投稿日:2025年12月7日

品質保証と生産技術の“責任押し付け合い”が産む悪循環

はじめに|品質保証と生産技術の間に横たわる壁

製造業の現場で、多くの時間を過ごしてきた方なら一度は経験があるであろう悩み――それが「品質保証」と「生産技術」間の責任問題です。

品質不良やクレーム発生時に、よく見られるのが部門間での“責任の押し付け合い”です。

この構図は、今もなお多くの工場で繰り返されています。

なぜ、こうした悪循環が生まれるのでしょうか。

その根底には、昭和から続く日本的組織文化のみならず、急速な自動化やデジタル変革の波に乗りきれていない現場の実情、そして構造的なコミュニケーション不足が絡まっています。

本記事では、私自身の現場経験や業界動向をもとに、品質保証と生産技術の責任押し付け合いが生み出す悪循環の実態と、それを乗り越えるための道筋を考察します。

バイヤー志望の方、サプライヤー側の方にも参考になれば幸いです。

品質保証と生産技術、それぞれの役割

品質保証の使命と苦悩

品質保証部門は、お客様や社会へ安心・安全な製品を届ける「最後の砦」です。

製品の品質を客観的に評価し、不適合品が市場へ流出するのを防ぐことが使命です。

一方、実際の現場においては、製品仕様や検査基準の策定、トレーサビリティの確保、不良解析、顧客対応と多岐にわたる業務を担います。

万が一市場不良や大きなクレームが発生した場合、真っ先に矢面に立つのが品質保証です。

「コンプライアンス」や「信頼」という見えない価値も守ることが求められます。

生産技術の使命と葛藤

生産技術部門は、現場を合理化し、生産能力・品質・コスト・納期(QCD)を高いレベルで達成するための仕組み作りが役割です。

設備投資やライン設計、工程設計、作業標準化、自動化推進、IoT導入など守備範囲は広大です。

限られたリソースで生産活動を最適化しようと試行錯誤を重ね、「最新の設備=高品質」ではない現実や現場作業者の力量まで考慮した現実的オペレーションが要求されます。

品質保証部門や現場作業者との間で、しばしば「理想と現実」のギャップに頭を悩ませることも多いです。

“責任の押し付け合い”が生まれる構造的要因

アナログ文化と分断された情報伝達

昭和的な大手メーカーの多くは「部門別組織」を重視します。

品質保証も生産技術も独立したKPIや評価軸を持ち、“お互いの守備範囲”を明確にするのが伝統です。

この文化が“お客様を守る”という大義名分の裏で、“部門の面子”や“責任逃れ”に繋がってしまっているのは否めません。

たとえば、同じ製品トラブルについて、
「原因は設計や工程に問題」
「検査基準が甘かった」
「作業者のミス」など、
部門ごとに“他責”にしたい空気が広がるのです。

情報共有もExcelや紙帳票、伝言ゲームなどアナログな手法に頼ることが多く、問題の本質が見えにくくなります。

曖昧な業務フローと責任境界

新たな工程や設備導入時、
「いつまでに、どの基準まで、どの部門が責任を持つのか」
といった線引きが曖昧なまま進むケースが目立ちます。

現場作業者の意見が工程設計に反映されづらく、「現場の声=現行維持」と見なされ、旧態依然のやり方が温存されがちです。

プロジェクトごとに“たらい回し”や“玉虫色”の結末が繰り返され、トラブル発生時に「あの工程は誰の責任?」と部門間で火種がくすぶり続けます。

人材育成の盲点と「属人化」問題

品質や生産技術のノウハウは、長年の現場経験に依存しがちです。

体系化されていない手順や職人的な「勘・コツ」が多く、世代交代やM&Aで大きな空白期間が生じやすいです。

この属人化が、いざトラブル時に“誰も断言できない責任”の温床となります。

責任押し付け合いがもたらす悪循環の実態

問題解決プロセスの遅延・複雑化

不具合が発生すると、部門ごとに根本原因の分析や再発防止策の策定が始まります。

しかし、“自部門の責任をできるだけ回避したい”意識が強い現場では、
「証拠のなすり付け」
「再現試験の先延ばし」
「責任部門明確化までの製品出荷停止」
など、問題解決が泥沼化しがちです。

顧客からの信頼低下や経営層のストレス増大にも直結します。

現場の“やる気”喪失と士気の低下

「結局、落としどころは“現場任せ”」という空気が蔓延すると、生産ラインで働く現場作業者のやる気が削がれます。

「自分たちが頑張っても責任を負わされるだけ」
「部門間で相談しても堂々巡り」

こうしたマイナスの感情が人財流出、無理な人件費削減、安全意識の低下へと直結します。

顧客関係や取引先との摩擦拡大

製造不良などで取引先(バイヤー)から指摘や改善要求が出た際、サプライヤー側の部門間で一貫性のない対応が続くと、
「再発防止の本気度を疑われる」
「同じミスの繰り返し」
「納期遅延や追加コスト発生」
と、信頼に傷がつきます。

これが取引停止や価格交渉での不利に発展するケースもあります。

デジタル変革(DX)だけでは解決しない“現場起点”の改革

ツール導入だけでは本質は変わらない

近年ではIoTやAI、ビッグデータ可視化など、デジタル技術を活用した“現場改革”が盛んです。

MES(製造実行システム)、ERP、各種工程管理SaaSの導入によって、現場の見える化やトレーサビリティは進みました。

しかし、「デジタル化さえすれば部門間問題が無くなる」と考えるのは危険です。

根本には、“人と組織”の文化・意識変革が必要不可欠です。

現場主導のコミュニケーション再構築が本当に必要

生産会議やFMEA(故障モード影響分析)だけに頼らず、
・品質保証と生産技術が“現物現場現実(3現主義)”で意見交換
・現場リーダー参加のプロジェクト横断チームを常設
・問題発生時の「Why-Why分析」を必ず“顔を合わせて”やる
といった地道なコミュニケーションが再び求められています。

「責任をなすりつける」ではなく、「共同で問題を真因追求する」文化醸成が重要です。

属人的業務から標準化・仕組み化へ

失敗からの学びやQCD情報を組織内でデータベース化し、
・標準作業書を世代交代やグローバル拠点でも“流用可能”にする
・ノウハウ伝承をOJTだけではなくEラーニングや動画教材でも補完
することで、責任範囲のブラックボックス化を防ぐことができます。

バイヤー・サプライヤーそれぞれの視点から考える責任問題

買い手(バイヤー)の視点:部門連携の重要性

バイヤーとしては、不良発生時に「どの部門の責任か?」と詰め寄ることもあります。

しかし、最も重視すべきはメーカー側の“組織一体”での対応力や再発防止の本気度です。

部門面子に配慮した玉虫色の説明より、
「どこでつまずいたか」
「なぜそれが見逃されたか」
「横断的な対策プロセス」
を明確に示せるサプライヤーの方が、長期的な信頼を勝ち取るのは間違いありません。

売り手(サプライヤー)の視点:本質的な品質力向上へ

サプライヤーとしては、バイヤーの指摘を“部門間抗争”の材料にせず、“現場対現場”で素直にプロセスを振り返る姿勢が大切です。

部門横断で蓄積したナレッジをコンテンツ化し、
・納入仕様決め
・製造工程レビュー
・検査手順書作成時
には必ず多部門合同で“立会いチェック”を行うことが、組織知の向上につながります。

まとめ|“責任の押し付け合い”を乗り越える現場づくりへ

日本の製造業は、世界に誇る品質力を持っています。

しかし、その強みは決して「ミスをゼロにできる」ことではなく、
“ミスやトラブル発生時にいち早く現場が頭を突き合わせ、その本質的な原因を一緒に考え抜き、再発防止までも組織でやり切ること”
にあります。

昭和から続く部門分断や責任押し付け合いの悪循環を断ち切るには、
・現場主導のコミュニケーション構築
・ノウハウの可視化と標準化
・問題発生時のフェアなプロセス運用
が欠かせません。

バイヤー志望の方、サプライヤーの立場で現場力を高めたい方も、自拠点の内外すべての“ものづくりチーム”が誠実に連携し、共に強くなる文化を築いていきましょう。

責任は押し付けるものではなく、共に成長するための“気付きの種”です。

この記事が、現場の新しい一歩につながれば幸いです。

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