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認知心理学の基礎と製品開発への活かし方

目次
はじめに
製造業において製品開発は企業の成長を左右する重要な過程です。
しかし企画段階から現場、さらにはマーケットまで、常に「なぜその選択をするのか」「その判断は誰のどのような心理から生まれるのか」といった深層の問いがつきまといます。
こうした疑問の背景にあるのが人間の認知の仕組みです。
本記事では、認知心理学の基礎を理解したうえで、その知見をものづくりの場―とくに製品開発へどのように活用できるか、現場感覚・昭和から令和に至る業界動向も交えつつ解説します。
認知心理学とは何か?
認知心理学の概要
認知心理学は、人間が「どのように情報を受け取り処理し、意思決定に至るか」を科学的に解明する学問です。
知覚、注意、記憶、思考、判断、学習など、人間の知的活動すべてが守備範囲となります。
ものづくり現場の意思決定プロセスやユーザーが製品をどう捉え、使いこなすかなども、認知心理学的な観点抜きでは語れません。
業界における認知心理学の重要性
例えば調達や購買部門では、「なぜその取引先を優先するのか」「コスト以外に影響している要素は何か」といったヒューマンファクターが重要です。
また製品開発では「なぜユーザーはこのボタン操作を躊躇するのか」「初見ですぐ理解できる設計とは」など、現場で毎日のようにぶつかる壁の多くが“認知”の問題に集約されます。
人間の意思決定と製品開発
ヒューリスティックスとバイアス
人間は膨大な情報すべてを理性的に処理しているわけではありません。
「ヒューリスティックス」と呼ばれる経験則や、「認知バイアス」と呼ばれる思い込みによるショートカットが頻繁に発生します。
たとえば部品選定の現場やサプライヤー評価で「A社は過去にトラブルがなかったから今回も大丈夫だろう」と無意識に判断するのも、この一種です。
一方、思い込みの危険性も知っておかなければいけません。
ユーザーの操作ミスが頻発する設計、記憶に頼った生産スケジュールミス、現場経験則の誤用による品質不良など、日常業務の至る所に認知バイアスが潜んでいます。
合理性の限界と現場の知恵
経営として正論だけで回そうと思っても、現場には「暗黙知」「肌感覚」が機能しています。
これも認知心理学的にみると、パターン認識や直感による判断(インスティンクト)が生産現場や調達判断に大きな影響を及ぼしている証左です。
合理的説明のできない事象―たとえば「なぜかこの設備トラブルだけは現場主任が近づくと収まる」などという現象も、職人的な認知スキルの結晶と考えることができます。
昭和的アナログ思考の根強さと“脱昭和”の壁
現場主義が生んだ“思考の固定化”
日本の製造業は現場主義、泥臭い試行錯誤、いわゆる“昭和の叡智”によって数々の課題を克服してきました。
しかしその一方で、「同じやり方で失敗したことがない」「過去のデータに頼るのが安心」という認知バイアスが非常に根強く、デジタル化やユーザードリブン型開発への移行を阻んでいます。
時には熟練者の「肌感覚」が意思決定を左右しすぎ、若手や外部の新視点が排除されるケースも見受けられます。
認知の偏りが組織文化と深く結びつき、“なぜそう考えるのか”を問い直す場面が減ることもリスクです。
アナログ的現場知と認知心理学の協働
重要なのは、既存の現場知を否定するのではなく、それを認知心理学的に「再解釈」し、より俯瞰的・客観的な視座に据え直すことです。
例えば「ベテランオペレーターの勘と経験による設備異常の予兆検知」を、“パターン認識”という認知特性の活用と位置づけ、AIやIoTとの補完関係に変換することも可能です。
デジタル活用や若手主導型プロジェクトを「現場力の否定」と捉えず、認知特性の違いを生かした新しい現場力として昇華する工夫が求められるでしょう。
認知心理学を製品開発に活かすためのポイント
1. ユーザーの思考パターンを分析する
製品開発においては、ターゲットユーザーの思考パターンを徹底的にリサーチすることが不可欠です。
「カスタマージャーニー」「ユーザーエクスペリエンス(UX)」の設計を、認知心理学にもとづいて緻密に描くことで、「迷いなく使える」「気持ちいい」と感じてもらえる製品になるでしょう。
例えば、複雑な操作が必要な産業用ロボットなら「人間が一度に記憶・処理できる情報量(ワーキングメモリ)に配慮したUI設計」が有効です。
また、作業の流れやミスの起きやすいポイントも「認知負荷理論」や「注意の分散」に即して見直すことが多いに役立ちます。
2. チーム内の“見落とし”と“思い込み”の排除
設計・開発・品質管理など、プロジェクトメンバーが陥りやすい「思い込み」を洗い出すワークショップや、異なる立場からのフィードバック(バイヤー目線・現場目線・経営目線)を導入しましょう。
“サンクコストバイアス”や“アンカリング効果”など、決まりきった流れにとらわれてブレークスルーが遅れるリスクを未然に防ぎます。
また、外部のサプライヤーと共同開発する際には「相手がどんな認知的バイアスを持ちやすいか」「どんな判断基準で意思決定しているか」といった裏側まで推察することで、スムーズな交渉が促進できます。
3. プロトタイプ検証の“心理的安全性”確保
リアルな現場やエンドユーザー参加のプロトタイピングは、単なる「技術評価」にとどまらず、「心理的にどう感じたか」「なぜ不安や違和感を持ったのか」をフィードバックする場として活用しましょう。
現場の“生の声”や“ひらめき”が最も出やすいのは、心理的安全性の高いオープンなコミュニケーションのときです。
一度の失敗が「証拠」として蓄積される昭和的職場では特に、「チャレンジ=リスク」ではない空気を作ることが、新しい価値創出のカギとなります。
バイヤー・サプライヤー・現場、それぞれの認知をつなぐ
バイヤー目線の認知特性
バイヤーはコストや納期、品質だけでなく「過去実績」「社内評価」「担当者の印象」といった定量化しにくい心理的ファクターでも意思決定をしています。
サプライヤー側は「仕様書どおりに作ればOK」と思いがちですが、「なぜその仕様となったか」「隠れたユーザーニーズは何か」まで想像力を働かせるほど、信頼関係が構築しやすくなります。
サプライヤーの認知・提案力
単なるコスト競争だけでなく、バイヤーの認知バイアスや意思決定プロセスを分析したうえで「こういう点で御社担当者様は決断しやすいかもしれません」「現場の方が不安に感じるポイントはここです」といったきめ細かい提案をすることが、差別化の武器となります。
現場でヒアリングした生の声や、ベンチマークとなる成功事例を自社提案に盛り込むことも、バイヤーの認知心理に刺さるアプローチです。
現場リーダー・スタッフの認知支援
現場スタッフにはマニュアル中心の手順教育と並行して、「なぜこの工程でミスが起きやすいか」「どのタイミングで疲労や誤認識が生まれるか」といった認知的観点からサポートできる仕組みが求められます。
例えばヒューマンエラー対策の一環として、現場で使う「暗黙知マップ」や「認知負荷チェックリスト」を取り入れることも有効です。
まとめ:製造業の未来と認知心理学
デジタル化やグローバル競争が進む現代。
一見“非効率的”に見える現場の直感や昭和的ノウハウにも、大きな意味と価値があります。
それを単なる「思い込み」にせず、認知心理学という科学的視点で再検証し、「現場×科学」の融合で新しい製品開発・現場運営を切り拓きましょう。
製造業の本当の競争力とは、技術や設備だけでなく、人と人がどう考え、どう働きかけるか、その“認知”を活かす力にこそある、と私は現場で何度も実感してきました。
バイヤーもサプライヤーも現場スタッフも、ぜひ認知心理学の知見を自らの武器として活かしてください。
そして現場での一歩一歩が未来の「ものづくり革新」につながることを信じています。
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