文化を引きずっていると以下のようなトラブルが今なお頻発します。

人による作業のバラつき
技術・ノウハウの属人化（伝承されない）
品質トラブル時の原因特定・再発防止が難しい
新規取引先・若手人材への教育コスト増大

こうした問題を解決するためのカギが、誰でも「読めばわかる」、論理的で平明な技術文書なのです。

わかりやすい技術文書作成のための7原則

原則1：使う人・読む人の現場目線で書く

どのポジションの誰が、どんな目的で読むのか。

現場作業者、設備エンジニア、調達購買部門、サプライヤー担当……。

対象読者が変われば、求める情報の粒度、専門用語のレベル、文章構造も変わります。

読者の「前提知識・業務環境・期待したいアウトプット」を徹底的に想像することが第一歩です。

原則2：5W1Hを徹底する

曖昧な表現、「たぶん」「おそらく」「よく見ると」などはNGです。

5W1H（いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どのように）を必ず入れましょう。

例：「材料Ａを200℃で10分間加熱する」
→「2024年4月以降に納入される材料Ａ（製造LOT#****）は、200℃・10分間、恒温槽#1で加熱処理すること」

原則3：図表・写真を効果的に使う

文章だけで伝えるのは限界があります。

現場目線では「百聞は一見に如かず」です。

作業手順や検査ポイント、設計変更箇所などは、できるだけ図面や写真、フローチャートを併用します。

「どこをどう改訂したか」もビフォーアフターで示すと、ミス防止に効果的です。

原則4：専門用語・略語の解説を必ず入れる

「社内用語」は、サプライヤーや新規メンバーには通じません。

略語、記号、英単語は必ず最初に説明を入れるか脚注で明記しましょう。

（例：「ＯＴＤ（On Time Delivery：納期遵守率）」）

原則5：「やさしい日本語／Plain English」発想で書く

日本語でも英語でも、「読み手が一回で理解できる文章」にするのがプロの技術文書です。

冗長な修飾語や、二重否定、過度な漢字は極力排除し、短く区切った文章を心がけましょう。

原則6：作業現場・工程フローと紐づける

「マニュアルの手順３と、現場の置き場３が一致しない」
「記載の部品が図面に載っていない」

このようなことが現場だと当たり前に起きています。

実際の工程フローや物理配置と、文書の内容を必ず照合しながら書きましょう。

必要なら現場で実地検証を行い、現場と文書のズレをなくします。

原則7：版管理・更新履歴を厳格に

技術文書で最も多いミスが「最新版がどれかわからない」現象です。

必ずドキュメントヘッダー部などに版数・改訂日・改訂者・改訂内容を明記し、一つの場所（共有のネットワークフォルダやドキュメント管理システム）で一元管理してください。

トラブル未然防止の実践術：現場で役立つラテラルシンキング

ヒューマンエラーのパターン抽出・予防策

実際の現場では、「記載ミス」「読解ミス」「見落とし」といったヒューマンエラーがトラブルの主因です。

経験的に有効なトラブル未然防止策は以下です。

チェックリスト方式で必須項目を可視化
作業直前チェック（ダブルチェック・相互指差呼称）
紙・デジタル両方での配布（停電時・災害時も意識）
トラブル発生時の現場フィードバック制度（現場で気付いた改善点を即座に文書へ反映）

特に「異常状態の検出と対応フロー」は、読み手が“もしものときどうすればいいか”が必ず一目で分かるように図解付きで明示しましょう。

バイヤー・サプライヤー間での齟齬を防ぐコミュニケーション術

調達・購買の現場では、発注側（バイヤー）と供給側（サプライヤー）の間で「言った・言わない」「条件・定義の違い」からトラブルが絶えません。

この防止には、双方共通の『技術要件定義書』や『質問／回答履歴』の整備・共有が有効です。

曖昧な表現や「～など」「例外的に対応」などはすべて排除し、言葉の定義や合意プロセスを必ず文書化しましょう。

なお、図面や仕様書の受け渡しはPDFだけでなく、CADデータや、可能な場合は現場写真・動画による補足をつけることで更なる齟齬のリスクを減らせます。

最新トレンド：「デジタル化」と「ナレッジ共有プラットフォーム」活用

昨今は、WordやExcelだけでなく、クラウドベースのドキュメント管理、AIによる自動翻訳、ナレッジ共有システムの導入が加速しています。

例えばGoogleドライブやNotion、Miroなどでリアルタイム編集や部門間コメントが可能となり、「どの版が正しいか？」という悩みや、情報の断絶が減らせます。

ChatGPTなど生成AIによる「自動要約」「異なる専門性へのトランスレーション」も成長分野です。

しかし、デジタルだけに頼り切ると「現場で本当に動くのか」「日本固有の現場文化に馴染むか」といった壁もあります。

現場担当者とIT・本社部門が膝詰めでコミュニケーションし、「現場も納得できるハイブリッド体制」を目指しましょう。

まとめ：製造業の未来を拓くのは、現場目線の知恵と可視化力

製造業の現場が抱える“見えないムダ”“属人化”“トラブル頻発”を打破し、サプライチェーン全体の競争力を底上げするのが、わかりやすい技術文書と、その地道な更新・共有努力です。

これは単なる文書作成業務にとどまらず、現場の「知的インフラ作り」そのものです。

ベテランの暗黙知と最新のデジタル技術を掛け合わせ、だれもが“迷わず・ムダなく・失敗せず”動ける現場を目指しましょう。

製造業に勤めるみなさん、バイヤーを志す方、サプライヤーとして一歩先回りした提案型企業になりたい方——
この記事が現場改善・自己成長の一助となれば幸いです。