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品質工学の基礎と技術開発・製品開発への活かし方・事例

目次
はじめに:品質工学とは何か
品質工学は、製造業だけでなく、あらゆる産業で重要な役割を果たしています。
その起源は、日本が高度経済成長を遂げていた昭和30年代にまでさかのぼります。
品質の安定、コスト削減、納期短縮、生産性向上というものづくりの永遠の課題に対して、「科学的なアプローチで根本解決を目指す」ための理論と手法体系が品質工学です。
有名な田口玄一博士によって体系化され、品質工学は“田口メソッド”とも呼ばれています。
単なる品質検査や管理手法ではなく、「設計段階から品質を作り込む」という思想であり、「ばらつき」そのものを低減するための戦略的アプローチがその特徴です。
私も工場長として現場に立つ中で、数多くのトラブル対応や品質不良の連鎖を経験し、後追いの現場対応に四苦八苦した経験があります。
だからこそ、設計・開発段階における品質づくりの重要性を痛感してきました。
本記事では、現場での経験と最新の業界動向を交えながら、品質工学の基礎と、技術開発・製品開発への活用方法を事例とともにわかりやすく解説していきます。
品質工学の本質:なぜ“ばらつき”に着目するのか
「良品」を生み出す本当の条件
大量生産の現場で、「全数検査で合格したものが全て良品か?」という問いには、誰もが首をかしげます。
検査は、あくまで現象の一部を切り取っているだけです。
実際の製造現場では、設備や環境、原材料、人為的要因など、数え切れないほどの変動要素が品質に影響を与えています。
これらの“ばらつき”に強い設計や生産条件を見つけ出すことが、品質工学の基本思想です。
「機能性評価」の発想
田口方式は、単に図面通り・仕様通りの製品を作るのではなく、「製品や部品が本来果たすべき機能」を定量的に評価します。
たとえば、ある電子部品であれば「所定の電流で一定以上の信号を伝える」という機能。
自動車用エンジン部品なら「高温・振動下でも力を効率よく伝える」という機能です。
顧客要求や最終用途を見据え、“機能性の安定”こそが品質であり、生産工程や設計をこの視点から見直すことで、納得性の高い改良が可能となります。
「損失関数」から見た品質のとらえ方
品質工学では、“損失関数”という数理的コンセプトが使われます。
合格・不合格という従来の二値的な判定ではなく、「お客様や社会が被る損失」を最小限にすることを目指します。
つまり、性能値が設計値からわずかにズレた場合も、そのズレが大きいほど損失が増える——このような“継続的な損失と品質との関係”をモデル化しているのです。
現実の製造現場でも、ちょっとした精度ズレや寸法誤差から大事故や不良が連鎖することは頻繁にあります。
この“守りの視点”が、品質工学の大きな武器となります。
品質工学の主要手法と実務への落とし込み方
実験計画法(DOE:Design of Experiments)の活用
品質工学の柱となるのが「実験計画法(DOE)」です。
従来の「一つひとつの条件を個別に評価する」手法と違い、田口メソッドでは複数の要因を組み合わせて同時にテストする“直交配列表”を用いた実験設計が鍵です。
この方法により、少ないテスト回数で主効果・交互作用などの影響度を特定できます。
たとえば、塗装工程における塗布温度・乾燥時間・塗料の種類といった複数条件を一度に最適化したい場合、直交配列を使えば最小限の実験で条件最適化が可能です。
現場での工数削減、リソース節約につながり、これが日本の製造業を支えてきた技術的背景のひとつです。
ロバスト設計:外乱に強い開発方法
ロバスト設計とは、外部環境や使用条件が変わっても機能を安定させる開発手法です。
実務では、環境変動(気温・湿度)、供給品のばらつき、作業者の個人差などに強い設計を目指します。
このため、田口メソッドではワザと“ノイズ要因”を導入した実験(ノイズ実験)を実施します。
例として、半導体部品の製造で、ラインによる電源ノイズや温度上昇に耐える特性を確保するために、初期段階から過酷な環境下で試験し最適条件を割り出します。
こうすることで、後工程でのトラブル発生率を激減させることが可能です。
システム化・自動化の時代における品質工学
近年はIoTやAIの活用が進み、データドリブンな生産現場が急速に増えています。
センサーから膨大なQCデータが自動収集される今、要因分析に品質工学の知見はますます重要になっています。
実験データの回帰分析やパターン認識、異常パターン抽出など、AI・IoTと品質工学の考え方(機能性評価、損失最小化)は親和性が高いと言えます。
また、自動化ラインの設備条件最適化・メンテナンス間隔最適化など、生産現場のDXでもエンジニアリングと品質工学の融合が進んでいます。
技術開発・製品開発にどう活かすか
新規技術の初期段階こそ「品質工学」
新規プロセスや新商品開発の場合、必ず“不確実性”や“未知要素”がつきまといます。
こうした初期段階でいかにばらつきを減らすか、機能の本質を早期に特定するかが、後工程の手戻りや修正コスト削減につながります。
たとえば、開発初期に製品の重要機能を絞り込んでDOEを使って要件分析を行うことで、「何を守るべきか、どんな条件で品質が劣化するか」が明確になります。
結果として、製造段階における不良品率削減や市場クレームの抑制につながるのです。
設計変更・バージョンアップ時のリスク低減
製品の設計変更やバージョンアップ時にも、品質工学は強い武器となります。
特に、追加機能やコストダウンに伴って仕様や素材が変わる時、田口メソッドを適用することで「今までと比べてどの要因が悪化要因か」を科学的に評価できます。
これは、拙速なコストダウンや材料変更で「思わぬ品質劣化」を起こすことを防ぐ上で非常に有効です。
バイヤー・サプライヤー双方の思考に品質工学を導入する意義
バイヤー(購買担当者)の立場から言えば、単なる価格の安さや納期遵守だけでなく、サプライヤーの“開発段階からの品質力”を見極めることが大切です。
サプライヤー側から見れば、品質工学的な論理で「当社の製品はこうしたロバスト設計を導入している」「ここが他社比での優位性」とエビデンスを持って語れると、商談の説得力が大きく変わります。
また、バイヤーサイドの現場調査・工場監査でも、「品質工学を現場でどう反映しているか」「ばらつき管理手法やノイズ実験をどう運用しているか」をヒアリングすることで、より本質的な取引先評価が可能となります。
昭和アナログ文化の現場でどう根付いているか——実例に学ぶ
稟議主義・経験則が主流の中での品質工学の導入
従来のアナログ管理、すなわち「長年のカンコツ」や「偉い人の経験」「前例主義」が色濃く残るメーカー現場でも、田口メソッドはじわじわと定着しています。
たとえば、ベテラン技術者の「この条件なら間違いない」という言葉に根拠を与えるために、実験計画法による数値評価を取り入れます。
これにより、「経験の暗黙知」が「形式知」として現場全体に共有可能となり、若手育成や標準化にも威力を発揮します。
“見過ごされるばらつき”をあぶり出し、工程改善へ
よくあるのが、「検査を通ったはずの品物が後工程でトラブルを起こす」「クレーム対応で現場が疲弊」というケースです。
私が過去に経験した電子部品メーカーでは、製造環境の微妙な温度差・ライン機器の定期メンテナンスずれによって、見過ごされてきた寸法微差が高頻度不良の引き金となっていました。
この時、品質工学を使った直交配列実験で主因を特定。
対策後、歩留まりが6割→97%に急上昇、クレームゼロの実績につながりました。
表面上の合否や「なんとなくの要因推定」ではなく、田口メソッドに基づくロジカルな分析が現場の閉塞感打破のきっかけになります。
まとめ:変革期の今こそ、“品質工学マインド”を持とう
品質工学は、「ばらつきに強い設計・開発」「損失最小化」という本質的な視点から生まれた現場叡智です。
デジタル化が進む現代においても、ものづくりの根源的価値を左右する技術であり続けています。
技術者はもちろん、購買・営業担当者など“製造業に関わるすべての人”にとって、不可欠な教養と言えます。
一人ひとりが現場目線で「もっと良いモノ」をつくり、「もっと深くお客様の本質要望」に応えられるよう、ぜひ品質工学の知恵を実践に役立ててください。
そして今後、新たな地平線——デジタルトランスフォーメーションやグローバル競争の中で、高品質×コスト競争力ある日本のものづくりを支える“戦略的な武器”として品質工学を活用していきましょう。
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