投稿日:2025年6月18日

Excelによる誘導モータ設計の基礎と高効率化実現のポイント

はじめに

誘導モータは産業機械や日常的な家電、インフラまで、あらゆる場面で使われています。
その設計には高度な知識と実践的なノウハウが求められますが、現場では依然としてExcelを活用した設計が主流です。
一方、カーボンニュートラルや生産性向上が叫ばれる中、高効率なモータ設計への要求も日増しに高まっています。
本記事では、Excelを用いた誘導モータ設計の基本から、現場目線で実践できる高効率化のポイントまでを詳しく解説します。

誘導モータ設計におけるExcel活用の意義

設計プロセスの標準化と見える化

設計部門では専門ソフトも使われていますが、現場では「Excelのほうが手軽」「計算根拠が可視化しやすい」といった理由で、Excelが依然として重宝されています。
設計条件とパラメータを書き込んで、計算フローを見える化することで、チーム内でのナレッジ共有も容易になります。
加えて、ExcelならVBAや関数で独自のアルゴリズムも簡単に組み込めるので、設計部門ごとの慣習やこだわりも反映しやすいです。

アナログな現場での根強い使い方

日本の製造現場、特に昭和から続く工場では「手計算+Excel」でのステップバイステップ設計が今も主流です。
手書きで基礎計算の跡を残しつつ、精度を上げる部分・サンプルのバリエーション確認でExcelを使い回すパターンが強く根付いています。
このような文化的・習慣的バックグラウンドを理解した上で、設計効率や精度アップを狙うことが、実践的な改善への第一歩となります。

Excelによる誘導モータ設計の基礎

必要な設計パラメータの整理

まずは必要な設計パラメータを明確にします。
基本的な入力項目は次の通りです。

  • 出力(kW)、回転数(rpm)
  • 電源電圧、周波数
  • 効率目標値、力率目標値
  • 磁気回路寸法(コア長、外径、スロット数など)
  • 導体の種類・断面積
  • 冷却方式(空冷、水冷)
  • 巻線方式

これらをExcelの入力シートにリストアップし、必要なパラメータの整合性や変更履歴を管理すると、設計変更にも柔軟に対応できます。

主要な計算式とそのExcel化

誘導モータの基本設計で用いる主な計算式は、以下のようなものが挙げられます。

  • 出力P=2πNT/60(P:出力[kW]、N:回転数[rpm]、T:トルク[N・m])
  • 効率η=(出力/入力)×100
  • 漏れインピーダンス、スリップs、力率の近似式
  • 巻線巻数、スロット当たりの導体本数
  • 温度上昇計算(損失からの発熱量と冷却能力比較)

これら計算式をセルごとに展開し、変数を分かりやすく命名して管理します。
積極的に「名前の定義」や「IF関数」「LOOKUP関数」を活用すると、ミス防止と効率アップに繋がります。

設計評価・比較シートの作成

設計案が複数ある場合や、設計値の妥当性を評価するために、実績機種・標準カタログ値との比較シートを作ることが有効です。
グラフを活用すれば、各案の性能やコスト傾向、効率・損失・熱バランスの違いが一目で把握でき、意思決定も迅速になります。

高効率化実現のための設計ポイント

主要損失の低減

高効率モータ設計のカギは、以下の損失低減です。

  • 銅損(巻線抵抗による損失)
  • 鉄損(コアのヒステリシス・渦電流損失)
  • 摩擦損・風損(機械的な回転損失)
  • 二次損(ロータの損失)

銅損低減には、導体断面積の増加や最短配線、巻き方工夫が有効です。
鉄損対策としては、高品質な電磁鋼板の選択や板厚の最適化が代表例です。
また、隙間なくコアを積む、冷却性能を上げて損失分散を狙う方法も効果的です。

設計のパラメータ最適化

高効率化には複数パラメータが相互影響するため、1項目ずつ段階的に最適化していくことが肝心です。
たとえば、

  • コア長を伸ばす ⇒ 鉄損削減だが重量増・コスト増に注意
  • 外径を大きく  ⇒ 高出力だが設置スペースや振動への配慮が必要
  • 巻線を太く   ⇒ 銅損減だが製造性低下や端子サイズ増の心配
  • 隙間を詰める  ⇒ 効率UPも絶縁や耐熱とのバランス検討要

Excelでは、このような多変数の「パラメータスタディ」が簡単なので、複数案比較や「感度分析」を手軽に行えます。
「ソルバー」や「ゴールシーク」機能を使い、「この効率を達成するにはどこをどうすれば良いか?」を可視化するのも有効です。

材料・生産性も見据えた設計思想

“高効率一辺倒”では、現場の生産性やコスト競争力を損なう危険があります。
実際には、材料費や加工方法(例えば自動巻線化)、量産時のバラツキ耐性といった現場の知見を踏まえ、「標準部品化」や「省人化設計」も絶対に無視できません。
Excelで、設計値と並行して材料コスト・組立工数試算も管理しておけば、設計・生産・調達の垣根を越えた最適解を目指せます。

デジタル化が進む中の「Excel活用」の今後

DXの波とExcelの“過渡期的役割”

昨今はCAD・CAE・IoTプラットフォームといったデジタル化の波が急速に進んでいます。
しかし、多品種少量や工程ごとの段取り変えが多い現場では、カスタム性・柔軟性のあるExcelがまだまだ不可欠です。
「最新ツールがあれば何でも解決」ではなく、「現場に根付いたExcel管理をデジタル基盤にどうつなぐか」が大きなテーマとなるでしょう。

現場ナレッジの活かし方と属人化の課題

設計部門のベテランが使っている「Excelマクロ」や「多段式シート」には、半世紀におよぶ改善・改良の知恵が凝縮されています。
これを次世代に見える形で継承し、バージョン管理や設計ドキュメント化することが、組織力の底上げに直結します。
一方、属人化・ブラックボックス化リスクを避けるため、設計計算書やナレッジシートの“共通フォーマット化”も積極的に進めていくべきです。

工場長・調達バイヤーの視点から設計現場へ伝えたいこと

“設計だけ”では終わらないものづくり力

高効率モータの設計現場では、いかに現場とコミュニケーションし、調達や生産支援部門と連携できるかが問われます。
たとえば「発注リードタイム」「新素材の入手性」「製造ラインの段取り変えしやすさ」といった、生産全体最適を忘れない視点が大切です。
調達バイヤーを目指す方は、設計者が「なぜその選定をするのか」「代替材でどこまで性能維持を狙えるのか」を理解できれば、提案力や交渉力も格段に磨かれます。

サプライヤーにとっての“設計現場の本音”の把握

サプライヤーとしてバイヤーや設計担当者と対話する際は、「なぜ今もExcelを使い続けるのか」「高効率化とコストのジレンマで何に悩んでいるのか」といった現場の実情や慣習を知ることで信頼関係を築けます。
現場起点でアイデアを出し、工程や調達対応への“ひとさじ”の工夫を持ち込むことで、「このサプライヤーと長期関係を築きたい」と思われる存在になれるでしょう。

まとめ

誘導モータ設計の分野では、デジタル化の波と現場アナログ文化が共存しています。
Excelはただの計算ツールではなく、「設計根拠の見える化」と「現場ナレッジの継承基盤」として今も重要です。
高効率モータ設計のポイントは、損失低減にこだわるだけでなく、材料調達、量産性、コストまで見据えた“全体最適”にあります。
この記事が、設計・調達・バイヤー・サプライヤー立場で関わる皆さんにとって、現場に根差した実践力と未来志向の気付きとなれば幸いです。

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