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マルチボディダイナミクスの基礎と動力学解析への応用事例

目次
はじめに:マルチボディダイナミクス(MBD)とは何か
マルチボディダイナミクス(Multi-Body Dynamics:MBD)は、機械や構造物における複数の剛体、または弾性体の動的な挙動を数学的に解析・予測する技術です。
1980年代からCAE(Computer Aided Engineering)の進化とともに急速に発展し、現在では自動車、航空、ロボット、家電、重機、食品といった幅広い分野の製造業で応用されています。
MBDは単なるシミュレーション技術ではありません。
事故や故障のリスク低減、商品の高付加価値化、開発期間とコストの削減、工場のスマート化など、モノ作りに革新をもたらす実践的な手法です。
現場中心のアプローチと、製造マネジメントの視点に軸足を置いて、その基礎と応用を解説します。
MBDの基礎:なぜ今、マルチボディダイナミクスが求められるのか
製造業の現場が抱える構造と動力の複雑化
昭和の時代までの日本の工場は、多くが職人技や経験による手作業、現場主導型で動いていました。
しかし、グローバル化とIT化が進み、設計思想や生産管理、品質要件はますます厳格・複雑に。
小型化・軽量化・多機能化・高速化が常態化し、一つの部品設計ミスが全体のパフォーマンスや信頼性を大きく左右します。
こうした背景のもと、物体単体の運動ではなく、複数の部品が連成した「マルチボディ」の運動現象を数値で正確に把握するMBD技術は、設計・生産現場での必須ツールとなっています。
従来は「アナログ」であった運動解析の限界
かつての現場では、主に物理法則や経験則、簡易的な試作・現物テストで機械挙動を把握していました。
しかし、複雑に組み合わさる部品同士の力学的な関係性や時間変化を、全体像として「見える化」するのは困難でした。
特に不具合時の再現・解析や、多次元的な最適化は人手とコスト、時間の限界に直面していました。
MBDはこれらの課題にデジタルデータで対応し、競争力あるものづくりを実現する原動力となっています。
MBD解析の基本構造:現場感覚でつかむ3つの大要素
MBDを適用するうえで、押さえておきたい「現場視点」の3要素を解説します。
1. 剛体・弾性体モデリング
マルチボディダイナミクスで解析対象となる「物体」は、大きく剛体(変形しないと仮定)と弾性体(たわみや伸び縮みも考慮)に分かれます。
例えば自動車サスペンションや産業用ロボットの「アーム」などは、基本的には剛体モデルですが、精密機械や金属加工機、プレス装置では荷重時のたわみなど、弾性体の要素が不可欠です。
現実の運用実態を“いかに忠実にモデル化するか”が、現場目線で成功するMBD導入の第一歩です。
2. 結合(ジョイント)と拘束条件
実際の機械は、多くの部品(リンク)がヒンジ、スライダ、ボールジョイント、ギアなどの結合でつながれています。
それぞれの結合部で「どの自由度が許され、どこに制約があるのか」を正しくモデリングしないと、結果は全く意味を持ちません。
例えば、搬送装置のリンク機構で「横方向のがたつき」を再現したい場合、ほんの0.1mmの遊びさえ反映させなければ、実機で発生している不具合をMBDで検証できません。
3. 外力・摩擦・衝突条件
実際の生産現場には、理想化された動きの中にも必ず「外力」が介在します。
摩擦・部品の摩耗・衝突・シール材による抵抗・油圧の圧力変動など、分析精度を高めるためには“モデル外”の現象をどこまで考慮するかが要です。
特に、運用中に発生しうる突発的な衝撃や、アクセル・ブレーキなど人為的な入力は、MBD計算の出口条件として無視できません。
動力学解析におけるMBDの具体的な応用事例
自動車サスペンション性能の最適化
最も代表的な事例が自動車サスペンションです。
設計段階で部品同士の運動をMBDで解析することで、路面の凹凸やコーナリング時に各リンクに加わる力、タイヤへの荷重分布、剛性バランスを可視化できます。
さらには、段差乗越え時の衝撃や、「ジャダー」と呼ばれる振動現象の再現も実現します。
これにより、試作回数を大幅に減らしつつ、軌道安定性と乗り心地の両立が短期間で達成できます。
搬送ロボットやFA(工場自動化)機械の挙動シミュレーション
製造現場の自動化が進む中、搬送ロボットや多軸制御装置でもMBDは有効に機能します。
例えばピックアンドプレース(物体の選択的搬送)を行うロボットアームの場合、加減速時のアーム先端の振れや、負荷時の軌道偏差を静的・動的に正確に解析。
「理論上は動作可能」でも、急停止や予期せぬ衝撃により実際にはワークが落下してしまうといった課題を、MBD上で事前に明らかにできます。
プレス機・射出成形機のサイクル効率向上
金属部品を大量生産するプレス機や、自動車・家電部品でよく用いられる射出成形機でも、MBDの導入効果は絶大です。
例えば、タイミングの異なる複数機構の連動、型開閉動作時のストロークや荷重ピーク、異常振動の発生源解析など。
これらを現場で都度人力で検証するには膨大な時間とコストがかかりますが、MBD解析で事前に不具合の芽を摘み、結果として生産性と品質を同時に上げられます。
製品設計段階での「ねじれ」や「たわみ」の最小化
分析や最適化が難しい現象の代表が、回転軸やフレーム等の「ねじれ」「たわみ」です。
自動車や産業機械では、特定の荷重・回転時にだけ生じる微妙な変形や振動が、生産効率や製品寿命、品質不良に大きく影響します。
MBDを使えば、「どの設計変更でどの程度ねじれを削減できるか」「生産ライン立ち上げ前に振動問題を予見できるか」まで、定量的に把握が可能です。
MBD導入の効果:アナログ製造業が競争力を得る理由
なぜ「昭和体質」の現場にもMBDが必要か
日本の製造業現場には今も「人の感覚」や「経験則」文化が根強く残っています。
しかし高度化・複雑化する生産現場において、*勘と経験のみに頼った現場管理*や*人員増強*で解決できる課題は、確実に限界を迎えています。
MBDは「数値で可視化する」という文化変革を促し、現場が納得しやすい形で技術伝承や属人化対策にも寄与します。
また、サプライヤーにとっても「バイヤーが欲しい性能・品質」が明確になり、それに沿った製品開発・改善提案が可能になります。
開発・生産プロセスとの連携によるQCD向上
MBDの本質的なメリットは、*Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期)*の三大要素全てに波及効果を与える点です。
– 試作や現物テスト回数の削減
– 不具合品発生予防=歩留まりの向上
– 開発・生産・品質管理間の“分断解消”による再設計や工程ロスの抑制
実際に、大手自動車メーカーや重工業各社でも、MBD導入後の開発コストおよび不良品発生率を20-50%削減したという事例が多数報告されています。
バイヤー・サプライヤー双方の“見える化”促進
MBDデータは営業や調達現場でも大きな武器になります。
バイヤー側は「必要性能・品質要件」を具体的・数値的に伝えやすくなり、サプライヤー側は「自社の技術力・開発力・柔軟対応力」を明示できます。
これまで「絵に描いた餅」で終わりがちだった“改善提案”が、実際の設計+生産現場に根ざした形で評価されやすくなります。
現場主導でMBDを定着させるためのポイント
“トップダウンで導入してもうまくいかない”という現実
管理職や経営層によるMBDのトップダウン導入だけでは、現場の納得感・活用度は高まりません。
MBDモデルを使いこなすには、設計・製造現場が主体となって
– 「本当に知りたい・課題解決したいテーマ」に沿ったモデリング
– モデル化した内容や計算結果の現場検証(検証サイクルの構築)
といった“ボトムアップ”を強化する必要があります。
人の知見とAI・デジタル技術の「良いとこ取り」
MBDはあくまで意思決定のためのツールの一つです。
現場のノウハウや暗黙知、課題発見力と組み合わせることで、「属人化の解消」「コア技術のデジタル化」「持続的な生産性向上」が本当に実現します。
部分最適にとどまらない「全体最適」を志向することで、アナログ時代の良き文化も活かしつつ、新しい時代の製造業に繋げましょう。
まとめ:MBDが切り拓く新しいものづくりの地平
マルチボディダイナミクス(MBD)は、機械・生産装置設計から工場マネジメント、調達戦略に至るまで、製造業に革命をもたらす実践的な道具です。
– 現場で再現性の高いモデル構築
– 部品・全体の運動挙動の「見える化」
– QCD全体の革新的な向上と現場力強化
昭和型アナログ現場が抱える限界を突破したい方、次世代のバイヤー像を目指す方、自社の提案価値を高めたいサプライヤーの方こそ、今このタイミングでMBD導入・実践にチャレンジする意義があります。
未来の現場力、日本の製造業の真の競争力向上のために、MBDの可能性を一緒に切り拓いていきましょう。
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