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感性工学の基礎と感性要素の定量化および製品開発への応用

目次
感性工学とは何か
感性工学は、ユーザーの「感性」――すなわち潜在的な好み・快適さ・安心感・美的満足などの主観的な心理・感情を、製品開発に取り入れるための工学的アプローチです。
日本発祥のこの分野は、1970年代後半から1980年代にかけて、技術力だけでなく「人の感じ方」を活かした製品づくりの重要性が認識される中で急速に発展しました。
特に製造業の激しい国際競争、消費者ニーズの多様化が進む中、「差別化」や「ブランド価値」そのものを創出する要素として、今や不可欠な考え方といえます。
工場現場のアナログ文化が色濃く残る環境でも、「感性」を見過ごしている限り真に売れるものは生まれません。
感性の定義とその難しさ
感性とは五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)を通じて生じる「心の動き」や「主観的印象」を指します。
例えば車のドアを閉める音、スマートフォンの手触り、家電製品の操作音――ここには数字やスペックでは語り尽くせない「心地よさ」や「安心」、「楽しい」といった要素が隠されています。
こうした「漠然として分かりにくいもの」を、どうやって工場現場の設計・製造プロセスにつなげるのか。
これが感性工学の最大のテーマであり、多くのバイヤーがつまずきやすいポイントです。
昭和的な「ためしに作ってみて、社内ですり合わせて決める」やり方だけでは、時代の変化に追い付けません。
感性にはどんな要素があるか
感性要素には下記のようなものが含まれます。
– 見た目(デザイン、色、形)
– 操作感・触感(スイッチの押し心地、表面仕上げ)
– 音(心地よさ、安心、性能感)
– におい(無臭・芳香・新素材の香りなど)
– 重さや剛性感
– 空気感や親しみやすさ
これらは単なる「好み」ではなく、ユーザー体験(UX)のコアを成す大事な要素です。
感性要素の定量化とは
感性工学の大きな課題は、「主観的なもの」を「客観的なデータ」に落とし込むことです。
なぜなら、生産管理や品質保証の現場では「数値」や「規格」が絶対的な言語です。
ここにうまく橋渡しできなければ、現場の理解・協力も得られません。
感性語(感性キーワード)の抽出
まず必要なのは、ターゲットユーザーへの徹底的なヒアリングやアンケート調査です。
例えば「精密機器のフタの閉まり方が気持ちいい」といった声からは、「精緻」「スマート」「高級感」など、さまざまな感性語(キーワード)が抽出できます。
評価スケールへの転換
「どれくらい高級感があるか」「どれだけ安心感があるか」といった主観を、1~7段階で点数評価するなど、数値スケールに落とし込む手法が一般的です。
官能評価試験や官能検査(人間による評価)を組み合わせて、現場の「経験知」とバイヤーが求める「感覚的価値」のどちらにも橋渡しする発想が求められます。
物理量への変換(感性工学計測)
定量的に分析するには、
– 色彩のRGB値
– 音響の周波数分析
– 触感の摩擦係数や硬さ
– 重量・慣性モーメント
– 表面粗さや反射率
など、物理的な測定値にまでブレークダウンします。
例えば「カチッとするスイッチ感」は、加圧力、圧力分布、戻りスピード、発音の周波数帯域などに分解可能です。
一見アナログ然とした業界ですが、近年はセンシング技術、AI画像解析、IoTデバイスなどの活用も急速に進み、データによって「いい感覚」を説明できる土壌が整ってきました。
製品開発への応用事例
家電製品:ドアの開閉感
ある冷蔵庫メーカーでは、「ドアを開けるときの重み・しまり感」に感性工学を応用。
ターゲットの主婦グループを中心に「気持ち良い」と感じる感性語を抽出し、開閉力の大小、速度、終端時の衝撃、音響スペクトルなどをデータ化しました。
結果として「しっかり閉まった安心感」「ソフトで高級感のある静音ドア」を開発し、製品価値の向上とブランド定着を実現しました。
自動車部品:スイッチの手応え
車のインパネのスイッチやボタンにおいては、「押したときのカチッ感」や「しっとりした手触り」が愛着や安心感を大きく左右します。
ここでは、スイッチの押下荷重(何Nで反応するか)、フィードバックの力学特性、押されたときの音響特性などを精密に測定して設計のベースにします。
さらにユーザー官能評価と機能試験を繰り返すことで、「設計値が感性的価値につながる」という流れを作っています。
食品産業:食感・においの評価
米飯やパンの「ふんわり感」、スナック菓子の「パリパリ感」「香り立ち」は、食味センサーやテクスチャー評価装置により定量化されています。
バイヤーやサプライヤーが交渉する際にも、「どの物性値がどの感性評価に効果的か」をデータにもとづき説明することで、主観だけで揉めることなく、納得感のある取引を行うことが可能になりました。
アナログな現場に根付く感性工学――変革までの壁と工夫
製造業の現場は今なお、熟練工による官能検査や経験にもとづく「勘と経験」が支配的です。
「数値では管理しきれない」「昔ながらの作り方が一番だ」といった昭和的メンタリティが根強く、データ主導の感性工学の導入には現場の抵抗感もあります。
しかし、「どこが良いのか説明できないが、確かに売れている」「あの人が作る部品はなぜか評判がいい」といった現象を突き詰めるのが、まさに感性工学の出番です。
バイヤー、サプライヤーで必要となる視点
– 感性品質を最初から要求仕様(スペック)に盛り込む
– 感性データや官能評価を定例的に活用する
– 意図的にユーザー参加型開発を増やす
– サプライヤーにも感性工学の考え方を共有する
など、現場・バイヤー・設計・サプライヤーが一体となって「感じの良さ」を数値で検証しPDCAを回すフローが求められています。
感性工学を活かすために――業界が進むべき新たな地平
感性工学は単なる「おしゃれ」や「雰囲気もの」ではありません。
購買や調達、設計、生産管理それぞれの立場が「ユーザーの感じ方」を数値で伝え、納得いく説明材料に昇華することで、
– 調達競争力の強化
– バイヤー・サプライヤー間の摩擦低減
– 新しい価値すなわち“感動”のある商品開発
といった地平線の開拓が可能になります。
新しい設備や自動化技術の導入に先立ち、人間の心を見つめる姿勢を持つことで、「つくり手」と「使い手」の溝を埋め、グローバル市場でも強い製品開発へと進化する時代が到来しています。
まとめ:感性工学こそが未来のものづくりのコアになる
今や消費者は、スペックや価格だけでモノを選ぶ時代ではありません。
バイヤーもサプライヤーも、「どんな感覚体験を提供できるか」「そのためにどんな仕様・物性値が必要か」をデータと主観評価の両面から理解し、現場のものづくりに真に活かす能力が問われています。
昭和のアナログ文化を脱却し、数値化・科学的思考を現場に根付かせるためにも、感性工学をものづくりの基盤に据えることは、未来を切り拓く第一歩です。
ぜひ現場での実践・提案・技術導入のヒントとして、感性工学を自分ごととして考え、製造業の新しい“地平線”を共に拓いていきましょう。
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